大人向けジブリ
決して子供向けでは無い作品。 田舎の友達同士の高校生が都会から転校して来た美人の同級生に翻弄される話。 5人で観に行き、その中の1人はめちゃくちゃ面白かったと言い原作小説も買って後日1人でもう一度観に行った。 また別の友人2人に本作話をしたら、本作がジブリで1番好きとのことだった。 感性は人それぞれだなとしみじみ思いました。
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高知の進学校から東京の大学に入学した杜崎拓は、東京都武蔵野市の吉祥寺駅のホームで武藤里伽子に似た女性を見かける。その後、はじめての夏休みに同窓会のために故郷・高知へと帰省する道中、拓はその高校時代を思い起こす。季節外れに東京から転校して来た里伽子との出会い、ハワイへの修学旅行、里伽子と2人だけの東京旅行、親友と喧嘩別れした文化祭。ほろ苦い記憶をたどりながら、拓は里伽子の存在を振り返っていく。
© 1993 Saeko Himuro/Keiko Niwa/Studio Ghibli, N
決して子供向けでは無い作品。 田舎の友達同士の高校生が都会から転校して来た美人の同級生に翻弄される話。 5人で観に行き、その中の1人はめちゃくちゃ面白かったと言い原作小説も買って後日1人でもう一度観に行った。 また別の友人2人に本作話をしたら、本作がジブリで1番好きとのことだった。 感性は人それぞれだなとしみじみ思いました。
いま大学生となった主人公達の中学生から大学生までの物語。 中学生から大学生へと大人の階段をのぼるなかで、ときめいたり、悲しんだり、喜んだりを経験して人として成長していく。 一部、自分も同じ頃にこんなことあったなぁと思ったり…。 夏に観るにはピッタリ。 この作品、スタジオジブリなんですね。 観られて良かった作品でした。
主人公の男の子の高校時代の親友がかっこよかった。東京からの転校生の女の子が自分勝手すぎてびっくりした。その自分勝手さに付き合ってしまう主人公もどうかとは思った。主人公が、その女の子から叩かれ、そのすぐ後に親友の男の子から殴られて、叩かれた訳も殴られた訳も主人公はわからず呆然としていたが、どうして殴ったり叩いたりされたのか、わからず悩む。人の気持ちを考えてみる。そんなことを高校3年でできている。僕は最近それをできるように、殴られて呆然とできるように最近やっとなってきたと思う。殴られてからは親友と話さないまま高校卒業し、大学1年になり親友と久々に会って1時間海辺で過ごす。そんな風な友達が僕にも高校の時にいたらよかったなと思った。友達、人間関係の悩み、人の気持ちが知れないことの悩み、恋愛。それら全てこの主人公は持っていたと思う。それら全て僕は高校時代は持っていなかったと思う。そんな風に思った。エンドロールの音楽がとても素敵だった。
高校〜大学入学後すぐの頃の、言ってしまえばどうでもよい青春模様。そのどうでもよさ加減がリアルに描けているのが面白いと思ったし、この感じって今も昔も変わらないんだなと思った。 杜崎も武藤もすごく魅力的なキャラクター。高校生でこんなにブレがないなんて。 松野も(始め杜崎がそう思っていたように)凄くカッコよかったけど、恋愛してちゃんとダサく映るのが興味深かった。蛙化ってまさにこのことだ……と思った。(笑)
自分の人生を振り返って思うこと。 多くの人達と出会い、色んな事があり、 沢山の経験や不思議な出来事があった。 それを考えると高校卒業、大学、就職、 それからも多くの楽しい、不思議な出来事がたくさんあるんだな。 そこを多くの人に分けてあげてはどうだろう。
この先もできたらアニメーションで作って欲しかった。 ドラマにはなったけど何というかどこか無理があったように感じたので。 本作は単行本でも読み映画館ではなく当時はテレビ放映で鑑賞、その後LDで何度も観たものでしたが映画館で観るとやっぱり良いですね。
あまりにも人気で、前情報なしで、観に行った。 ジブリの初期の頃の作品だそうで、夏のジリジリした暑さや吹く風も感じられる素敵なアニメだった。 ストーリーも好き。久し振りにキュンキュンした。
こういう作品を好きっていう年上の男と付き合いたいって妄想を大学生の時よくしてたな
里伽子みたいな女の子への憧れはありますが、ドラマ以外で見たことはありません。 そんな素敵な女の子に思われるこの作品のやり取りは理想ですね。 終わりまでずーっと羨ましく観ていました。
「ああ、やっぱり僕は好きなんや…そう感じていた」 高知、夏、17歳。クラスメイトではないが親友同士の杜崎拓・松野豊と、東京からの転入生・武藤里伽子が織りなす揺れ動く青春群像劇。 氷室冴子の同名小説をスタジオジブリがアニメ化した本作だが、若手アニメーターによる実験作品という位置付けで、鈴木Pこそクレジットされているが、当時ジブリの最前線でバリバリやっていた宮崎駿・高畑勲両氏が一切関与していないという異色の作品である。また、上映時間が72分と短いことと、未成年の飲酒の描写があることからほとんどTV放映されたことがなく、幼稚園〜小学校低学年時代を「1日1ジブリ」で過ごしてきた僕にとってはなかなか手の届かない「剱岳」のような存在だった。その「剱岳」にようやく手が届いてから早12年、今般リバイバル上映が決定したため劇場で見ることにした。 僕は父の仕事の関係で小さい頃から引っ越しを繰り返してきたが、そのほとんどを東日本で過ごしてきたため西日本にはあまり遅延がない。四国に至ってはこれまでで2時間40分しか上陸経験がない。にも関わらず、土佐弁が何故か好きだ。割り切りの良さというか、勢いとカラッとした感じが何とも心地よいのだ。ここに夏の日差しが加われば鬼に金棒・虎に翼で、それだけで良作確定である。そして本作ならではの特色が「平成始まったばかり感」である。そこはかとないトレンディ感が終始漂っており、在りし日の日本に想いを馳せる愉しさもあるのがいい。実験作品ながら、各所に手堅さが見受けられて非常にまとまりがよく、僕は機会があれば何度でも観ることだろう。 しかし一方で、優等生すぎたのかもしれない。尖り具合が足りなかったせいか、残念ながら、スタジオジブリにおける実験作品は本作のみに終わり、結局スタジオジブリは今日に至るまでポスト宮崎駿・高畑勲を輩出できずにいる。本作を皮切りに定期的に同じような試みを続けていれば、違ったスタジオジブリが見られたかもしれないと思うと残念である。 僕は杜崎拓とは反対に、大学進学を機に東京→地方に移った。東京で大学生活を送っていないことは時に僕にとってコンプレックスになる場面もあった。だが本作を観るとこう感じる。地方で大学生活を送れてよかった。 物語の起点となる吉祥寺駅、向かいのフォームに武藤里伽子の姿をいつでも探す。こんな所にいるはずもないのに。 ああ、やっぱり僕は好きなんや...そう感じていた。