☆4.0
監督二人の選挙取材兼野次馬を記録した本作。BGMや効果音・アニメーションで思いっきりギャグに持っていく内輪ノリ、またはヒルカラナンデス総集編になるかと思いきや、既存の男性中心政治構造を変えたくない“おじさん”とその対比となる存在、その構図を… 続きを読む
監督二人の選挙取材兼野次馬を記録した本作。BGMや効果音・アニメーションで思いっきりギャグに持っていく内輪ノリ、またはヒルカラナンデス総集編になるかと思いきや、既存の男性中心政治構造を変えたくない“おじさん”とその対比となる存在、その構図を引き出す二人の取材が目を引き新鮮だった。 おなじみ“香川1区”。平井卓也を囲むのはスーツの男性、高齢男性、ヤクザのような口調で絡む旭日旗ピンをマスクに付けた厳ついおっさん。「平井事務所の女性は絶滅したん?」というくらい女性がいない。取材者に対しては素性を先にカメラで押さえ、入り口でシャットアウト。 片や小川淳也を囲み写真を撮る支援者は大半が女性で子どもや縁もゆかりもない札[票]にならない遠方から来た人たちの姿も。選対事務所はいくら中を撮っても咎められずオープン。 (ただしここは映画『香川1区』を観ている人には既視感があり、映像として新鮮味は薄い) ここで「そりゃ二人ともいつも言ってる事が自民や維新の批判だから立憲には歓迎されて自民には警戒されてんでしょ」と言うのは早計かつ浅薄だ。 プチ鹿島は与野党問わずどの候補にも同じ事(手応え)を聞いている。個別に聞くのは憶測や煽りではなく新聞・週刊誌・国会で話題になった、まさに説明されるべき内容だ。四国新聞にもメディアとして守るべき当然の姿勢を問うている。聞かれた側はただ「聞かれた事に答える」だけで良いはずだ。映画後半ではむしろ立憲議員に聞きまくる(そして立憲議員が逃げまくる)。 口調は堅苦しくなく世間話のような緩さがあるものの丁寧語で茶化しもしない。橋下徹のように自論を強い口調で長々と述べて相手に喋らせない事で自分の優位性を顕示するわけでも、堀江貴文のように無責任にターゲットを晒し上げて袋叩きにするわけでも、西村博之のように他者の活動や感情を軽んじ侮蔑・嘲笑する言い方でもない。 ただしつこい。 上記の論客()のように“敵(とみなした人)”を黙らせたいのではない。むしろ「もっと話してくれよ!」「もっと来いよ!」と、知りたい・聞きたいという熱量と説明すべき立場の人間が逃げ続ける理不尽に対する怒りを感じる。 後半の2022年参院選では辻元清美、松川るいといった候補者や菅伸子(菅直人の妻)など、大半の女性たちは逃げないどころか自分から取材者に話しかけ雄弁に語る。(高木かおりは やや逃げ姿勢) 対照的に菅直人、福山哲郎、泉健太、先出の平井卓也など名だたる政治家から選対職員、四国新聞記者まで、都合が悪くなったら説明せずに秒で逃げるおっさんたち。(小川淳也、辰巳コータローは雄弁かつ質問に応じる) (なお、ドキュメンタリー作品としては取材者が関わらない候補者たちそのままの演説などをもっと聞かせてほしかったところ。特に菅伸子氏の応援演説) 役職も権力もあるのに、説明一つせず一貫して逃げ続け、内輪でしか対話の機会を設けないおっさんの姿を見ながら、「そりゃ国の問題が解決しないわけだわ」と笑うしかなかった。(笑えない) 同時に、この人たちが選挙で選ばれたと思うとダースレイダーの「日本は本当の意味で民主主義ではないと思う。民が主である意識がないから」という言葉を思い出してしまう。 ある意味明快に“開かれた選挙”を求める前半と比べると一気に複雑になる後半の2022年7月8日。あの時誰が無責任な憶測を流したか、まだ生死不明なのに結論を出したか。忘れるから舐められるし言ったもんやったもん勝ちになってしまう、実に忘れっぽい社会にとって非常に貴重な映像記録でもあった。 《余談》 『デジタル為書』が個人的に一番ツボ。 デジタルとは