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ボーはおそれている ポスター

ボーはおそれている

3.4 2025/9/05(金) 公開
サスペンスG米
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あらすじ

ボーは些細なことでも心配になってしまう怖がりの男性だった。ある日、先ほどまで電話をしていた母の怪死の報せを受け、帰郷しようとするボーだったが、アパートの玄関を開けると、目の前に広がるのはいつもの日常ではなく、現実とも妄想ともつかぬ世界で……

場面写真

キャスト・スタッフ

監督
アリ・アスター
キャスト
ホアキン・フェニックス/ネイサン・レイン/エイミー・ライアン/スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン/ヘイリー・スクワイアーズ/ドゥニ・メノーシェ/カイリー・ロジャーズ/アルメン・ナハペシャン/ゾーイ・リスター=ジョーンズ/パーカー・ポージー/パティ・ルポーン
配給
ハピネットファントム・スタジオ

クチコミ

メジャー映画好きの人は見ないで

- 2年前
ジャニーズとかアイドルとかが配役にされてる映画好きの人がレビューの質を下げてるので、観たいと気になっている人は構わず観たらいい。 こんな映像体験は滅多にできないし、フロイト的母殺しを父不在の息子と母間ではどうなるか?っていう表現が素晴らしく… 続きを読む

ジャニーズとかアイドルとかが配役にされてる映画好きの人がレビューの質を下げてるので、観たいと気になっている人は構わず観たらいい。 こんな映像体験は滅多にできないし、フロイト的母殺しを父不在の息子と母間ではどうなるか?っていう表現が素晴らしくて、観て本当によかった。 わからないからつまらないという、人のせいにする観覧者は自分がどれだけケチで無知かわかっただけこの映画に感謝しな。わからない謎をもらえたことがこの先の人生に有意義って思える人にはオススメです。まず、演者がすごい

ボーの災難か?母の妄執か?

- 2年前
前半はまぁそれなりに面白いです。 日本では考えられない程(まぁアメリカでもあそこまでの酷さはまず無いと思う程)のスラム街に住む主人公の災難をこれでもかと連続で映し出しています。 このまま母の葬儀(故郷)に向かうまでの災難を画いてあればそれな… 続きを読む

前半はまぁそれなりに面白いです。 日本では考えられない程(まぁアメリカでもあそこまでの酷さはまず無いと思う程)のスラム街に住む主人公の災難をこれでもかと連続で映し出しています。 このまま母の葬儀(故郷)に向かうまでの災難を画いてあればそれなりに面白かったと思うんです。 ですが、後半(森の民?が出て来る辺り)から段々様相が変わってきます。 A24&アリ・アスターらしいと言えばらしいのですが、なんともややこしい。 これはボーの心の中の事なのか? それともボーの母モナのボーに対する妄執の話なのか?(物語最初のシーンから匂わせはありましたが) 特に森の中での劇(ショー)からは冗長過ぎて面白くなくなってきます。 故郷(実家)に着いてからも難解な話になりますし、ち○こ?の怪物や公開裁判等どっち(現実か心像表現か)の映像なのか困惑します。 本編を観るまでは結構期待していたんですけどね… 各所で高評価の『ヘレディタリー』も『ミッドサマー』も個人的にはあまり面白いとは思わなかったけれど、これも単に肌が合わなかっただけなのでしょうか? アスターのどの作品もある程度のラインまでは行っていると思うんですが、その先に突き抜けてないと言うか、一味足りないと言うか… 毎回モヤッとして終わるんですよね。 其処に魅力を感じてしまう方も多いのでしょうが…

