風景と劇伴に満足
是枝作品は意識して観たことはないですが、それとは関係なくアニメ版とは違う良さがキャスト陣の演技から空気感までとても良かった。
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漫画家・藤本タツキの漫画コミックを実写映画化。 自信家な小学4年生の藤野は、学年新聞に4コマ漫画を連載し、クラスメートたちから絶賛されていた。しかしある日、学年新聞に掲載された不登校の同級生・京本の漫画を目にし、その圧倒的な画力に打ちのめされる。それ以来、藤野は絵が上手くなりたい一心で漫画を描き続けるが、その差は埋まらず、一度は漫画を諦めてしまう。ところが卒業式の日、京本の家へ卒業証書を届けに行った藤野は、京本が自分の漫画のファンだったことを知る。漫画へのひたむきな思いで結ばれたふたりは、一緒に漫画を描き始める。かけがえのない時間を積み重ねていく藤野と京本。しかし、そんなふたりの日々を大きく揺るがす出来事が訪れる――。
©藤本タツキ/集英社 ©2026 K2Pictures・集英社
是枝作品は意識して観たことはないですが、それとは関係なくアニメ版とは違う良さがキャスト陣の演技から空気感までとても良かった。
個人的にはまずまずやった。出口夏希が良かった👍
キャストがめちゃくちゃ良かった 演出も何もかもが良かった 映画ならではの展開が何処から どう違うのかがわからなくぐらいだった
是枝裕和監督さすがです いやぁ、とても良かったです 原作の良さもあるのですが 2024年のアニメ版を踏まえてもこれはとても良かったと思います 柔らかさと固さ 明暗(外の明るい方へ) 雪を踏み締める音 中学生以降の藤野と京本の二人がとても良かったです
原作を含め、既に多くの人に知られた作品だが、漫画を通じて知り合った2人の小学4年生のその後を描いている作品。人としての成長や喜び、自分らしさ、理不尽な出来事への怒りなど、胸を揺さぶられる。 既に原作とアニメ版を見ていると、どうしても実写版と比べてしまう自分がいる。それは仕方ないこと。ただ、見ている途中で「アニメ版と実写版で一つの作品なのかもしれない」と感じるようになった。海外でも高い評価を得た理由も納得できる。 もちろんアニメ版は、実写版と比べて原作を忠実に描きやすい。ただ、実写だからこその素晴らしさがある。藤野歩を演じた出口夏希さん、京本奏を演じた蒔田彩樹さん、そして子役ともに、2人の距離感をうまく演じていたし、藤野に感じる「ちょっと嫌な部分」や京本に感じる「内にある自分」は、実写版だからこそ直接的に感じられた。 小学校時代に「内」にこもっていた京本を藤野が「外」に連れ出すのだが、大人になってから藤野が窓越しに「外」を見るシーンは特に心が打たれる。 実写版は、原作へのリスペクトも端々から感じられる。藤本タツキさんの故郷である秋田県にかほ市や、出身校で山形市にある東北芸術工科大学も登場していて、「聖地巡礼」したくなる作品。
アニメ創作にひたむきな藤野と京本の2人の主役。夢を追うため京本が藤野に反発するシーンは藤野の京本を失う寂しさと京本の強い意志を感じた本作のクライマックス。別れを意味するが人として成長していく上でとても良いシーン。 演者による登場人物の感情や人間味が湧き出る表現力はアニメ版では難しい。実写版の利点を活かしバランスの取れた感動作に改修されていた。 2026.9.24
