ナチ映画というよりも
硬派なスパイ映画としてハラハラドキドキ楽しんで見れました。 一方、史実に基づくストーリーとて見た場合、ナチスの力が残っている具合がリアルで怖かった。戦後ドイツの生々しい…
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ナチス・ドイツ最重要人物アドルフ・アイヒマン拘束に関する極秘作戦の裏側の真実を描くサスペンス・ドラマ。『ブリッジ・オブ・スパイ』『ヒトラー暗殺、13分の誤算』のブルクハルト・クラウスナーが主演を務め、『東ベルリンから来た女』のロナルト・ツェアフェルトらが脇を固める。1950年代後半のドイツ・フランクフルト。検事長フリッツ・バウアーはナチスによる戦争犯罪の告発に執念を燃やしていたが、未だ大勢の元ナチス党員が政治の中枢に残りあらゆる捜査は遅々として進まなかった。そんなある日、バウアーのもとに数百万人のユダヤ人を強制収容所送りにした親衛隊中佐アドルフ・アイヒマン潜伏に関する手紙が届く。アイヒマンの罪をドイツで裁くため、ナチス残党が巣食うドイツの捜査機関を避け、イスラエルの諜報機関モサドにコンタクトをとりアイヒマンを追い詰めていく。しかしその頃、フランクフルトではバウアーの敵対勢力が、彼の失脚を狙って狡猾な謀略を巡らせていた......。
硬派なスパイ映画としてハラハラドキドキ楽しんで見れました。 一方、史実に基づくストーリーとて見た場合、ナチスの力が残っている具合がリアルで怖かった。戦後ドイツの生々しい…
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近年、関連作品が次々と。で『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男 (Der Staat gegen Fritz Bauer)』。ナチ残党を追い詰める検事長。類似作品との差別化を図ってか、創作部分で刑法175にも焦点を。その分、核心に迫る部分が薄味になったのは惜しまれます。
ナチスドイツがしたことに当時憤っていた人は多かったと思う。 だけど一番憤っていたのは、同じドイツ国民のユダヤ人なのでしょうね。 心の傷が癒えずに、失った人が帰らなくても、日常を取り戻したドイツで、本当にあの悲劇を終わらせる為に戦う動機は復讐ではなく、正義なのね。 毎年何本ものナチスドイツ物の映画が作られ、観ている。 あの壮大な悪夢を語る語り部たちは沢山居て、けれども年老いて亡くなって行く。 語りつくせない、沢山の物語がそれぞれに有った筈なのに。戦中も、そして戦後も。 これはフリッツの戦い。最重要戦犯アドルフ・アイヒマンを捕える為に水面下で戦った彼が居た事を知れて良かった。 コレを見た後、 #theeichmannshow #アイヒマンショー を見るとまた格別に感慨深い。 彼の戦いを受け、アイヒマンの世紀の裁判を撮影、公開したTVマン達の戦い。
最終的には違ったような。 でも物語自体はおもしろく、とてもおもしろかったです。 ハラハラする場面もありますし、考えさせられるような言葉もありました。
よくある戦後の映画かなと思って観ましたが、「執務室を一歩出れば敵だらけ」のバウアー検事長が、ナチス戦犯のアイヒマンをアルゼンチンで捕まえるよう尽力した様子を知ることができました。彼の孤軍奮闘と、彼に「第二の証拠」をもたらすカール・アンガーマンの正義に真摯な姿勢がたまらないです。
今日の映画は「アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男」。 ナチの残党を追うドイツの州検事長フリッツ・バウアーの元に、アドルフ・アイヒマンの消息を告げる手紙が届く。手紙によればアイヒマンは名前を変えてアルゼンチンに潜伏しているというのだが、同僚の中にも敵がいる中で思うように捜査することができない。フリッツ・バウアーは国家反逆罪を覚悟の上でモサドに接近するが…。 「アイヒマン・ショー」「ハンナ・アーレント」直前の世界を描く本作。改めて気づかされたのは、終戦後の西ドイツの中枢には元ナチがかなり入り込んでいて、アイヒマンが逮捕され芋づる式に戦犯が暴き出されることを恐れて、アイヒマン逮捕を望まない人々がたくさんいたのだ、ということ。そういう過去の国家の罪に向き合えない人々の中で、フリッツ・バウアーはアイヒマン逮捕に向けて執念を燃やす。 冒頭「アイヒマンと第三帝国(1961)」から引用されたモノクロフィルムの中で、フリッツ・バウアーは「ドイツはゲーテやベートーベンを生んだが、ヒトラーやアイヒマンも生んだ」と語り、新たな国家としてドイツが歩んで行くために、過去の事実を直視することの重要性を問う。戦中の映画は多いけれども、日本も民主主義国家として歩き始めるには、混沌とした時代があったに違いない。同じ敗戦国としては、そんなことも考えさせられた。