タイトルが?
会議に出席したメンバーは本当に優秀で現在の某国の与党より信頼できそうなんだが…まぁ本当に怖いしあってはならない事です。 邦題の『ヒトラーのための〜』はいらないです。 原題のままで良かったと思います。
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すべてのドイツ占領下および同盟国から東ヨーロッパの絶滅収容所へのユダヤ人強制送還の始まりとなった「ヴァンゼー会議」。本作は、アドルフ・アイヒマンによって記録された会議の議事録に基づき、80年後の2022年に製作された。その議事録は、1部のみが残されたホロコーストに関する重要文書だ。出席者15名がまるでビジネスのようにユダヤ人問題について話し合い、大量虐殺に対して反論する者が誰一人いない異様な光景をありのままに描き出す。
©2021 Constantin Television GmbH, ZDF
会議に出席したメンバーは本当に優秀で現在の某国の与党より信頼できそうなんだが…まぁ本当に怖いしあってはならない事です。 邦題の『ヒトラーのための〜』はいらないです。 原題のままで良かったと思います。
ドキュメンタリーみたいな映画 まるで歴史再現見たい けど2時間の映画会議内容ばかりちょっとつまらない
あまたある“ナチスもの”の中でもこれは異色。 ヒトラーやゲッベルス、ゲーリングといった大物は出てこないし、 戦闘シーンも虐殺なシーンも無い。 ほとんどが会議室の中で淡々と議題が進められていく。 始めは役職と名前が覚束なかったはずが、 いつの間にやら(何となくではあるが)違和感がなくなり、 気付いたら自分も会議室にいたかのように理解できた。 脚本の秀逸さゆえか。 最後は大迫力だった。 『ユダヤ人問題の最終的解決』という常軌を逸した議題において、 常に違和感を感じつつも、 ややもすれば個々の合理的に思える議論の積み重ねで『あり得ない』 結論に辿り着いてしまう… 彼らが悪い、ではこの歴史的悪事を教訓として活かせない。 自分達の心の中にも潜む悪魔と欠点であると認識せねば。
まるで会社の部長会議みたいにユダヤ人かっこ対策」を話すおじさんたち。気持ち悪すぎた。
世にも恐ろしい悪魔会議。 コレが当たり前にまかり通っている世界。 誰も殺すことに関しては疑問に思わない。 どう殺すか。どう処分するか。どこまで殺すか。 議事録が残っているのでホントにあった。 公務員が公的な力で行ってたのが実に怖い。 始めは誰が誰やらわからない。 肩書きや名前。 全く覚えられない。 序盤、不安で仕方なかったがしかし。 90分の会議時間の間でだんだんと。 顔と役割とキャラクターがわかってきたから不思議。 これは演出のうまさと言って良いか。 それぞれの性格かな、わかったのは。 役割をこなしているその人の人間性が見えた。 残念ながら役職、名前はさっぱり(笑) 唯一覚えた名前、内務省次官シュトゥッカート。 あの法律を作った男。そして抵抗をしてみた男。 その難癖つける所作も魅力的だったのだが、印象に残ったのは、右頬のニキビだ。コレ、休憩後に突然出てきた?撮影が空いたかそれとも急に精神的にダメージで出てきた吹出物の演出か。どちらにせよそのニキビの場所は青春時代のニキビ占い「思い思われ振り振られ」でいうと、振られニキビになる。それで正解だ。
あのホロコーストの決断があのような会議で決められたのかと言葉を失った。 ほぼ会議室の会議のシーンだけだが、目が離せなかった。
音楽なし、ずっとドイツ語の議論を聴く2時間だった。最後の方の議論は迫力があった。 戦争から80年経ったのにこの映画を作ったドイツ人はすごい。
