切ない
「異人たちとの夏」のストーリーをうっすら覚えているような忘れたような状況で鑑賞。 主人公をゲイに置き換えている為、ゲイと言うだけでアレルギー起こす方にはお薦めしません。なので日本人には受け付けにくいストーリーになってしまったようで残念。 親や親しい人を亡くしてる人には沁みる展開です。こんな風に会えて、過去の答え合わせができたらどんなに良いか!泣けます。
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日本を代表する名脚本家・作家である山田太一作の傑作小説、「異人たちとの夏」を、アンドリュー・ヘイ監督が再映画化した愛と喪失の物語。ロンドンのタワーマンションで暮らすアダムは、12歳の時に交通事故で両親を亡くした40代の脚本家。それ以来、孤独な人生を歩んできた彼は、在りし日の両親の思い出に基づく脚本に取り組んでいる。そして幼少期を過ごした郊外の家を訪ねると、そこには30年前に他界した父と母が当時のままの姿で住んでいた。その後、アダムは足繁く実家に通って心満たされるひとときに浸る一方、同じマンションの住人である謎めいた⻘年ハリーと恋に落ちていく。しかし、その夢のような愛おしい日々は永遠には続かなかった。
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「異人たちとの夏」のストーリーをうっすら覚えているような忘れたような状況で鑑賞。 主人公をゲイに置き換えている為、ゲイと言うだけでアレルギー起こす方にはお薦めしません。なので日本人には受け付けにくいストーリーになってしまったようで残念。 親や親しい人を亡くしてる人には沁みる展開です。こんな風に会えて、過去の答え合わせができたらどんなに良いか!泣けます。
現実離れした世界。 理屈では説明できない出来事が起こる。 整合性が取れてない。 と言う人がいるかもしれない。 が、そこに意味はない。 リアルではなくリアリティ。 現実ではなく現実味。 必要なのは、現実味。 どれだけ現実と感じられるか。 本当に大人になった自分があの時の両親にあったらどうなるか。が、とても真に迫っていた。 例えば冒頭に「inspired by true stories」(実話に基づく)と出ていたとしてもオレは信じる。
誰もが心の奥の方に抱えた寂しさや孤独感を揺さぶるドラマであり、ファンタジーとしても秀逸です。 大筋は山田太一さん原作と同じでしたが、現代的なアレンジでおしゃれでした。 最後の方のクレア・フォイに涙。 それにポール・メスカルの持つ雰囲気。 素敵な俳優さん達でした。 大昔に原作を読んだ時は年齢的にも精神的も幼く、泣けるホラーとしてしか感想がなかったと記憶しています。 今もし読み返すなら、 親として悔いが残ること、 子として上手く伝えられなかったこと、、 違って見えることがあるんだろうなと思いました。
始まりと終わりの孤独の違い。 悲しくて、切ないけど、終わりの孤独が命の輝きに見える。
異人たち夏を観た私にはイマイチ響くものが有りませんでした。 昔の鶴太郎さんの演技が頭に残っていて、越えられない壁があるのだと思いました。
衝撃をもって観た、約40年前。 原作の方が先に話題になっていたのも 懐かしい。 主人公(風間杜夫)より、若い父と母。 片岡鶴太郎と秋吉久美子の名演があった。 そして、名取裕子との絡み あのめちゃくちゃ怖いシーンを どうやって観せるのか?と楽しみに していたのだが… あのシーンで流れた曲のインパクトも 強くて、プッチーニも 「私のお父さん」も、初めて知った。 結果は観た人のみぞ知る。だが 前作の中の「異人たち」の孤独に充分 向き合った主人公の優しさには 原作への敬意を感じるエンディング だった。
山田太一原作で大林宣彦監督の「異人たちとの夏(1988)」のリメイク、とても良かったです 大林宣彦版にあったホラー要素をほぼ無くしてごく自然な他者との関係の結び方と今の自分を肯定することに焦点が当てられていて ぼくは大林宣彦版を真夏の「お盆」に霊が浄土(あの世)から現世(この世)に戻ってくるという日本の伝承とつなげていたのですがこの「異人たち」ではシンプルに「もしもあれをやり直すことができたら」的なものに見えました 音が丁寧に扱われていて 昭和の浅草の代わりに80年代の音楽のノスタルジー
自分より若い両親と交流するたびにアダムの表情が子供っぽくなっていくように見える。彼が出逢う人々はまさにStranger(=異人)であるのだが、幼くして親と別れ、その前から疎外感を抱いたまま人を愛さず生きてきたアダムもまたStrangerである、とも読める。価値観や世代の違いを感じさせる表現も交え、その違いを越えて人を愛し理解していくことを描いた作品だと思った。80年代ポップスの使い方もよい(予告で流れた「Always on My Mind」がちゃんと使われたのがよかったなあ!)
