圧巻の映像美と心の奥底に触れる物語で世界を魅了する映画監督・新海誠【監督・俳優のススメVol.25】

歴史ある米国誌「Variety」が選ぶ“2016年に注目すべきアニメーター10人”に日本人で初めて選出された新海誠監督。おおよそ1人で制作した「ほしのこえ」(2002年)で国内の数々の賞を受賞し鮮烈なデビューを飾ると、その後の作品も数多の賞に輝き、前作の「言の葉の庭」(2013年)ではドイツのシュトゥットガルト国際アニメーション映画祭長編アニメーション部門で最優秀賞を獲得するなど国内外で高い評価と人気を誇る。彼の作り出す心の奥底に触れる物語と、他とは一線を画した圧倒的な映像美。【監督・俳優のススメVol.25】では、“新海ワールド”特有の魅力を厳選したキーワードに注目しながら辿っていきたい。

君の名は。
「Anime Expo 2016」ワールドプレミアに登場した新海誠

◆新海誠の“空”と“雨”

これまでの作品のなかで、特筆すべきは“空”の描写だろう。時間、季節、場所、それらの違いにより現れる“空”を言葉では表せられないほど様々な色彩で表現してきた。「言の葉の庭」では“空”から降る“雨”が物語の軸となっていた。緑の葉を雨がより青々とさせ、電車の窓に滴る雨粒越しに見る都会の荘厳さ、雨で濡れた道に映る幻想的な影、雨粒が地面を叩く様は柔らかな音楽が流れているようにも感じる。

ただ美麗なだけではなく作風に合わせ背景美術のコンセプトも変えるため、たとえ似た情景でも作品によって受ける印象は違う。時に懐かしく、時に夢心地になるほど細やかに描かれた背景画は、画面を切り取って額縁に収めたいと思うほど美しい。

言の葉の庭
(C)Makoto Shinkai/CoMix Wave Films

長野県で育ち、「美しい景色に思春期の自身を救われた」と語る新海の背景美術に対するこだわりはとても強い。新海は背景画について、絵である以上は描き手の主観が入るという。緻密な背景はまるで写実のようだが、新海をはじめとするアニメーターたちの妥協のない描き込みがこれほどの映像美を作り出しているのだ。だからこそ今まで当たり前すぎて見逃していた日常風景の美しさを再発見させてくれると共に、作品の中だけに存在する世界の美しさに心揺さぶられるのだろう。

◆新海誠の”距離”と“速度“

新海はこれまで思春期の男女の歯がゆい恋の行方を描き、一貫して登場人物の“距離”に焦点を当てた物語を紡いできた。秒速5センチメートル」(2007年)では、その中でも“速度”に焦点を絞り、時と共に変化していく2人の“距離”を巧みに表現し、繊細に揺れ動く心情と眩いほどの映像美で多くの観客に深い余韻を与えた。この作品は短編連作になっており、『桜花抄(おうかしょう)』『コスモナウト』『秒速5センチメートル』の3話で成り立っている。少年少女の“距離”が大人になるにつれ変化していく様子が電車や手紙、季節や心情のなどの“速度”から読み取ることができ、彼らのもどかしいほど純粋でままならない想いが染み渡る。

秒速5センチメートル
(C)Makoto Shinkai/CoMix Wave Films

3話ともにアレンジを加えられた山崎まさよしの「One more time, One more chance」が挿入歌として使われ、物語に色を添えている。特に3話目の『秒速5センチメートル』ではこの楽曲に合わせて主人公たちの思い出が目まぐるしく映し出され、繋がっているのに繋がることのない2人の“距離”が、どうしようもなく胸を打つ。けれど切ないだけではなく、それが自分を見つめ直す1つのきっかけになっているのが新海作品に大きく魅了される理由の一つだろう。思春期の漠然とした不安、大人になっても起こる不明瞭な憂慮、それらに対する1つの答えへ辿り着くまでの“距離”さえも、新海誠は作品で伝えてくれているのではないだろうか。