悪名高いヴァンゼー会議である。会議の召集者はこれまた悪名高く、その暗殺事件が古くは『死刑執行人もまた死す』から最近なら『ハイドリヒを撃て』『ナチス第三の男』まで何度も映画化されているラインハルト・ハイドリヒ。戦後、逃亡先のアルゼンチンでモサドに捕らえられ、エルサレムで裁判にかけられたことで(その裁判を傍聴したアーレントの著作でも)有名なアドルフ・アイヒマンも、番外のように隅に座っている。 飛ぶ鳥落とす勢いのハイドリヒ召集の会議なのだから、結論など最初から決まっているようなもの。殺し&粛清マイスターのハイドリヒに逆らうなんてことは誰にもできない。そんな会議なのだ。 参席者たちの微妙な違いが興味深い。洗脳され具合の違い、馴れ合い具合の違い、権力への態度の違い、性格の違い…等々。一覧表作ってランク付けしてみたいくらいだ。 異なる内容で異議を口にした参席者がふたりいたことを知ることができた。ハイドリヒの権力の前では、そして洗脳されきった多数のなかでは、結局口をつぐむしかないのだが。ふたりのうち片方の法律家は、自分の縄張りを主張しただけのように見受けられるが(しかし興味深い人物)、もうひとりの、牧師の息子なのでと言い訳付きで「倫理」という言葉を口にした首相官房局長が、その後どうなったか(殺されなかったかどうか)が気がかりでしょうがない。あのような場で、細々ながらも、苦しげながらも、結局は口をつぐむしかなくなるとしても、会議の流れに繰り返し異議を申し立てずにいられなかった彼の姿に、少なくとも15人(秘書も入れれば16人)のうち1人でもそういう人間がいたことに、わたしは救われる思いがした。
特別おかしなことのない映画でした。 「110万人のユダヤ人を効率的に絶滅させる」 実にシンプルな議題に対して、1つ1つ合意を重ねていく。そうしてすべての考慮点をクリアにしていくありふれた会議の様子でした。 これだけ難しい議題を120分で終わらせられるなら、本当にこの会議の出席者は頭がいいのだろうと思います。 ただ1つ、「1つの民族を絶滅させる」という議題がどうにも現実味がな行ことが、たまらなく不気味だと感じました。
特別に映える装飾も名台詞もなく、BGMすら存在せず、真剣に淡々と会議が行われる。果てしなく地味、故に重い。 “良い会議”とは、本や記事によって異なるが以下のような条件が挙げられる。 ①普段は顔を合わせる機会のない責任者が 一堂に会する ②会議の目的・ゴールが明確 ③会議の参加者全員でアイデアを出し合う ④資料を読むだけでは分からない重要な 内容を伝える ⑤複数の人が関わるプロジェクトや問題を 解決するような結論が出る ⑥ 時間通りに始まり、時間通りに終わる ⑦会議の内容がよくわかる議事録がある 人類史上最低で最悪なこの“ユダヤ人虐殺会議”は、ビジネスとして実に有意義な“良い会議”である。 なんという皮肉だろう。 人を人とも思わない言動に、抹殺を正義だと信じて疑わない思想に、追放・殺害・死体の処理方法を真剣に話し合う姿に、「前世紀最大のおまいう案件」「嘘だろ正気か」「机上の空論であってくれ」「そもそも誰か議題を疑問に思えよ」「平和・人道的配慮・倫理的・残酷…あんたらの辞書にその言葉があったとは」と思いながら観た最後に無音で映される“良い会議”の“結果”に淡々と打ちのめされる。観客はこの結末を最初から歴史的に知っている。だからこそ淡々と打ちのめされる。 議題に反して一滴の血も流れず白い建物に緑や青が多めの風景・柱・服装・カーテン・壁紙など落ち着いた色彩が(ただし足元の絨毯だけ赤い)、会議後の血に濡れた歴史の対比のようだった。 当事国のドイツが自国の過ちをこうしたハイレベルな作品としていくつも世に出す事に社会と文化の成熟を感じたと同時に、この史上最悪な会議も議事録が残っているからこそ後世に継いで作品が作られる事を思うと、公文書や記録を破棄・改竄する事の罪深さと愚かさに遠い目をしてしまう。 《キャスト》 目を引くのが会議補佐で記録係のアイヒマン。ある出席者のように書記兼秘書の女性に舐めるような視線を送る事もなく、ある出席者のように仕事場に女は要らないとばかりの無礼な態度もとらず、休憩中や会議後も気遣う紳士的な態度。静かに縄張り争いする出席者と違い、計画進行の為に適切な情報提供と説明をする有能な姿。正気で狂った人々を表す象徴的存在だった。 《余談》 登場人物の名前と役割が初見だと把握しづらいので、公式サイトの予習・復習がおすすめ。Spotifyの解説も勉強になる。 (字幕翻訳:吉川美奈子)