漫画もアニメ版も前知識なく 実写版のみ見ての、感想。 映像は綺麗だけど なんか終始一枚フィルターが入ってる感じがして それは今回初タッグ組む カメラマンと監督の組み合わせで 良くも悪くもカメラマンの監督への熱意や入れ込みが フィルターとして写ってしまった印象を受けました。 海街のカメラマンだと、どうだったのか? もう少し物語に寄り添った、 シャープな画だったのかも、、と 見終わって思いました。 それが見ていて、設定がポワポワした感じがして、 そこが少し映像に入り込めなかったかも、、です。 照明は、綺麗でしたね、、 つながりも結構見ていて気になり 幼少期とそれ以降のキャスト なんかこの手法が昨今、ついていけず。 元の統一のままで良いじゃんとか、 なんか編集過程の、割り振りの要領なのか 大事な所でキャストが変わると 強引に別の物語が始まった気がしまして。 女の子の口元の目立つ黒子の位置とかも違うし、、 子供時代の京本は、うまかったですねー そしてまともなスクリプターいないのかな、、 と思うくらい、雨降っていても、 濡れてなかった道路が、 別画面ではドロドロの道になっていたり 秋田弁を話すのは良いけど わりと終始、標準語気味で会話しつつ 急におさえどころで秋田弁に変身する感じなので 難しければ、標準語に統一すれば良かったのに、、 と思いました。 つながりや設定が、統一されていない気が若干しました。 あと、美術も良く言うと良く作り込んでいる 悪く言うと、作り込みすぎている、、というか 美術家目線のちゃんとし過ぎた終始入れ込みで 全体もう少し間引いて、 生活感とかが出れば良かったのに、と思いました。 作り込みがダメということではないけど 若干 too muchな印象です。 全く別の作品だけど、最近みたスワロウテイル4Kとかは 作り込みが半端ないけど、ストーリーにハマっていて too machな印象は全くしませんでした、、 そんな映画でした。 みなさんは、どうでしょう?
アニメ版も見たが、それと同じふんわり暖かな雰囲気が実写版でも再現されていた 主役の4人、みんな良かった 風景も綺麗 雪の中を二人が歩く白い世界
学校が出てくるのが好きじゃない。よく知ってる世界だからか、学校が好きじゃないからリアルではいやだし、でも嘘くさいのはもっと嫌。この映画の世界は、卒業証書という大切なものを小学生に託すというのが、まずしらけるほど嘘。実話が好みというのではない。ファンタジーこそ、ディテールはリアルじゃないと。少女たちがいい子で全体的な雰囲気は好きなだけに、残念。
先週の日曜日に錦糸町の映画館で観てからほぼ1週間。何か、感じたことを書こうとしてうまく書けない。なら、「うまく書こう」としないで何かを書いてみよう。 期待があり、不安があった。いや違う。正確に言えば、不安が先にあり、期待が後からあった。不安は、わかりやすい。あれほど見事な原作漫画と、その凄さをほぼ完全に動画に移し替えたアニメ版。 あれを「超えることはできるのか」 。できなかった時に、普通の失敗とは違ったダメージがあるのではないか。そんな不安。 では期待とは何か。ある種のカバーソングのような仕事で、是枝さんは肩の力を抜けるのではないか。そんな風な期待、をしていた。例えば「奇跡」の時のように生き生きと子ども達の姿を描くような作品になるのではないか、と。 「怪物」も「箱の中の羊」も苦しい挑戦だった。それは常に挑戦を自らに課してきた是枝さんが迷い込んだ必然としての迷路のようだった。新たな話題を提供して商業的な結果を出して、さらに映画祭でも結果をつかみに行く。それは、ほとんど無理ゲーのようにしか思えないけれど、是枝さんは自らの記録更新を狙うアスリートのように、新作へと向かっていった。 でも僕らは薄々感じていた。毎回のように新たな姿を見せていた「あの頃の是枝裕和」の全盛期は「万引き家族」だったのではないか、と。盛りを過ぎたアスリートの挑戦を見るような痛々しさを僕は感じていた。だから思った。たまには、こういう風に力を抜いた作品も必要ではないのかと。 不安があり、期待がやってきて、でもやっぱり不安もあった。それは「ルックバック」そのものの「完全さ」。僕は最初にアニメを見て、その後に原作の漫画を読んだ。