下手の横好き ネタバレ

キリスト教世界のユダヤ人

- 2年前
※本文にネタバレがあります ネタバレを読む

 嫌なピタゴラスイッチ(深夜ラジオ風に言うと痛ゴラスイッチ)。  雰囲気バッチリの劇中劇で、オチはそこかよ、というコメディ感。  それらを経て終盤に嗚呼そうだったのか!と思わせる展開や、その段階で「鍵が盗まれたのを嘘だと言ってるから全部掌の上ではなさそうだけど、ならばどこまでが黒幕の差し金なのか?」と訝しむ感覚、母の会社のロゴになんか見覚えが…あっ!オープニングでずらずら出された製作会社の中にあった見慣れないロゴ! という楽しさに満ちてましたが、そういう面白さとは別に、欧米人の宗教観が分からないので、戸惑うところはありました。  いかにもなユダヤ風の名字。ユダヤ教の教義に則った葬祭のしきたり。  なのにボゥが買った母へのプレゼントはマリア様とイエスキリストの聖母子像。荒らされている自分の室内を窓の外から眺めていた場所は、「イエスは見ている」という看板。極め付けは通り魔に聖痕を刻まれる。助けられた先ではキリスト教の食前の祈りに参加してました(断れない流れではありますが)。  ユダヤ教やそれを信仰する母へのボゥの反発(安アパート住まいも含めて)なのかと思っていたら、実家にも巨大な聖母子像があって、困惑は増しました。  こういうチグハグさは笑うところだったのかもしれませんが、日本人の、いや少なくとも私のようなキリスト教とユダヤ教に日頃関心のない暮らしをしている観客には難解でした。

これから鑑賞する方は必読!

- 2年前
2/21 109シネマズ湘南  これから鑑賞される方へのアドバイスになります。 とりあえずあまり穿った見方をせず、見たままを感じる事をおすすめします。本編は4つの章に分かれていますが、流行りの小見出しなどはありません。 そしてあの狂った… 続きを読む

2/21 109シネマズ湘南  これから鑑賞される方へのアドバイスになります。 とりあえずあまり穿った見方をせず、見たままを感じる事をおすすめします。本編は4つの章に分かれていますが、流行りの小見出しなどはありません。 そしてあの狂った光景は主人公ボーにはああいうように見えているだけで、本来は我々が生活している普通の世界なのです。 解釈によってはセラピストから処方されている薬の副作用のせいともとれますが…。  そして本作を難解にさせているのが3番目の章。 これは完全に「if」の世界で、昨年の「エヴエヴ」を連想するとわかりやすいです。 それとジム・キャリーの傑作『トゥルーマンショー』を観ておくと事前準備は完璧です。 最後に今回も大島依提亜さんデザインのパンフレットがナイスです。これもお馴染みですが小林真里さんの考察コラムも大変参考になりますのでマストバイかと。 なんと次作もホアキン・フェニックス主演で、しかも西部劇との事! アリ・アスター監督からますます目が離せません。

ホアキンフェニックスの穴

- 2年前
これはもう「マルコヴィッチの穴」のように、どこかの穴がホアキンフェニックスの頭の中に繋がっていてそこから完全に主観で物事を見ているようでした。 不幸に次ぐ不幸で雪だるまが転がるようにどんどんと不幸が積み重なっていく様はさながらホアキンフェニ… 続きを読む