仕上がりが気になって公開初日、劇場へ。 まさかここまでバリバリゲイムービーだとは思っていなか ったので、驚きが最後まで消えなかった。 大林宣彦監督ヴァージョンが『魂を愛で救済する』テーマ なら、 アンドリュー・ヘイ監督作は『ゲイに有りがちな孤独を愛 で救済する』といったところか。 愛で救済するところは同じだが、ゲイに有りがちな孤独は なんだかね。 (よくある、酒にタバコにヤクに溺れて、でもでも孤独です 、ゲイなんです噺。 アンドリュー・ヘイ監督、ゲイの描写があまりにステレオ タイプ過ぎやしないかい? ラストシーンでゲイ・ファンタジーなのだと分かった。) 撮影、編集、音楽、役者達の演技、演出。 全て達者で飽きない。 ただ、どうしても『異人たちとの夏』が僕に邪魔をする。 ゲイムービーにした違和感も。 ジェイミー・ベル、 お父さん役を演じるようになったんだ。 『リトル・ダンサー』は50回以上観ているので、僕の中で 彼はリトル・ダンサーのままでいる。 再会した日、別れ際に父親が息子にキスとハグをする。 シャイな日本人にはできない理解しずらいかも知れない、 あのシーンで不覚にも泣いた。 ジェイミー・ベル、しっかりお父さんだったよ。
ジェイミー・ベル君ででるらしいし、 感動作と思ってみに行きました。 ゲイの映画でした。 アダムが、ゲイっぽいなーと思ったらゲイでした。役づくり素晴らしい。 冴えないライターで、 冷蔵庫のやきそばみたいなのを食べようとしたら火災報知器で、一度外に逃げ このマンションに、2棟しか人が住んでない描写がある。 いきなり、怪しげなハリーが、部屋に上げろと行ってくる。😱。拒否して正解。 仕事してるんだか休みばっかりなのか、よくわからずベッドのしたにしまってあった 写真をみて、実家に行くようになるのだが ジェイミー・ベル君がもう大人っていうかオヤジだった。(私の中では、永遠にリトルダンサー) そして母親が、なんと、、、、 クラウンのエリザベス女王じゃないか! もう気になって集中できない。 アダムはシックスセンスの、ハーレイ君的能力者かと思って観てしまい、 これも霊、これも霊とアザーズとかシックスセンスとか全て疑ってみてしまい 集中できず、全然感動できなかった。 しかも、ジェイミーくんが、消えてしまうとこにいたっては、「不適切にもほどがある」の、阿部サダヲとかぶってしまった。 ビミョー
亡くなった両親のそのままの姿に会えるなんて、嬉しいかもしれない。でも、それは、彼らが、子供のことが気になりすぎて、あの世に旅立てず、この世にしがみついている・・・つまり、この世地獄にいる、ということを意味するのですよ。
『#異人たち』。死の境界線の向こう側にいる者だけではなく、最も身近なはずの両親の無理解に悩むセクシャルマイノリティの主人公も「異人」である。肉体の触れ合い、夢と現実の境目がなくなるドラッグ、言葉による対話など、多様なコミュニケーションの可能性が描かれる。ポール・メスカル最高。
正直、見なければよかったとさえ思った。 何も解決していないし、何も進展していないように感じた。 「時代は変わっても性的マイノリティは一人ぼっちで辛いんだよ」と押し付けられているみたいだ。 そりゃあ、マジョリティよりもマイノリティは圧倒的に厳しい思いをするだろうが、それは「性的マイノリティ」に限った話ではない。 どんな世界でもマイノリティはマジョリティに叩かれ、理解され難く、まるで一人ぼっちのようにさえ感じて、辛く厳しいはずではないか? それを、恵まれないと憂いて淋しくなって、孤独になっているのは自業自得だ。 マイノリティでも理解者はいるし、マイノリティ故に恵んでくれる人は少ないのだから、「恵まれ待ち」をしていても満たされないのは当たり前だろう。 勝手に孤独になっておいて、そこに同情を求められても、「そんなんお前の問題や」としか思えない。 なにも、マイノリティによる苦しさや孤独感を否定したいわけではない。 『フィクションあるある設定』の二大淋しい柱「性的マイノリティ」と「幼い頃に両親を亡くした」を採用している以上、この物語が『孤独さ』から始まるのは前提条件でしかなく、実際に孤独であるかは主人公の考え方や行動の結果次第で色付けしなければならないし、行い一つで如何様にもグラデーションされてこそ、物語を描くということだろう。 『孤独さ』はなくならないが孤独ではなくなるとか、反対に孤独に変わりないが『孤独さ』からは開放されるとか、はたまた大きくは変わらないが新しくなにか芽生えるとか、要は孤独な主人公が、感じ、考え、行ったことで、自分の中の何が変わるのか、あるいは変えられなかったのか、どれもこれもあまりにも起きていない。 いろいろあったけど変わらなかった、というわけでもなく、何もしていないし、何も起きていない。だから当然、何も変わっていない。 ただただ長尺で「さみしいよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」と訴えられただけで、ストーリーのテーマと言えるものがない。 ストーリー独自の感情がない、と言ってもいい。 画的に両親の愛は乗り越えたように一見思えるが、実際には本人は何もしていないし、両親と別れて恋人のもとに向かった結果、主人公は孤独から開放されていないことがわかる。 結局、孤独の依存先が変わっただけで、主人公を取り巻く環境は変わらず、自分から両親を卒業したわけでもないので、この先も彼は孤独を卒業できないだろう。 それもこれも、本人が何もしていないがため、同情の余地はなく自業自得以外の何物でもないのだ。
ファンタジー要素多めでしたが、亡くなった母にこんなふうに会えたら…といつも思っているので羨ましかった。ゲイムービーでもありますが、それほど際どい内容ではなく普通の切ない恋物語に思えます。 ラストはハッピーエンドではなかったですが、それはそれで納得いく内容でした。 俳優陣が上手いです。
「夏」が消えたのは大きい