何故日本ではなくアフガニスタンか?の理由が分かった
お子さんの死を乗り越え?アフガニスタンの為に人力した医師。優先順位は家族や日本では無くアフガニスタンだった理由を知りたかったので観ました。人生は人それぞれ
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アフガニスタンとパキスタンで35年に渡り、病や貧困に苦しむ人々に寄り添い続けた医師・中村哲。戦火のアフガニスタンで21年間継続的に記録した映像から、 これまでテレビで伝えてきた内容に未公開映像と現地最新映像を加え劇場版としてリメイク。混沌とする時代のなかで、より輝きを増す中村哲の生き方を追ったドキュメンタリー。
お子さんの死を乗り越え?アフガニスタンの為に人力した医師。優先順位は家族や日本では無くアフガニスタンだった理由を知りたかったので観ました。人生は人それぞれ
【荒野に希望の灯をともす】@喫茶壁と卵 上映会 医療の届かないアフガニスタン奥地で 「病の根本原因は水不足」と判断、 自らがイチから土木建築を学び、一級河川から全長27kmもの巨大用水路を引いて生活インフラを根本から変え、何十万人もの命を救った実在する医師のドキュメンタリー。 泣き叫ぶ気力もなく死んでゆく赤子の姿と 本当に見渡す限りの乾いた土だった荒野が、 20年後、緑で溢れ、キラキラ光る水辺で水遊びする子供たちの姿に変わり 文字通り「世界を一変させてしまった」 中村医師の慈愛と強さを目撃したような衝撃があった。 恐らく多くの死を看取り、 多くの理不尽を数限りなく見つめてきただろう中村医師の目には慈愛と拭いきれない悲しみがあり目が離せなかった。 昨年からずっと観たかった映画。 http://kouya.ndn-news.co.jp/#trailer
中村哲医師の比喩ではなく地図・地形を変えるレベルの大規模な水路事業や緑地化に伴う食糧事情の改善や、「平和は日本の国是」といった第一線での経験に裏打ちされた言葉の重さが胸を打つ。特に本当はその重さを政治家やインフルエンサーなど力を持つ人たちから感じたい今日この頃は。 20年以上の取材と中村医師の成した偉業を思えばもっと感動的な“撮れ高”シーンを作ることもできただろうが、監督からの問いかけによる引き出した言葉や感動的なBGMでそれを作ろうとはしない、ドキュメンタリーとして良い距離感と表現だった。 一方で長老会は勿論、水路やモスクの建設を祝う場、診療所の朝礼・会議、学校すら診療所のシーンで一瞬だけ出た藤田看護師以外に(「母」や「娘」)ではなく個としての「女」がいなかったことがずっと引っ掛かっている。モスク建設に「自分たちを取り戻した!」と喜ぶ自分たち(男のみ)。学校で積極的に勉強する子どもたち(男児のみ)。勿論文化的にそうだと知っている。予想通りの光景。だからって納得できるわけじゃない。中村医師も監督も誰も疑問には思わなかったということだろうか。 中村医師の夭逝した次男も含め子どもたちを育てていた「名前のない誰か」のことも。
きちんと取材を重ね、中村哲医師の功績を追いかけたドキュメンタリー。私たちにまでその軌跡をきちんと届けてくれて、監督には頭が下がるおもいだ。
福岡県朝倉市の山田堰に行って彼の記念碑に行ってみよう。 我々は何が出来るか。 中学校の授業でみんな観てほしい作品だ。
中村哲さんの偉業はこれまでもTVや雑誌で見てきたので、知っていたことも多かったが、それでもココロを鷲掴みにされた。この世で最も尊敬に値する人である。
中村哲さん、著書は幾つか読ませて頂きましたがドキュメンタリー映画として観れて良かった。 説明不要の功績を挙げられた方ですが、映像にして観ると何度も( ・_・̥̥̥ )じわりました。 パンデミックや無駄な診療で儲けている俗物丸出しな大半のヤブ医者の方々の皆さんには是非とも観て頂き、自戒して欲しい作品です。
大学の尊敬する先輩でもある中村哲先生のドキュメンタリー、ペシャワールからのスタートから、アフガニスタンで用水路を作る話まで、中村先生の言葉が心に沁みます。精神科医でハンセン病の治療に関わり、その後、病院・クリニックの立ち上げ、食料や医薬品援助、そして用水路作り。両足をしっかり地につけて、地元の人に分け隔てなく接し、埃まみれになりながら、危険を顧みず、ひたすら無骨に。その生き様に、日々の細事に振り回されビジョンを見失っている自分を反省させられました。私も自分にできる範囲で頑張ろうと思いながら、映画館を後にしました。