これはもう「マルコヴィッチの穴」のように、どこかの穴がホアキンフェニックスの頭の中に繋がっていてそこから完全に主観で物事を見ているようでした。 不幸に次ぐ不幸で雪だるまが転がるようにどんどんと不幸が積み重なっていく様はさながらホアキンフェニックスのプライベートからモキュメンタリーでの奇行で干されていく一連の流れにも通ずるものがあります。 それにしてもよくもまあ次々とこんな不幸な出来事が思いつくもんだ。これは「アリアスターの穴」でもあります。素人が思いつく範囲の不幸な出来事のその斜め上をきますからね。もうプロの不幸クリエイターです。 普通は先に不幸な出来事を予測して準備万端で万全を期していればその出来事は起きないというのが通念なのですが、その出来事のはるか上の不幸をいくという(笑)。 もうオープニングの生まれた時から不幸でしたね。 しかしそれでも人は生きていける。最終的に「ミッドサマー」のようなカタルシスが得られると思いきやあんなことになるとは。完全に足元すくわれました。 映画の出来自体がもう不幸な体験を見る者にも与えるという緻密な伏線であるような。追体験というべきか。 不幸の地下室に籠って誰に聞かせるでなくブツブツ言ってるドストエフスキーが好きなあなたにお勧め。あんまりいないか(笑)。太宰治の人間失格のようななぜか自ら破滅に向かっていく系のいつまで経っても絶対に幸せを掴めないオーラ満載。ワタクシこの映画大好きです。 2025年夏の終わり。 アリアスターIMAX劇場第2弾。 初見よりいろいろ資料を眺めていたが、アリアスター監督は旧約聖書ヨブ記のユダヤ人の苦難をなぞっていると、町山智浩氏の解説あり。なるほど!と感心するが、ユダヤ人の歴史があまりピンとこない(笑)。勉強してこなかったからなあ(きちんと世界史とか勉強しとけばよかったと後悔すること限りなし。映画をより楽しむために)。 それにしても、救いようがない。ヨブ記では最終的に神が助けてくれるらしいが。 映画は苦難、苦難これまた苦難で終わる。 結局は「なんで俺ばっかり、悪いことしてないのに」と苦難を嘆いてばっかりの姿勢が罪なのだろうか。確かに鬱陶しくはある。ぐちぐち言っるヤツって。例え自分は正しかったとしてもね。深く考えると「自分が悪いと思ってなくても謝ることができるか」という夫婦関係の命題に辿り着きます(笑)。とりあえずプライドを捨てて謝っとけばいいのです。そして心の中で夫婦関係がうまいこといってるのは俺のおかげとほくそ笑んでいればいいのです。心の中でね。おっと、注意はくれぐれも見えないように心の中だけで。油断すると「あんたソレ本気で言ってへんやろ」と言われます(笑)。 閑話休題。 IMAXで美しい苦難を堪能しましょう。 それだけでも価値あり。

日本人の男子としては

- 2年前

こういう、母性依存は、あっても墓場まで 隠してもって行くモノだと、子どもの頃から 鍛えられる。しかしながら、これだけの 大舞台で、3時間の映画にして、壮大なる マザーコンプレックスを人様にひけらかすのは そこに、度し難い普遍性があるからなのだろう。 3時間、ほとんど、意味が繋がらなくとも 眠くもならない。 凄い映画だと思う。

ある意味予想通り

- 2年前
作家性が強く今画面で何が起きてるのか飲み込むまでに時間がかかるタイプの映画。それだけに良く言えば目が離せない悪く言えばワケわからん映画と言える。特に後半は現実と幻想の境が曖昧になってこれはどっちかなと脳みそに負荷がかかりまくるのでシンドくな… 続きを読む

作家性が強く今画面で何が起きてるのか飲み込むまでに時間がかかるタイプの映画。それだけに良く言えば目が離せない悪く言えばワケわからん映画と言える。特に後半は現実と幻想の境が曖昧になってこれはどっちかなと脳みそに負荷がかかりまくるのでシンドくなってくる。時間も3時間とたっぷり。こうなるとエンタメというより修行苦行の類いに近い。もちろんオススメなど出来ないが、最後の方で色々確認したい事が出てきてもう一回くらい観たいなという気もしないでもない。行かないけどw

はも ネタバレ

ボーはおそれている

- 2年前
※本文にネタバレがあります ネタバレを読む

冒頭からずっと不穏で、特に最初は現実か妄想かも不明瞭で、落ち着かない気持ちで鑑賞しました。 クライマックスで母親の手の内の出来事だと分かって、そこそこスッキリしたけど、余計に怖くなりました。 母親の会社のロゴが、本編が始まる前に表示された制作会社のロゴだとうっすら気づいたとき、ストーリー全体が電波少年だったのかとなんとなく分かり、そのときは少し嬉しくなりました。 ボーは母親の手のひらの上で、刺されたり、車にはねられたり、殺意を持った人に追いかけられたり、私的な裁判で極刑になったりと、本当にひどい目に遭って、でもそれも全て母親の差し金だったのかと思うと、ゾッとしました。 でもどこまでが母親の仕込みヤラセだったのかはよく分からないので、とても気になります。 お屋敷の前の、母親にとっての理想の母親を表したようなマリア像とのギャップも怖い。 ボーの発達障害も、もしかしたら母親の虐待が原因だったのかも、とか、自分のコントロール下に置くために投薬してたのかも、とか想像してしまいます。 そうやってボーの知能や精神に異常を与えて、そのせいでボーが母親の満足のいかないプレゼントとか行いをしてしまい、ボーへの憎しみを募らせてたように思えて、狂ってるレベルの愛憎と執着です! ホアキン・フェニックスって凄まじいな、と改めて感じました。 (2024/04/28キネカ大森)

