「老い」にまつわる問題はどこの国も同じ。スペインから来た傑作映画です
(以下、Amazonに寄稿した同作品に2020/8/16掲載のレビューと同じ内容です) スペインといえば私の大好きなフラメンコの故郷。自分とは歴史が違う、骨格が違う、発想が違う。そんな人々の舞踊やカンテ(唄)を見聞きするたびに、彼らの考え… 続きを読む
(以下、Amazonに寄稿した同作品に2020/8/16掲載のレビューと同じ内容です) スペインといえば私の大好きなフラメンコの故郷。自分とは歴史が違う、骨格が違う、発想が違う。そんな人々の舞踊やカンテ(唄)を見聞きするたびに、彼らの考え方を本当に理解することはできないのだろうなと漠然と感じていた。しかし、映画『しわ』での主人公エミリオの言動は、父方の祖母のそれとほぼ同じであった。映画の中、施設で暮らす人々のうつむいた顔は、祖母がお世話になっていた施設のお年寄りたちの様子と、変わらなかった。 認知症やアルツハイマー病は、病気が進行していくという自覚があるという。想像してみればとても残酷である。聞きなれた言葉がわからなくなる、日常のささいな動きができなくなる。ゆっくりと、しかし着実に自分自身をむしばむ影を、この映画は丁寧に、なおかつ圧倒的なリアリティをもって描いている。 深い洞察力と、大きな輝く目を持つアニメーター、イグナシオ・フェレ―ラス監督は、作品インタビューでこう語る。「40歳でも80歳でも、ものの感じ方は変わらない」「高齢者自身の問題ではなく、社会が高齢者を人間として扱っていないという問題がある」「自分が年を取ったときに、居場所があるように、今の方法を変えていかなければならない」監督のこの姿勢は、映画からも見えてくるはずだ。エミリオと同室のパートナーとなり、悪友にもなったミゲルは、「どうせ相手にはわかりっこない」といって他の老人に嘘を教えるし、「人間、自分自身がわからなくなったら終わりだ」と思っていた。この作品はミゲルの成長のストーリーでもあり、ミゲルの心の変化は、現在の社会のあり方を良い方向に導くための希望になり得る。 この映画は漫画作品をもとにしているが、「老い」「認知症」「アルツハイマー病」というシリアスな題材を扱ったこの作品が、多くの人々に高く評価され、ゴヤ賞を受賞した背景として、映画ならではの演出による力が大きかったであろう。スペインのピアニスト、ナニ・ガルシア氏(この映画で初めて知りました)による穏やかで清らかな楽曲たち。伸びやかな美しい色合い。特に、施設内の影の多さとその色味が、多くを語っていたようにも思う。とりわけ、アルツハイマーを患っているモデストの妻、ドローレスが回想する、「雲を取る」シーンのダイナミックな表現は、圧巻の一言であった。もはや本人の口から語られることはなくなったとしても、人の心の中でいつまでもその輝きを失わない、人生のとある瞬間。もちろんこれはファンタジーではあるが、自分の目の前にいる、ずっと目を閉じているお年寄りが、そのような経験をしているかもしれない。少なくとも私にはそういう説得力のあるシーンであった。 母方の祖母がお世話になっていた施設で、お誕生日会の集まりがあり、祖母の着物と羽織を着て出向いたことがある。祖母は始終目を閉じていたが、私が帰ったあと、祖母がスタッフの方に「羽織が…」と言ったと、後で母から聞いた。この映画を観て、そのときのことを思い出した。祖母はちゃんとわかっていたのだ。ドローレスに昔の言葉をささやかれてにっこりと微笑む、モデストのように。