すぐに謝りましょうね。
フランス映画はお説教をせず、お涙頂戴にもしない。 その人を尊重する。 その距離感と観点はそろそろ日本人も理解してほしい。 (そうしたらセコいマウンティングや恨みつらみや苛めもなくなるのではないのか?) 病は病でしかない。 そう説… 続きを読む
フランス映画はお説教をせず、お涙頂戴にもしない。 その人を尊重する。 その距離感と観点はそろそろ日本人も理解してほしい。 (そうしたらセコいマウンティングや恨みつらみや苛めもなくなるのではないのか?) 病は病でしかない。 そう説く医師と医療従事者達の姿勢に、まず人の成熟を魅せられる。 病棟の患者の集いに、穏やかなダンゴが 舞う。 なんという、その優雅さよ。 (日本人にはない国民性なのか、生命への敬意の違いなのか。) 明らかに強情な母親と、マザコン男の傲慢 さ。 観ていて不快になりそうだが、作品はふたりを否定しない。 作品が受け容れているので、観客もふたりのやりきれなさに同調されていく。 人間は強情でどうしょうもない生きものでしかないのだ。 なぜふたりは正直にならないのか。 伝えられないふたりの言葉を観客は心で叫ぶ。 原題は『de son vivant』。 『彼の生涯は』という意味。 邦題はダイレクトで分かりやすい。 きっと観客の気持、そのものです。 愛する人に素直に言えばいいのだ。 ただ自分の人生において、正直に愛する人に、素直に思いを伝えているか。 謝っているか。 謝ればいいのに謝れずに意地を張って悔いてはいないか。 その苦悩も作品は丁寧にみつめ観客との距離を保つ。 そういえばブノワ・マジメルは本作で主演男優賞を受賞。 昔から輝きしかないイケメンの印象だが本作は骨と皮になる。 しかも苦悩する瞳の美しさは彼の主演作史上であった。 にもかかわさず、途中から私は泣いていたのだ。 主人公になにもできずに私は泣くしかできなかった。 アメリカ映画ならお約束のようなお涙頂戴モノになるところを、本作は静かに幕を閉じます。 平常心では、まだ本作に対せない私がいる。 それでも自分がこの人生でやれることは、 悔やむのなら、謝るべきことは謝る。 ということ。 そういうこと、なのでしょう。