俺も既に箱の中に住んでいた。
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エンディング直前までは「俺も箱男の魔力に引きずりこまれそうだ」という感想だったが、永瀬正敏さんの台詞で気付いた。 なんのことはない。世の中を斜に構えて眺め、己の主張もしない俺は既に箱の中に住んでいたのだ。
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『箱男』ーー、それは人間が望む最終形態、すべてから完全に解き放たれた存在。ダンボールを頭からすっぽりと被り、都市を徘徊し、覗き窓から一方的に世界を覗き、ひたすら妄想をノートに記述する。カメラマンである“わたし”(永瀬正敏)は、街で偶然目にした箱男に心を奪われ、自らもダンボールをかぶり、のぞき窓を開け、遂にその一歩を踏み出すことに。しかし、本物の『箱男』になる道は険しく、数々の試練と危険が襲いかかる。“わたし”をつけ狙い『箱男』の存在を乗っ取ろうとするニセ医者(浅野忠信)、すべてを操り『箱男』を完全犯罪に利用しようと企む軍医(佐藤浩市) “わたし”を誘惑する謎の女・葉子(白本彩奈)……。
©︎2024 The Box Man Film Partners
エンディング直前までは「俺も箱男の魔力に引きずりこまれそうだ」という感想だったが、永瀬正敏さんの台詞で気付いた。 なんのことはない。世の中を斜に構えて眺め、己の主張もしない俺は既に箱の中に住んでいたのだ。
結局何が言いたいのか理解不能でした。
原作の良さが全部削がれていた。一番ダサかったのはラストの箱男はあなただというセリフ。 4人で観に行ったが、つまらなすぎて4人でめちゃくちゃ笑った。結束させてくれるという点ではいい映画。
何で自分は映画が好きなんだろうか。 ふと立ち止まって考えたことがある。 幼稚園の頃に親父に連れて行ってもらった映画館で「スーパーマン」を見た記憶が鮮明にある。その衝撃たるや。後にその時一回上映か終わっても帰ろうとせず何度も何度も見さされて辟易したと親父から聞いた(当時は完全入れ替え制ではなかったのでそれも可能だった)。 確かにそれ以降に映画館での映画にハマったと思う。しかしもっと遡ってみれば、3歳くらいでダンボールの中に入るのが好きで家でダンボールに入ってじっとしてるのが好きだった記憶がある。その中で知らぬ間にに寝てしまうこともあった。ダンボールの中はなぜか安心感があり守られているという感覚を感じでいた。たぶんこれかなあと。箱の中から外を見る。映画館で映画を見る。ずっと同じ感覚なのかもしれないなあと。 そんなこんなで何となく人生を生きていたのだが、ふとこの映画を見てラスト「それは〇〇だ」と言われた時「あー俺か」と単純にすっと受け入れました(太宰治の「人間失格」を読んだ人がみんなこれは自分のことだと思う自意識過剰さに近い)。単細胞のノータリンてすみません笑。生まれてきてすみません笑。もっと深い意味がそこには込められているのでしょう本来は。 小説も読んでいたのだが、映画になるかコレという単細胞でノータリンな危惧は吹き飛びました。 箱男であることを最大限に活かしたマジのアクションも良かったです。
俳優陣に惹かれて観に行きましたが、あまり理解は出来ませんでした。 何で箱?
生誕100周年のこの機に作られる映画、安部作品を如何様に映像化するのか安部公房ファンみなが注目する中持ってこられたのはこの醜態。いったい何をしに来たのか。 監督は、美大崩れの若造が調子に乗っちゃったかとも思えばそうではないらしい。普通に老人だった。 原作のセリフをそのまま読ませる脚本、稚拙で安価なアクション(そもそもアクションシーンいるか?)どうしてこれで映像化しようと思ったのか聞いてみたい。
阿部公房学生時代に読みました。 冒頭の箱男の街中での跳躍っぷりにやられました。 最高です!
箱を被った男が走る。箱を被った男と箱を被った男が議論する、そして戦う。 とてもシュール。そして、コミカル。 そして時にエロティック。 結構好きです。
評価高くないですが、安部公房の実写版不可能と思われていた作品に挑み、これだけ忠実且つ原作とも離れた表現をされている事にリスペクトします。カルトムービーとして残っていく作品だと思います。
生誕100年 没後30年 不条理で人間離れしている安部公房の作品 物語の本質はなんぞやと読了後も鑑賞後もあやむやなまま終った けどそれでいいんだと思う ひとり鑑賞でもやもやするより だれかと観て鑑賞後にカフェで なんだったんだろうねって笑えたらいい 原作の箱の中とはかなり違うかなぁという印象