ありがとう
ありがとうに救われる
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『悪人』『怒り』で知られる吉田修一の傑作小説『愛に乱暴』の映画化。日々積み重なるストレスをかき消すように“丁寧な暮らし”で毎日を充実させていた主婦・桃子。そんな桃子の周囲で不穏な出来事が起こり始める。愛のエゴと献身、孤独と欲望の果ての暴走を描くヒューマンサスペンス。夫の実家の敷地内に建つ“はなれ”で暮らす桃子は、義母から受ける微量のストレスや夫の無関心を振り払うように、センスのある装い、手の込んだ献立などいわゆる「丁寧な暮らし」に勤しみ毎日を充実させていた。そんな桃子の周囲で不穏な出来事が起こり始める。近隣のゴミ捨て場で相次ぐ不審火、失踪した愛猫、度々表示される不気味な不倫アカウント......。桃子の平穏な日常は、少しずつ乱れ始める。
©2013 吉田修一/新潮社 ©2024「愛に乱暴」製作委員会
ありがとうに救われる
が、あ に変わる。 終始不穏な空気感を保ったまま、畳の奥の正体が現れる。 江口のりこさんを追うカメラワークの中に 丁寧な生活を卒なくこなす主婦の残像が見える。 気づいたときには、すでに遅し。 居心地の悪い映画だったな〜 みんな愛に乱暴だ
破綻した夫婦関係を維持しようと家族のロールプレイをし続ける主婦の話。スタンダードサイズで主婦の居場所の無さや息苦しさを湿っぽい画で描く。のはよいのだが、どこか芯を喰っていない様に感じるのは何故だろうか。動物や火事や柱といった暗喩を散りばめてキャラクターの外周を描く事で、本質を浮かび上がらせるというアプローチもそれはそれで別によいのだが、それでも狙いとは違うところで芯を喰い切れていないのだ。この原因はキャラクターの目的とストーリーテリングの齟齬にある。彼女の目的は終盤発するありがとうと言われたい、というセリフにある。略奪愛の贖罪として彼女は良き家庭を築く努力をし続ける。そしてそれがいくら贖罪だとしてもどこかで周囲からの、特に夫からの慰めの言葉を欲している。これが彼女の偽らざる真の目的だろう。しかしそこに辿り着くまでに積まれているSNSのミスリードが必要以上に強過ぎる。それ故に観客は彼女の事を最早信用できないのだ。中盤の柱という文字通り家の大黒柱をチェーンソーでぶった切りながら発する、狂ってるフリをしてるの、じゃないと本当に狂いそうだから、というセリフも分裂気味で観客はどう受け取ったら良いのか判断が難しい。だから終盤明かされる本音を聞いても果たしてそれが本当に彼女の本音であり、目的なのか判断しきれないまま終わってしまう。全体を通して核心をセリフにしない事も、暗喩的な表現の多様もこの点にマイナスに作用してしまっている。少なくともなぜ子供服が床下に埋まっているのか、その事は過程も含めて具体的に描写すべきであった。これが最も象徴的なアイテムだからこそである。そしてなぜ主婦はあの家庭を維持したいのか、あの夫と姑との生活に何を期待しているのか、その辺りも描いて欲しかった。江口のりこは大変素晴らしい女優なのだが、彼女の持つある種の強さが実はこの役の解釈をもう一段ややこしくしまっている。これは深い部分において残念ながらミスキャストであったと思われる。しかし危険なのはおそらくこの脚本が一見非常に面白く見えてしまう事だろう。制作陣はこの脚本が出来た時に面白さを確信したはずだ。しかしそれはあくまで読み物としての面白さに過ぎない。脚本はあくまで撮影の設計図として考え書かなければならない。
暗い映画でした。 予想通りの展開でどんどん沈んで行きました。 ラストは少し救われましたが、全体的に暗過ぎる映画でした。
悪い予感を愉しむという意味できっとコレはホラーで、とても嫌な感じて怖くて不穏で面白かったです また一つ「ヒロインが走る映画」が増えました 顧みられないこと、蔑ろにされることの孤独