アニメのあの短さに、映画館で製作者たちの勇気を感じた。今どき、60分前後で勝負する潔さを。 でも原作を読むと、また違った気持ちになった。この作品はこうするしかなかったのではないか、と。それほど何かを付け加えることを拒む完成度を保っていた。それはビートルズの3分間の楽曲をどんなカバーも超えられないように。 どうするんだろう、是枝さんは。そんな気持ちで映画館の座席に座った。そして僕は感想をうまく書けない。 ダメじゃなかった。予告編で感じた実写映像ならではの質感。秋田の雪深い風景の豊かさ。俳優はちょっと中学生には見えなかったけど、2人の絆はより深く描かれていた。漫画を描くこと、何かを表現しようとすることの尊さや、その気持ちを分け合う存在がいる幸せも。 でも、どうなんだろう。何かが微妙に「違う」。違う、というのは「原作と違っている」という意味じゃない。実写「ルックバック」でしか得られない何か。もしあるとしたらそれは何だろう。そんな気持ちで見に行ったけど、それは見つからなった。そもそも僕は何を探しに行ったんだろう。 違和感の手がかりのようなものはある。それは例えば、入場の時に配られていたポストカード。主人公2人が顔を寄せ合う姿を「藤本タツキじゃない誰か」が描いたもの。え、これは何? そして映画の中で違和感を持ったのは、藤野や京本が描く四コマ漫画がはっきりと映し出されないこと。それはもしかしたら「もう知ってるよね」という省略だったのかもしれないけれど、あの作品において「4コマ漫画の面白さ」は、かなり重要な要素を占めていたように思い、ひっかかった。それは小さいようで、大きいことのような気もした。 漫画やアニメにしか描けないものがあった。それは、たとえば京本に認められていたことを知った時の、藤野の雨の中のスキップ。それは仕方のないこと。では、映画でしか描けないもの、あるいは是枝裕和がこの映画を撮る意味。それは見つけられなかった。「ルックバック」という作品と、自分とのつながりのようなもの。それを是枝さんは掴みきれなかったのではないか。そんな気持ちがした。 (僕自身が、実写「ルックバック」をしっかりと掴むことができなかった。ただそれだけの話である可能性はあるけれど)
見ながらの感想は「ほぼまんまじゃん。これぞ実写化。」だったんだが 最後アニメを使ってしまったら実写にした意味なくない?って思ってしまった。
漫画がありもうそれが伝説的に良い。そしてアニメ映画もあった。それもすこぶる評判が良い。そこに来て実写版。しかも最近あったばっかり。舌の根も乾かんうちにまた語るんかい、と一瞬思ったのだがすぐに思い直した。 監督は是枝裕和。意味はないことはない。絶対にただの商業主義ではない。 そしてそれを楽しみで劇場に向かった。どんな意味があるのか? 内容はわかっているので変な邪推が入ったりして何とも「したり顔」で自分はスクリーン前に座っただろうと思う。しかし、待っていたのは没頭。もう何もかも吹き飛んだ。気づけばいつの間にか目から水が流れ出ていて顔面はぐしゃぐしゃに。蛇口を緩んでもうバカになってるように締めても締めてもずっと絶えず水が流れ出てる始末。そしてそれはただスクリーンが見えにくくなるので邪魔なだけだった。そんな生理的現象はいらない。 内容を知っているだけに先を読んでの感情の起伏かと思ったがそうではなさそうだ。目の前のスクリーンに映る一瞬一瞬に心を動かされているようだった。それは自分で理解できた。 実写版にする意味はあるかと問われれば、この映画を見た後では「ある!」とはっきりと明言することができる。 しかし具体的にその理由を「言葉」で伝えろと言われると困ってしまう。 実写版とかそんなカテゴリーの問題ではなく、この映画のこの表現方法しか伝えられないことがある。というのが答えだと思った。 (劇中で「アニメ」を差し込んできたのはそんなカテゴリー分けへの批判かと思われたか、それこそ邪推であり、その場面すらその表現方法しか伝えられないものがあるということなのだろう) 全ては映画を見た後に自分は何を感じたか。 言葉や漫画やアニメなどでは伝えられない、映画でしか伝えられないもの。 それをしっかり感じ取れました。自分の身体全体を使って。 しつこいようですがそれが何かは説明できません。なぜならそれは映画でしか伝えられないからです笑。
