見に行って良かった
湊かなえさん原作ということで、とても楽しみにしてました。結果やはりすごく良かったです。 内容は重いですが、最初から最後まで湊かなえワールドに引き込まれました。やはり湊かなえさんいいな。
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原作は湊かなえによる同名小説。複雑な家庭環境で育ちながらも、祖母の期待に応えて教師になるという夢を叶えた真唯子。彼女の教え子・章子のもとにある日、一通の手紙が届く。差出人は「20年後のわたし」。半信半疑のまま返事を書くことで、父を亡くした悲しみや、心を閉ざした母との孤独な日々に耐えていた章子だが、母の新しい恋人からの暴力、壮絶ないじめ、そして信じがたい事実が彼女を容赦なく追い詰めていく。深い絶望の中、章子は唯一心を通わせる友人・亜里沙と「親を殺す」という禁断の計画を立てるのだった。そんな章子を救おうと真唯子は、残酷な現実と社会の理不尽さに押しつぶされそうになりながら、それでも手を差し伸べようとするが。誰もが過酷な運命に吞み込まれようとする中で、「未来のわたし」からの手紙が導くのは、希望か。それとも、さらなる絶望か。
© 2026 映画「未来」製作委員会 © 湊かなえ/双葉社
湊かなえさん原作ということで、とても楽しみにしてました。結果やはりすごく良かったです。 内容は重いですが、最初から最後まで湊かなえワールドに引き込まれました。やはり湊かなえさんいいな。
よくもまぁどいつも、こいつもクズばかり。さすがイヤミスの女王様=湊かなえの原作である。瀬々敬久監督の演出は凄い。この困難な話をかなり後半まで緊張感を持って引っ張っていく。 ネタバレになる話は、一切書かないが、出て来る者達は、DVと、変態と、少年性愛と、サディスト、少女性愛者、子ども人身売買親。とよくもまぁこの世の悪徳のオンパレード。女の悪党も数は少ないのだがいずれ強烈な毒親、陰湿イジメ、クレーマーにしてディスりすと、売春婦と、親も子も捨て女。などである。 気の弱い人は、映画見終わったら、気分落ちるでしょうね。とても未来の自分からの慰めの手紙や文章ぐらいじゃ間に合わないほどの悪徳の限りです。
重い。 湊かなえ原作特有のえぐられるような痛み。痛みがもたらす鬱屈。 親ガチャとか毒親とかいう言葉が手軽に使われている昨今で、真の意味でこれらの言葉を使ってもいい権利をこの子たちは有する。 そんな重量のある出来事とは裏腹に篠宮先生の堕ち具合がゆるいと感じてしまった。演出上の都合ではあると思うのだが、ちょっとそれくらいではと。しかしこのゆるさを感じる感性が、もうすでに女性に対する固定観念からの縛りから逃れられてないと、突きつけてくることが真意ではないかと。そんな指摘を受けて、自らを律する所存でございます。 しかしあくまで主役は、少女。 湊かなえの描く少女は他の追随を全くもって許さない。少女が圧倒的に少女たる少女で、この映画の少女も少女以外の何者でもない。この少女を演じたこの子は、この時期の少女である理由を完全に発揮したと言ってよい。きっとこの時期しかできなかっただろう。フィルムに焼き付けてることができたことは本当に幸せなことで、そんな焼き付けられたフィルムをリアルタイムで観ることができた我々観客もまた幸せと 言うことができるだろう。 (監督がこの章子のオーディション時に圧倒的にこの子以外なかったと。飼い慣らされてない存在感があったと表現していた。納得した) 「文乃」と「章子」と合わせて「文章」。父親は文章や物語を味方につけてほしいと名付けた名前らしい。映画化は想定していなかったであろうと推測される。文学を無理やりに映画に押し込んだので少しちぐはぐさもあったのだろうと思う。 重い重いとのたうちまわったが、この映画で1番重たかったのは、タイトルになっている「未来」と言う言葉。この言葉はここに出てくる女性陣にとって本当に重い。現段階では重くのしかかる「未来」であるが、願わくば軽快に晴れわたる「未来」になりますように。
公開初日に観てきました。 登場人物にとって不幸の連続で、実に悲しいお話でした。そんな中でも懸命に生きる人々がいて、未来からの手紙の話とか、どこかジーンとくる部分もありました。 過去と未来、話が行ったり来たりするので、少し頭が混乱しますが、何となく全体像は把握できたと思います。 観て損はないと思います。
