おもしろい
いつも通り面白かった
国内最大級映画チケット予約サービス アプリで開く
オズの国に隠された真実を知り、それぞれの道を歩むことになったエルファバとグリンダ。“悪い魔女”として悪名を着せられ民衆の敵となったエルファバは、言葉を奪われた動物たちの自由のために戦い続けていた。一方“善い魔女”となったグリンダは、希望の象徴として名声と人気を手にするも、その心にはエルファバとの決別が深い影を落としていた。和解を試みるもその願いは届かず、 ふたりの溝はさらに深まっていく。さらに、突如現れた“カンザスから来た少女”によって、オズの国の運命も大きく動き出す。世界に暗雲が立ち込める中、ふたりの魔女はもう一度、かけがえのないかつての友と向き合わなければならない。自分自身と、世界そのものを―――永遠に変えるために。
いつも通り面白かった
アリアナ・グランデとシンシア・エルヴォが大親友だからもはやそれを投影しながら観て感動してた
トータルでは素晴らしきかな大作なのだが、エルファバを抱いた後であろう裸のままのフィエロが、「抱いた後感」生々しく、友情とか、魔法とか動物とか出てくる作品の中で少し違和感を感じたのは私だけでしょうか…?
ひどい話だと思う。今時庶民の下町でもあまり聞かない、結婚するハズの男の裏切りと、今は違うとしても心の友と言える親友だった者からの掠奪愛。続編必至のエンディングだが、かつて社会が狭い時は稀にあったヘンテコな恋人チェンジ。 この映画みて、若い女子が「こういう事もあるさ」なんて思わないでね。絶対やっちゃダメなタイプの恋愛だから。不倫よりタチ悪いわ。
そもそものお話しと合っているのか不明ですが、映像の美しさはとても良かったです。 自分の中では、そう言う事?!と言う文字がいっぱいでした。
良い悪いって簡単に分けて描くのがハリウッド映画だと思ってたけど、この作品は違う。 そして、入り口はとても入り易く、幼い人でも見れるのになかなか人間の深いところをついていて素晴らしいなとおもう。 そしてビジュアルがとても美しくて福眼です。 これみたら、映画料が安く感じます。
ずっと楽しみにしてた続編。歌も友情も最高だった。
よかった いろいろなところで収まりがついているのは、まあ、そんなにうまく行かんだろと思いつつもホッとしたところもあり ミュージカルは好きだし、ちゃんと歌えるキャストだから安心
この意識で観ることが大事だと思いました。 一本として見れば満⭐︎5。『永遠の約束』単品としては減らしてしまう。 そのくらい、『ふたりの魔女』のパワーが素晴らしいものだった。 『永遠の約束』で早々に中弛みを感じるのも、それは2時間映画の序盤じゃない、5時間映画の中盤だから。 神楽曲が『ふたりの魔女』に集中しまくっているのも要因の一つですね。 有名曲以外にも、初見にも素晴らしい歌唱とダンス楽曲が偏ったこと。物語のターム的に仕方がない。5時間映画なんだってばよ。 1回目字幕、2回目吹替。 字幕… カラフルな画面が目まぐるしく動く。文字を追いながら映像美を堪能するのが、わたしにはちょっときつかった。 for goodの素晴らしさに滂沱の涙!! 台詞への落とし込みも最高。予告やSNSリールをすべて避けて劇場に行った甲斐があった。本当に素晴らしかった。 吹替… 物語の理解には吹替が向いている(2回目だったからかも) for goodは、いいんだけど!シンシア×アリアナが良過ぎた。 中盤の「善がこんなに報われないなら悪やるわ」ソングは、吹替のほうが歌詞にセンスを感じてわたしは好きだった。高畑充希さんの底から鳴らす力強い声も素晴らしい。 エルファバが「いったい私は何の呪文を唱えてるの?」と言いながら発動させた魔法の、意味がわかるときのカタルシスよ! 