何も言えない
その心を響く映画は久しぶり、観ないと一生の損。
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1993年カンヌ国際映画祭にてパルム・ドールを受賞した不朽の名作。レスリー・チャン(張國榮)没後20周年、さらに映画公開30年周年の年に4K版としてスクリーンに蘇る!京劇の俳優養成所で兄弟のように互いを支え合い、厳しい稽古に耐えてきた2人の少年。成長した彼らは、程蝶衣(レスリー・チャン)と段小樓(チャン・フォンイー)として京劇の古典「覇王別姫」を演じるなど一躍スターに。女形の程蝶衣は覇王を演じる段小樓を秘かに愛していたが、娼婦の菊仙(コン・リー)と結婚してしまう。
©1993 Tomson(Hong Kong)Films Co.,Ltd.
その心を響く映画は久しぶり、観ないと一生の損。
劇場で是非観て欲しいです。 観る度に発見がありますし、美しいと思うシーンがどんどん増えていく。 歴史の知識をそれほどなくても大丈夫です。細かいところが気になる方は公式サイトの年表レベルを予習して行ってもよいかもしれません。予習しても映画の面白さが失われないので大丈夫です。
最初に観た頃から時間が経っても、色褪せない美しさと 圧倒的で怒涛の時代感覚 人の見方や価値観が変わってきても、培ってきた伝統と見識と美意識は文化となって時間を渡る。 厳しい修行時代は、今はもう有り得ない厳しさで、余りの理不尽さに目を見張ります。 努力は報われ、北京で持て囃されかと思うと時に詰られ、時代にも人にも翻弄される人生ですが、元々役者は翻弄される職業。それでもこんなに洗濯機で回されるように激しいうねりはなかなかないと思います。アジアらしさの視点でも圧倒的です。 なのでぜひ映画館で見るべき作品だと思います。舞台の様子も本物の京劇よりも画面構成が素晴らしい
全体的にフォギーがかかっており色の解像度がまだ少なく、それがかえって素晴らしい映像美を生み出している!!チェン・カイコーはアジアの天才監督の1人。
私は大抵、一瞬映画から気が抜けてしまうことが多いのですが、この映画はまったくそんなことがなく最後まで入り込めました。美しく、愛らしく、苦しく、切なく、辛いけど羨ましい。映画館で観てよかった!
とにかくレスリーチャンの美しさに釘付け。 切なさ満載だけど、蝶衣は最期幸せだったんだと思った。
「史記」でもよく知られる故事に題材を取った京劇の演目と20世紀中国の激動に、京劇に全てを捧げた主人公たちの愛憎が重なることで運命や社会、時の流れにより大きく変化する文化芸術への評価などさまざまな方面から考えられる重厚さ。主演にレスリー・チャンを迎えたエンターテインメントとして見ても90年代の中華圏両岸三地の映画界が生み出した奇跡の傑作であることは初見から全く変わらない。それを30年間何らかの形で日本で観続けてこられたのも貴重だし、今後も語り継がれてほしい作品である。
最近一番よかった映画‼️
「男として生を受け、女ではなく...さあ、もう一度」 疲れた。どっと疲れた。172分のうち、思うに140分は下拵えだ。その間、1924年の北洋軍閥政権下〜1966年の文化大革命に至る約40年間の激動の中国と、その中に生きる2人の京劇役者を描く。 「覇王別姫」とは京劇の演目のひとつであり、四面楚歌で知られる楚王・項羽と、その寵妃である虞美人の最期を描いている。歌舞伎と同じく、かつて京劇では女性役も男性が「女形」として演じていた。本作もその例外ではない。この女形という考えゆえに、主人公である程蝶衣(演:レスリー・チャン)と段小楼(演:チャン・フォンイー)の性を超えた愛憎が繰り広げられるのである。そしてご多聞に漏れず、所謂各時代のパトロンからの性的強要や、それによって蝶衣がアヘンに溺れながらも舞台に立ち続ける姿が生々しく描かれる。なので視聴開始から2時間超はしんどさが勝り、グロッキーになりながら観ていた。 分水嶺は物語の時代が文化大革命に突入した頃に突然訪れた。中国共産党が「造反有理」を掲げ、旧制打破の姿勢を打ち出したことにより、京劇もまた有害なものと見なされ、蝶衣も小楼も自堕落な存在として紅衛兵に弾圧される。ここでハッと目を見開いた。どちらかと言うと打算的な小楼は、日中戦争後期頃から舞台とは疎遠になり、断絶こそしていないものの文化大革命の頃には化粧が上手く描けなくなっていた。というより、いつも蝶衣に隈取を描いてもらっていた。蝶衣がおらずひとりで隈取を描かなければならなくなり、紅衛兵の罵声が飛び交うなかで悪戦苦闘していると、すっと近付いてくる人影がある。蝶衣だ。その一部の隙もない虞美人としての蝶衣の化粧と、何も物言わず小楼の顔に筆を進めるその姿に僕はため息が溢れ、そして涙さえ流れた。そしてこの後、小楼の妻・菊仙(演:コン・リー)も交えた壮絶な展開が待ち受ける。かくも哀しい物語が未だかつてあっただろうか。そうか、この約30分のためにこれまでの2時間超があったのか。 楚王もさることながら、やはり本作は虞美人あっての物語だ。劇中、序盤にこのような台詞がある。「この舞台に立つために、あの役者は何度殴られたのだろう?」...虞美人に取り憑かれ、虞美人となった蝶衣は文字通り時代の波に殴られ続けた。ある時は絶望し、ある時はアヘンに溺れた。それでもなお、なりふり構わず生きる力が蝶衣にはあり、血を流し、そして血を吐いて舞台に立ち続けた。時代によって旗印が移り変わる舞台の中で、蝶衣が血を流して立った場所には「虞美人」という名の華が咲いていたのである。その美たるや、楚王は確と見届けた。
武則天全話見た後で再度みたら、より響きました。芸事修行の大変さと時代背景の大変さ。中国文化の複雑さがもっと上手く伝わるとよいのですが。