◆さらに作品を楽しむキーワード “猫”“世界名作劇場”“ジブリ”

ここまで新海作品特有の魅力を振り返ってきたが、もちろん他にも作品を楽しむ要素はいくつもある。その一つの楽しみ方が猫だ。猫はほとんどの新海作品に出てくる。緻密な映像美のなかで簡素な線で描かれる愛らしい猫たちに、ホッと一息つけるような心地になる。また、猫によっては作品をまたいで登場していることがある。「この猫どこかで?」そう思ったのであればぜひ作品を観返してみるのはいかがだろうか。

星を追う子ども
(C)Makoto Shinkai/CoMix Wave Films

もう一つ“世界名作劇場”と“ジブリ”がなぞらえられているであろうという点である。例えば「星を追う子ども」(2011年)だ。これはかつてファミリー向けアニメの代表であった世界名作劇場を連想させるように作られている。そしてジブリ作品も連想させる部分を自覚的に制作したという説もある。少年と少女が手を取り合って空中を落ちていく場面や、少女の肩に猫のような小動物が乗る場面。その他にも挙げてはキリがないほど、この場面もしや?と思わせる場面が多い。もちろん明確な答えはないが、ジブリ作品や世界名作劇場を見ていたのであれば、また違った楽しみ方ができるだろう。

◆常に進化し続ける映像制作

新海のアニメーション作りはデジタルで行われている。自主制作の短編映像作品「彼女と彼女の猫」(1999年制作)は写真をトレースし、制作したという。この作品は1匹の猫の視点の物語になっており、全編モノクロ映像だった。次作の「ほしのこえ」では、モノクロをカラーに、人間を主人公にし、2人の視点で前作より長い物語のある作品を作るというのが目標になっていた。「雲のむこう、約束の場所」(2004年)では、個人制作からアニメーションスタッフと共に制作し、3人の視点からなる91分の劇場公開作品となった。「秒速5センチメートル」では制作体制の見直しを図り、「星を追う子ども」では、これまで特定の客層向けであった作風を子供も楽しめる伝統的なアニメ作りをするなど常に新たな試みをしてきた。

新海は作品を追うごとに試行錯誤と新たな目標を掲げ、作品を世に送り出してくれる。1人の映像制作から始まったからこそ、従来のアニメ制作に囚われない自由な思考で惹きつけられる作品が生まれるのだろう。常に“進化”し続けるという新海の作品にこれからますます目が離せない。

◆「君の名は。

君の名は。
©2016「君の名は。」製作委員会

2016年の夏に新海誠監督が我々に与えてくれる新たな作品「君の名は。」は抜群に楽しいエンターテイメントになるよう、こだわったという。その言葉通り、今作には最高峰のチームが集った。キャラクター原案には「心が叫びたがってるんだ。」の田中将賀が、作画監督は「千と千尋の神隠し」を含む多くのスタジオジブリ作品で実績を誇る安藤雅司が手掛ける。

今までも作品の持つ雰囲気に合わせて配役してきた声優に、今回は細田守監督の「サマーウォーズ」や「ハウルの動く城」など宮崎駿作品にも多数出演する神木龍之介と、「おおかみこどもの雨と雪」で声優デビューを果たした上白石萌音の2人が主人公を務める。主題歌には若者から支持の熱いRADWIMPS。新海と共に1年以上の時間をかけて主題歌「前前前世」を作り上げたという。「小さなものと大きなものがどこかで繋がっているということを描きたいと思って作り続けているような気がする」と語った新海誠監督。“空”と“距離”と、そして今作で作り出された新しい世界観を存分に劇場で堪能してみてはいかがだろうか。

映画『君の名は。』は8月26日より全国東宝系にて公開

【CREDIT】
原作・監督・脚本:新海誠
作画監督:安藤雅司 キャラクターデザイン:田中将賀
音楽:RADWIMPS
声の出演:神木隆之介、上白石萌音、長澤まさみ、市原悦子ほか
制作:コミックス・ウェーブ・フィルム 配給:東宝

©2016「君の名は。」製作委員会

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