「飛んできた家に潰されてしまう東の悪い魔女」がネッサであることを想像した時に、 「こんなにただの普通の良い子が、そんな目に遭わされるの?」と心配になった前編。 無辜の人間が酷い目に遭わされる(しかも不慮とはいえ主軸である物語の主人公絡みで)という構図はつらい。 それを、執着こじらせた闇堕ちとすることにより、観客の罪悪感を薄める方向に持っていったこと、なるほどと思った。 幸せはかってに起きるもの(happens)ではなく、成すものという文脈に変わるのが素晴らしい。 ふわふわしていた女の子時代「商標登録しちゃう?™️」から、孵化する決意。 1938年版『オズの魔法使い』でのドロシーの最後の台詞。 それが今回の書き下ろしエルファバ曲のテーマとなっていることに、感動しました。 最後のワンカットォォォオオオ ありがとうぅぅぅぉぉおおおおおお わたしの中でグリンダは、ナチュラル愛されの人。 あたりまえに愛されるから、愛するのも与えるのも人としてあたりまえのこと。 と意識もせず信じている人。 映画『ウィキッド ふたりの魔女』では、そこに深い腹落ちを体験しました。 いわゆるヒエラルキーではトップオブトップに位置するゆえに、上下や格差が現実的具体的に見えておらず、ピュアに自分が良かれと思うことを行動しちゃう。 たとえば、『ふたりの魔女』で自分の価値観を基にエルファバに着飾る術を教えようとする、popularターンとか。 育ちが良すぎて嫌味にもならない(popularという素晴らしい楽曲に昇華出来てしまう)感。 エルファバの髪に花を付けてあげる鏡のシーンでも、わたしは毎回涙が出てしまう。 グリンダの100%ピュア厚意に反射して、 自分の造形を同じ鏡に並べられず部屋を飛び出すエルファバ。 厚意を素直に受け入れられない側の気持ち。 受け取れないという気持ちが想像もつかなくて、「どうしたのかしら?」と小首を傾げつつも、結局鏡の自分を見たら歌い上げてしまう、愛されてきたグリンダ。 この対比が素晴らしく、深く共感するからです。もちろんここでは、エルファバに。 そんなキラキラ⭐︎グリンダが、 嘘を知り、世界の幸福維持のために必要のある嘘を認め、最強の孤独に身を置く決意をする『ウィキッド 永遠の約束』。 ある意味では、エルファバは自分の心を知っており、自分のやりたいようにやり切る覚悟があり、愛する人と同士として未知の地へ旅立つ。 でもそれって楽なのかもしれない、グリンダが選んだ孤独に比べれば。グリンダすごい。 一年前、「エルファバがいい、エルファバに共感する」と言っていた友人たちがそう言っていました。 ありがとう。グリンダの物語でした。わたしはグリンダが大好きです。 でもわたしは、最後のグリンダのモリブル先生への処遇(檻に閉じ込め追放の示唆)に引きました。 善を成すというならその方法は違うだろうグリンダ!? と。 考えの違う都合の悪い人を追放する。動物たちにやった仕打ちをやり返す。 力のある人が一度そうしてしまえば、また同じことをするのも確定だからです。ちょっとオズの行く末を感じ取ってしまう場面でした。 でも、エンタメ映画作品としては、あそこで先生の処遇について秒で派手な答えを出さなければ、スカッとしない(わたしはモヤッとしたけど) 現実であるならば、 非常にしんどく面倒で投げ出したい道だけれど、「それは違う」と思うなら、先生の処遇はどうあるか、長く考え続けることに耐えなければならない。大事な問題だと思うから。 ああ、ネガティブケイパビリティ。 楽しめて、感動できて、可愛くて、考えることできる、素晴らしい作品。 この1年間をありがとう。 また観ます。
映画「オズの魔法使」と大筋はリンクしているが所々で、あれ?辻褄合わなくない?となる。原作小説の方とリンクしてるのかな。 ただ、迫力があるのでそこまで気にならず、最後まで面白い。