こんな関係もあるの?
寂聴さんの生き様を見させて頂きました。 こう言う男を好きになってしまうのかと男目線では、理解XX
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作家・井上荒野が、父である作家・井上光晴と母、父と瀬戸内寂聴をモデルに男女3人の特別な関係を描いた同名小説を寺島しのぶ、豊川悦司のW主演で映画化。 1966年、講演旅行をきっかけに出会った長内みはると白木篤郎は、それぞれに妻子やパートナーがありながら男女の仲となる。もうすぐ第二子が誕生するという時にもみはるの元へ通う篤郎だが、自宅では幼い娘を可愛がり、妻・笙子の手料理を絶賛する。奔放で嘘つきな篤郎にのめり込むみはる、全てを承知しながらも心乱すことのない笙子。緊張をはらむ共犯とも連帯ともいうべき3人の関係性が生まれる中、みはるが突然、篤郎に告げた。「わたし、出家しようと思うの」。
©2022「あちらにいる鬼」製作委員会
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浮気する人は固有名詞を言わないと聞いた記憶がありましたが、本当に最後まで使わないのには驚きました。 昔の瀬戸内寂聴さんを知らなかったので、なかなか結びつかなかったのですが人生は色々だとつくづく思いました。
決して不倫を擁護する映画ではないですが、このタイミングでこの映画を作った意味を考えると、かなり攻めた問題作だと思えます。 性や倫理から解放された愛の選択であり、 文学の犠牲者への弔いでもあると感じました。 アップの表情で語るシーンが多く、それに応える役者がまたすごい。 ガッツリ演技を堪能しました。 素晴らしいシーンの数々は予告編としても切り取られています。 風呂のシーンには感情が掻き乱されて泣けました。 そして、アップではない海辺の後ろ姿。 むしろここのロングショットを活かす為にアップを多用していたのか!と思えるほど。 ぜひご堪能いただきたい。 でも、一番のお気に入りは自転車の二人乗りでなびくスカート! ドレープが計算されている衣装で、これまでの相手には感じなかった心のざわめきが表現されていました。 ここに至るまでの出会いのシーンがまた素晴らしい。 白木とその妻の笙子と長内は同類。 愛と快楽の狭間で人を傷つけたり自分が傷つけられたり…その体験から絞り出す珠玉の一編の為なら、どんな犠牲も厭わない。 生身の人間同士の業に身を投じながら、主観と客観に脚色を加え小説として昇華させる。 全てはその為だけに。 文学に魅了され、人の心を無くした三つ巴の鬼に感じました。 荒井晴彦さんの脚本は人間の性と業を真正面から描いていると感じます。 いつも、愛だけに収まらないセックスシーンが胸を打ちます。 孤独な心の癒しや慰めだったり、自己肯定だったり現実逃避だったり。そして時には闘いだったり。 更に本作では歌がキーポイントになっていて、当時の空気感を色濃く表すと同時に、 現代の風潮へのアンチテーゼにもなっていたと感じます。 ラストシーンも歌っていたのでは??と思うのですが。いかがでしょうか? もし歌っていたのだとしたら、不要だからカットしたのでしょうが、ちょっと聞いてみたかったです。春歌だったらすごいな。 あと、音楽にすごく違和感があるシーンがいくつもあったのですが、重くなりすぎないように逆張りにした…とか?? 意味があってその曲にしたと思うので、引っかかりました。
だから色情地獄に堕ちるのです。
寂聴さんの自伝ドラマ、配役が良かった。