あまり

- 2年前

面白いとはいえなかった。

雨雲模様 ネタバレ

アリ・アスター監督が考える死の世界観

- 2年前
※本文にネタバレがあります ネタバレを読む

色んな考察が出来るので、ボーはおそれているをどう解釈したら良いのだろうかと思いながら映画を鑑賞した際にエンドロールで見た光景をみてひょっとしたらアリ・アスター監督が描きたかったのは現代の世界ではなく、彼の世の世界では?と気付いた。 最初のシーン、精神科に通院しているホアキン・フェニックス演じるボーは薬を貰い家に帰ろうとしているときからそもそもおかしい。 インスタ映え目的?ダイビングして旅立たれた方の亡骸が通報されることもなく道に置き去り、ボーは見た目からしてかなりヤンチャな方々に狙われてしまい、挙げ句の果てにはアパートの玄関先に置いていたキャリーケースを盗まれてしまい、母の家への帰省を頓挫しなければいけなくなった上に、薬を飲むために水無しで服用してはいけないものを水無しで飲んでしまったためにボーは慌ててスーパーへ向かい未購入の水を飲み買おうとするが小銭が足りず通報するぞと云われ慌ててボーはスーパーの外へと出てマンションへと戻るのだが、おかしいのはこれだけではない。 ボーが、アパートに帰れなくなった際にヤンチャな方々により勝手に不法侵入された末にやっと戻ってこれたと思ったら、ヤンチャな方が玄関先で昇天されている、更にお風呂に入ろうとした際に天井にスパイダーマンばりのおじさんが這いつくばって助けてくれと云いだすと、おじさんは力尽きボーが入る風呂へ落ちるのだが、そこでボーとおじさんが揉み合いの末にボーは全裸で逃げ出した末路がトラックに撥ねられてしまう。 これだけ書いてしまうと、何がなんやらさっぱり分からなくなるので、此処から先は私が考えたボーはおそれているの内容について考察したい。 前述したが、劇中で描かれているのはボーが彼の世の世界に行ってからの旅路ではないかと勘づいた理由について説明したい。 ラストのボーがボートに乗りながら四方をブースで囲まれるとそこは裁判所のようで、証言席に立つ母親がボーに対して愛情をこれでもかとばかりに尽くしておきながら親不孝な子供に育ったから罰をという内容だったと思うが、実は母親が訴えていた内容こそが生前のボーであり、ボーは母親が社長でお金に困らなかったために自律することはせずずーっと親の脛をかじってばかりの生活では? クレジットカードが使えないというのは母親名義だったからというのもあるだろうが、実は使おうとしていたボーも死んでいたから使えなかったという見方もできる。ボーは母親無しでは生活出来ないと悲観した末に何かしらの方法で亡くなったのだとしたら、劇中に描かれていた世界というのはボーに対して善良な行いが出来るかどうかを旅を通し試された末にボーにはそのような姿勢が微塵にも感じられないために裁判の結果、地獄に堕ちたのではないか。 つまり、ボーがおそれているのは怪死した母親の元へ帰るのをおそれているのではなく、死んだことに対し待ち受ける試練に対しおそれているという見方も出来るわけで、だからこその最初のシーンのハチャメチャ感も、何事も都合良く行き過ぎでは?というストーリー展開も、ボーの人間性を試す上においての課題を与える立場だったと考えると納得。 いずれにせよ、普通に見て理解が出来る映画ではないために説明するのが凄く長文になってしまった。見て頂けたら同じ気持ちになるはずだ。

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