自分が自分であることのどうしようもなさ
自分が自分であることのどうしようもなさ 身勝手さ 愛おしさ 残酷さ 大切さ 自分の身体に摂り入れる究極の一体感 ぼくは何に飢えているんだろう?
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生まれつき、人を喰べてしまう衝動をもった18歳のマレンは初めて、同じ秘密を抱えるリーという若者と出会う。 人を喰べることに葛藤を抱えるマレンとリーは次第に惹かれ合うが、 同族は喰わないと語る謎の男の存在が、二人を危険な逃避行へと加速させていく。
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自分が自分であることのどうしようもなさ 身勝手さ 愛おしさ 残酷さ 大切さ 自分の身体に摂り入れる究極の一体感 ぼくは何に飢えているんだろう?
この監督は禁断の愛がお好きなようなのだが、ポスターの印象から、ティモシー・シャラメが出てなければ観ないのだけど…と思いながら公開2日目に観てしまった。案の定、観終えた後は、物語の救いのなさにドーンと心暗く重たく、足を引き摺る思いで帰途についた。 カニバリズムが出てくる映画は何本も観てるし、吸血鬼映画でもこんなことないのに、人喰い映画だとなぜかくも心暗く重たくなるのか? スプラッターだからということもあるが、もっと根本的な理由があるように感じた。 つまり、他の人間が食べ物として存在するということは、他の人間は食べ物でしかない、に簡単に移行する。自分のまわりの世界が食べられるか否かでできているというのは、それは殆ど赤ん坊か言葉以前の幼児の世界ではないだろうか…。 他者に食いつき、食い潰すというのは、他者を排除する原始的かつ暴力的な方法だ。突き詰めていけば、最後には誰もいなくなり、自分の欲望しか残らない。そしたら自分で自分に食らいつくのだろうか? その救いのない世界に、経験したことがないくらい重苦しく暗い気分になった。費やした時間とお金と労力を10倍返ししてもらっても、割に合わないくらい。 (レビューを書く気もなかったが、あまりの高評価に唖然。勘違いして嫌な思いを味わうひとがいるかもしれないことを懸念し、このレビューを記します。)
一体全体、普通ってなんだろうね。 ミルウォーキーのアイツも同族特有の臭いとやらがあったのだろうか? 嗅覚って五感の中でも、脳と直で繋がってるそうだから、記憶の根に一番深いんだってね、知らんけど。 つかさ、今作がR18なのって、食人云々より、とあるワンシーンに出てくるモザイク無しのヱロ本のグラビアとかが引っ掛ってんじゃない? 映倫ってグロよりエロ寄りじゃん?厳しさ。 あと、、サリー爺さんの行末がさぁ、『ニンフォマニアック』のステラン・スカルスガルドの結末と被るちゅうか、、 女性Vtuberとか地下アイドルに粘着した挙げ句、、一線越えてガチ恋勢になっちゃって、色々とやらかして嫌われて、んで捕まるクソゲボ害悪オタクが、あぁなったらいいなぁって正直思った。
人を食べる衝動を抑えられないイーター イーターの2人が出会い、愛を知る話。 『君の膵臓をたべたい』と同じで(本作は物理的に本当に食べちゃうけど)"食べる"という行為が愛情表現として描かれてる。 一般的にカニバリズムは禁忌とされて、倫理的にも人道的にも考えられないが、食肉が文化として根付いている人間にとって、カニバリズムは身近な存在であるとも考えられる。 私自身カニバリズムはすごく興味がある。 (って言うとめちゃくちゃヤバいやつだけど) カニバリズムの映画は大抵がスプラッター映画でその残虐性とか異常性を主体として描くことが多い。 そんな中、本作のイーターにとって食人は 衝動的に行われる生命維持活動でもあるが、 どちらかと言うと快楽を求めた行為という色が強い。 現に漫画の東京喰人みたいに他の食材が食べれないわけではなく、かなりの長い期間食べないでも生きていける。 ただ、その衝動をコントロールできなくなっていき無差別に人を襲ってしまう。食人を続けていくと精神的におかしくなるか、サリーのように退行みたいな症状が現れるのかもしれない。 人を食することは恐ろしい行為で、マレンもリーも家族のいる人は食べないとか、生きてる人は救おうとしたりとか一定の理性が働いている。 それでも食べることは一つの嗜好性でしかなく、罪悪感や嫌悪感を感じつつも、そこまで特別な行為にも見えない。 出身地が同じとか、同じ趣味を持ってるとか、そういう共通点の一つが人を食べることであっただけで、物語は若い2人の逃避行だった。 カニバリズムを称揚してるとも受け取られかねない危うさ(それこそ人を食べることも多様性だみたいな)も内在していそうだが、フィクションとしてこの物語が語ることはとても本質的な生きること、愛することに思えた。 彼らにとっては人を食べることが、 生きることであり 戦うことであり 愛するということだった。 初めてのキスはとてもぎこちなかった2人が 最後はお互いを貪るように食べるようにキスをする。 "食べる"という行為は、 普遍的で暴力的で官能的だ。 リーを食べるシーンは見ていてとても苦しかったが、感動してしまった自分の感じ方は間違っているだろうか。
人喰いというホラー要素は無視しましょう。 レンタルビデオ店でホラーの棚に置かれていたら、ラブロマンス棚いやドラマ棚に置き直しましょう。そしてその棚の店長イチオシ欄に飾りましょう。店長の評価爆上がり間違いなし。というのが総合的な感想です。 社会に適応出来ない人たち。 そこには様々な理由がありそれぞれに自分を差し込める普遍性がある。 人は誰しもマイノリティであり得る。 自分の居場所はどこなのか。 いろいろなことを深く考えさせられました。 とはいえ、子供がお手伝いさんを食べるシーンは是非見てみたかった。自分の欲望に抑制が効かない頃には当然あり得るこ行動だ。筋が通っている。いちいち本当にありそうなリアルが面白い。人喰いあるある。 それにしても、あの2人のキスはものすごかった。お互いを食べるかのようなキス。ヒヤヒヤしました。 人生を食べ尽くしたあと残るのは何?そんな映画でした。