知った上で見てるからだけど、後半ずっと泣いてた
実写版は観ないつもりでした。が、あまりにも評判が良く、是枝監督だし、出演者に興味があったので、思い立って観に行きました。 アニメ版のみずみずしさや透明感が、実写版でもまた違った形で体現されていて、それぞれに良さが際立っていました。アニメ版もそんなに昔の作品じゃないのに、敢えてこのタイミングで実写版...映画の作り手としての、是枝監督の作品に対する並々ならぬ想いが伝わってきます。 展開を知っていても、ラストに向けて感情が揺さぶられますね。
私にとっては珍しく、原作を知っている作品を鑑賞しました。今回の実写版は、ロケーションへのこだわりを感じました。地元の野外シーンの景色はどれもきれいです。 世代でキャストがかわりますが、スムーズでギャップを感じなかったです。京本の会話や雰囲気がとてもよかった。
アニメ版とは違う、実写ならではの良さが出ていたと感じました。にかほ市の田園風景が本当に綺麗で、初めから全部主人公の妄想だったのかもしれないと思わせてくれました。 架空の子供時代の記憶をプレゼントしてもらったような、そんな懐かしい気持ちになりました。
『ルックバック』鑑賞。 脚本と演出の妙に唸る。 既存のアニメ作品の良さ、そして世界観を壊すことなく、むしろ両者の良さを際立てることに成功している良作。 自分が東北出身者であり、山形に4年ほど住んでいたことも多いに関係するのであるが、途中何度も胸が一杯になり、泣きそうになる。 キャスティングがこれまた秀逸。どうやって見つけてきたんだよ的な。 帰宅後、元ネタ『ルックバック』を再鑑賞。実写版の素晴らしさを再認識。 現存する作品の実写は、観る側の思い入れに大いに左右されるのは承知の上で言うが、私的には是枝裕和という監督の卓越さを改めて思い知らされた作品。是枝裕和作品の真骨頂。 —- 三浦透子がボーカル参加していることをエンドロールで知る。彼女の”存在”が好き。
漫画版がファンにとても人気、アニメ版がとても人気で高評価。それを実写化するのはどれほどプレッシャーか、、、 わたしは是枝裕和監督が好きだし、出口夏希も蒔田彩珠も好きなのでとても楽しみでした。 震災 京アニ放火 コロナ禍 と、クリエーターの価値が問われる重大なテーマがあるとはいえ、、、やっぱりこのストーリーでは分からない。理解するためにはネタバレサイトでの補完が必要。この点はやっぱり残念。 ただ、実写万能では綺麗な四季や田舎の風景、キャラクターの表情、大人目線とかいろいろと足されているのは良いところ。 単純に映画として面白かった。 出口夏希と蒔田彩珠はとても良かった。 子役のふたりも含めてとても可愛らしかった。 是枝監督らしく透明な空気感と合わせて魅力が爆発してた。