260525月 11:40 西宮ガーデンズ 佐伯章子の父と母、章子の担任の篠宮先生、2つの世界の時代を行ったりきたりで「今東京やな」「今奈良やな」「今三重やな」と確認しながら観た。いじめ、虐待もあり。しかしさすが湊かなえだ!「30周年しおり、そういうことか!」と納得。先に小説で読めばよかった、、、「ドリームランド」のロケ地はスペイン村!なつかしい!久しぶりに行きたいな。
イジメ、DV、虐待、黒歴史の暴露と観ていて辛くなる描写が続き、私の精神がゴリゴリに削られていきます。最後には救いがあってほしいと願っていましたが、不幸な展開が続き鬱映画の予感に不安を感じながらの鑑賞となりました。原作は未読ですが、主人公は元担任教師の真唯子で、原作とは違っているようです。真唯子は章子に救いの手を差し伸べますが、章子はその手を振り払い、極端な選択へと至ります。救いを必要としている人の声が周囲に届かなかったり、または自ら狭い世界に閉じこもって道を閉ざしてしまうのは、現実社会でも起こりうる事ではないでしょうか。救おうとする真唯子もまた過去に傷があり、救いを必要としています。それは救う者もまた他者を救う事によって自らを救おうとしているようにも見えます。ラストは映画のオリジナルらしいのですが、私はあって良かったと思います。不幸の連鎖の果てに極端な選択があり、それが消えない過去として社会に刻まれてしまう。そんな結果であっても、パンドラの箱に唯一残された希望のように、真唯子と章子の未来に可能性が残されているという余韻を残してくれました。
SF作品と思い込んで観に行って、良い方向に裏切られた。 最近、幸の薄い役が多い北川景子さんの演技に更に磨きがかかっている。
湊かなえの原作は未読だが、やはり原作の独創性が際立っているのだろうと想像する。 時と場所を行ったり来たりするうえにその関連性が最後まで分からない。 未来からの手紙の真相もお見事。 さて、この映画… 謎だらけの物語進行なのだが、開始早々からなんだか状況もわからないのに、泣ける。 女の子が臭うというのが、長く生きてきたが私にはピンと来ない。妻もいるし娘もいるが、ピンと来ない。自分が鈍感なのだろうか…。 それはさておき… イジメと虐待が描かれるから、そこには弱者である被害者がいる。 異なる時間の異なる場所での被害者の少女たちと、一人の生徒思いの女教師。そして、二人の青年。 時空を錯綜させ、複雑な登場人物の相関性を最後に一気に集約させる秀逸なサスペンスこそ湊かなえの独壇場だと思うのだが、個々のキャラクターの感情を見せ切るでもなく見せていく演出と演者のパフォーマンスが、ミステリーの怪しさを思わせつつも悲劇性と人情を漂わせて、物語の真相は最後まで分からないのに泣けてしまうのだ。 ミステリーの結末(真相)とは別に、主人公少女がたどり着く結論がこの物語にはある。 その結論は、我々大人がそこに行ってほしいと願う結論ではあるのだが、はたして社会がそれに応えられるのだろうかという不安を残さなくもない。 彼女らを護ることができる社会を構築するのは我々の義務なのだが、悲しいかな、彼女らの「未来」はまだ保障されていない。 湊かなえの奇抜な設定とストーリー展開は、連続テレビドラマには向いていて傑作も多いと思うが、映画となると『告白』(‘10)ぐらいしか傑作といえるものが見当たらず、脚本家・映画監督にとっては難しい材料なのではないかと思う。 その点において、瀬々敬久の手腕はさすがだと思う。 「ドリームランド」という遊園地を理想郷かのように位置づけていたり、小津安二郎の映画で女性を癒やしたりするのはちょっとヲタクっぽくて気恥ずかしさを感じないでもないが、これも湊かなえなのだろう。
観終えたあとに、なんとも言えない気持ちになった。 時系列が行ったり来たりで、原作を読んでいない身からすると、理解追いつくのが序盤少し大変だった。 周りのクズな大人たちや、幼稚ないじめっ子、クラスの雰囲気にすごく腹が立った。 幼い命が失われるシーンでは、あまりにも辛くて涙がこぼれた。 子どもたちの未来を良い方向へ導くのも、悪い方向へ導いてしまうのも、周りの環境、特に取り囲む大人たちの影響がもの凄く大きいのだということを印象的に感じた。 どうか、章子と文乃の母娘に、良い未来が訪れますようにと願わずにはいられない。
過去からのストーリーの流れは凝っていると思います。 ただ、誰に何を訴えているのか分からない。 背景の不幸設定の度合が極端に酷過ぎる。 本件を見て、何を得れば良かったのでしょう。 わたには理解できなかったし、ただただ、暴力的なシーンは耐えられなかった。途中で退席しようかと思った映画は初めてです。 この映画の意義を教えて欲しい。