☆4.9
正義は勝つ。 正義が成された法廷で、引導を渡される判事が吐き捨てた「歴史の授業か」という見苦しいあがきにチャンドルは「歴史こそが重要だ」と返す。 属性によって傷つけ、傷つけられた歴史は事細かに査定されるべきだし、その査定を避けてはならない… 続きを読む
正義は勝つ。 正義が成された法廷で、引導を渡される判事が吐き捨てた「歴史の授業か」という見苦しいあがきにチャンドルは「歴史こそが重要だ」と返す。 属性によって傷つけ、傷つけられた歴史は事細かに査定されるべきだし、その査定を避けてはならない。 本作は「今までそれで良かったじゃないか」と、都合の良い虚偽で真実を上塗りしながら査定からも歴史からも、結果として正義からも逃げようとする権力者の姿を指弾する。最も重んじるべき規律と責任を何よりも軽んじるかのように放り投げ、真っ先に実益と保身に走った連中の歴史を舐めきった姿を一分の隙もなく批判して見せる。 同時に、拝金主義な弁護士や警察組織にも倫理感や正義感がある人物を登場させることで、司法VS警察という単純な二項対立図を否定した脚本に、製作者側の社会への変化に対する希望と期待を感じさせた。 1995年に実際に起きた事件をもとに映画化されたという本作は、蔑ろにされる被差別者の人権の戦いという社会派作品であると同時に、地道な調査による証言崩しと駆け引き、真実が二重三重に明かされていくリーガルサスペンス作品でもある。 安易なネタやお約束に逃げず、重厚感のあるストーリーが一貫し、キャストの迫真の演技と相まって傑作と呼ぶにふさわしい完成度を誇っている。 なお、本作の唯一惜しいと感じるところは『犯罪部族法※』への言及と「世間」の描写が薄い点だ。 (※『犯罪部族法(Criminal Tribes Act)』 1871~1952年、英国植民地時代に施行された、ある職業のコミュニティや非定住者、その子孫を生まれつきの犯罪者としてレッテルを貼り取り締まる法律。独立後に撤廃されたものの、人々の意識の中にその偏見と排他性は根深く今も残っている) 権力の横暴と不可触民の人権の低さの背景には、その状況を消極的に(或いは積極的に)加担してきた「世間」の存在がある。「世間」を構成する「普通の人」たちが差別を積極的に批判せず容認することでそれが固定化され「歴史」となる。どのカテゴリに帰属するのかを査定し、「あいつは〇〇だからこうだ」と決めつけたがる習性に、「みんなそう思っている」という「世間」の悪癖が補填されて攻撃的に起動する。その結果、権力を持つ者たちがどうしても温存したい差別の為に陳腐と横暴が繰り返される。 本作ではセンゲニたち不可触民に直接的に差別発言をする「世間」は村長や役人程度だったが、もっと広い「普通の人」たちも弱い立場の人の上げる声を煩わしく思うか、センゲニが配ったチラシを手に取ってくれたり協力的な反応をしてくれたりする人は少なかったのではないかと思う。社会的強者に立ち向かうよりも迎合して弱者を黙らせる方が簡単に「解決」するからだ。 また、この事件を当時の現地メディアがどのように報じたのかも気に掛かっている。事件後の新聞タイトル『ラージャカンヌ事件』からは具体的な内容は分からない。作品のテーマなら「指定部族/不可触民差別への批判」が書かれて欲しいところだが、「警察の不祥事」「真犯人の逮捕」という劇的で人目を引くところばかり強調して書かれている可能性もある。 これは1968年に静岡の寸又峡温泉で発生した立て篭もり事件(金嬉老事件)とも重なる。この事件は「世間」からの在日朝鮮人への差別を根底に、警察官の「てめえら朝鮮人は日本へ来てでかい面するな」という蔑視発言があり、それに対する謝罪を人質解放条件に起きたものだ。それにも関わらず、事件当初マスコミはその動機を取り上げず、劇場型犯罪のショーとして報じた。差別の核心を無視した報道の現実が最も身近な国で確かに存在してきた。 そして現代のSNS社会でも、被害者の声より「わかりやすい悪役」や「見出しになる言葉」ばかりが拡散される構造は変わっていない。 我々観客の多くはチャンドルやセンゲニに同情し感情移入するだろう。しかし、外国人労働者、部落出身者、アイヌや琉球の先住民族といった被差別者、再審請求事件の関係者、ハラスメントや性暴力の被害者が声を上げたとき、多くの観客の立場は「世間」の「普通の人」だという意識を顧みたい。 正義は勝つ。 しかし正義を決める有利・不利が存在する。そんな社会で我々「普通の人」はどのように振る舞うのだろうか。 《余談》 ①「ジャイ・ビーム」 ガンジーが黙認したカースト制度に真っ向から立ち向かった偉人ビームラーオ・アンベードカルを讃える言葉。 カースト最下層のダリット(不可触民)に生まれながら、コミュニティで初めて大学に進学。米、独、英に留学し弁護士資格を取得。不可触民の権利を求めた非暴力運動を推進し、1947年の独立後インドの初代法務大臣を務めると共に、憲法起草委員の一人としてインド憲法の制定に関わった。 ②「センゲニは現代のカンナギだ」 カンナギは叙事詩『シラッパディハーラム』に登場する女性。女王のアンクレットを盗んだ罪で夫コーヴァランが処刑された後、宮廷で夫の無実を証明する。怒りと呪いで都市マドゥライを焼き払った後、天上界から降りてきた夫と再会し、2人で天上界へと旅立つ。 (個人的には夫のコーヴァランが高級娼婦に入れ込んでも待ち続けて許してあげるカンナギに例えられるのあまり嬉しくないけど…) ③主演スーリヤさんの顔があまりに良すぎるし丸眼鏡が可愛すぎる。 判事・チャンドル弁護士・裁判官それぞれの法服が微妙に異なり面白い。襟や袖の作り、ボタンの位置、背中のギャザーがおしゃれ。