実写になったことでよりリアルに みずみずしく、生々しくなった。 絵が上手いと思っていた藤野が突如現れた不登校の京本の無言の絵に圧倒されて、なにくそと絵の勉強を始めて徐々に上達していくが、才能には勝てないと悟った藤野は4コマ漫画を描くのをやめてしまう。 幼い頃の挫折は強烈でトラウマにもなる。きっぱりと諦めて別の路線に舵を切れる藤野は逞しい少女だと思う。でも、内心では傷ついているし、それを家族にも気取られないように強がって取り繕うとする感じはリアルだった。 でも卒業証書を渡しに行くという担任のナイスパスにより、京本と出会い。藤野先生と尊敬の眼差しを向けられることで気を大きくして再びペンを取る。 雨に打たれるのも気にせず、水たまりを踏み抜き、思わず駆け出してしまうシーンはすごくよかった。鼻歌を鳴らしながらスキップしてターンして、有頂天になる藤野は年相応の可愛らしさ満天で、この原体験が藤野の未来を決定づけたことが印象的に描かれていた。 一年以上かけて書いた一作が準入選し、賞金で京本を外の世界へと連れ出す藤野。読み切りでも勢いは衰えず、中学生にして連載の話が舞い込むほどの才能。それは藤野キョウとして2人で掴み取った結果だった。担当編集と話す時もクレープを買う時も横断歩道を渡る時もいつでも京本の手を引いていたのは藤野で、部屋に引きこもっていた京本を藤野が新しいへ世界へ導く。でも、絵を描くにつれてもっと絵が上手くなりたいという想いから美大へと進む決意をする京本と藤野は道を分つ。 とんとん拍子で成功していく2人にとって連載は次のステップだが、進路として別の道がいい意味で切り開かれたことで京本は自分の意志を確かめられたのかもしれない。 アシスタントも抱えてシャークキックが人気を博していく中で凶報が藤野に届く。地元に戻り、京本の部屋を訪れた藤野は自分があの日描いた4コマ漫画を破り捨てて、京本と出会わない世界線が描かれる。そこでも京本は美大に行く。だが、京本は殺されることなく、藤野がシャークキックで空手で通り魔を倒して藤野を救う。 この世界線でも京本にとって藤野は救世主だった。 藤野は私が京本を外の世界に連れ出さなければと、藤野の部屋の前で後悔しただろう。原作にはあったあの言葉が映画では描かれない。でも、部屋の中で京本から語りかけられて、藤野はまた漫画を書く。それが答えだと思う。藤野がいなくても京本は美大に行くが、そこで書くものはきっと違った。2人があの日であってなくても、いつか出会う運命だった。 過去を振り返っても変わることはない。 秋田の片田舎から引きこもりの京本を連れ出して、小さなあの部屋の中から2人は革命を始めたんだ。過去を振り返るのもやめて前を向く藤野の後ろ姿が輝いて映った。 原作も読んでたし、アニメも見てたし、話はわかってたけど、映画もよかった。何より藤野と京本の4人がとてもよかった。本当に成長したのかもと思うほど似ていた2人は思春期の危うさとか儚さを体現していて、真っ白な雪や真っ青な海の中でも強い存在感を放っていた。さすが是枝監督という思いで見ていた。 ただ、だからこそ、なんであのシーンでアニメーションを入れたのか!なんで実写の2人を映し出さなかったのか…。んー、実写の2人の方が見たかったな。ファンタジーじゃなくていいから2人の歩いてきた道を、見られなかった日々を映し出せばよかったのにと思ってしまった…。そこだけ。 小学生時代の2人は青々しくて、でも一生懸命で眩しかったな。そして、大人になった2人も透明感すごくて、どこで切り替わったのか見失いそうだった。出口夏希も蒔田彩珠も目を奪われる存在でこれからがますます楽しみ。 原作はジャンプ+で無料で読めるのでまだの方はぜひ。
子ども時代のふたりが秋田の自然のなかですごく一生懸命に、幸せに生き生きとスクリーンに映し出されていて、それぞれが出口さん、蒔田さんに無理なく代わり、着々と夢の実の道へ突き進んで行った。過酷な現実はとても悲しく、むなしく。しかし、そこはあまり号泣に至らず、子ども時代の美しい情景が、自分も東北出身のせいか涙がでた。宮藤官九郎さんの先生の訛り具合がとてもよかったし、菅田将暉さんの編集者役がうまい配役だなと思った。恋愛要素がないのも良かった。是枝監督の、結末は見る人に考えさせる手法の映画。今年も仕事が夏休みが無くて( ; ; )、たまの休みにたまたま封切りの人でラッキー。大満足。