もっと車の話かと
全く前知識なしのまま鑑賞 もっと車の話で、もっと理系な話かと思ってたら、ほぼ人間の話でしたね 意外だった、と言うだけで、決してガッカリではないのですが、、、
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F1界の“帝王”と呼ばれた男の1年を描く、衝撃の実話。 1957年。イタリアの自動車メーカー「フェラーリ」の創始者エンツォ・フェラーリは激動の渦中にいた。妻ラウラとともに設立した会社は経営の危機に瀕し、1年前の息子ディーノの死により家庭は破綻。その一方で、愛するパートナー、リナ・ラルディとの間に生まれた息子ピエロを認知することは叶わない。再起を誓ったエンツォは、イタリア全土1000マイルを走る過酷なロードレース“ミッレミリア”にすべてを賭けて挑む。
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全く前知識なしのまま鑑賞 もっと車の話で、もっと理系な話かと思ってたら、ほぼ人間の話でしたね 意外だった、と言うだけで、決してガッカリではないのですが、、、
まあ 実業家なんて人は多かれ少なかれそんな面を持っているのでしょう それにしても魅力的な人物だったのだろうということがわかる映画 レースシーンの迫力や事故シーンの悲惨さは生々しく描かれていた
いうことない。◯◯家ものなら、ハウスオブグッチの方が遥かに面白かった。書くの忘れてたので今書いた。
あのフェラーリの物語という事でかなり期待して観だけど、車を巡る話でもなければ、レースの話でもなく、ただ我儘なイタリア人の話しだった。それもイタリア人っぽいドロドロとしたもので、自動車を巡るものでもない。ドラマとしても抑揚がない単調なもの。
うーん、ヒューマンドラマですね!しかし実話なので観る価値あり、フェラーリが家族や会社にと…色々と問題かかえての苦悩の日々の一年が描かれてて飽きずに観れましたよ!個人的には、もっとエンジン開発だとか、車をもっともっと見せて欲しかったですけどね!やはりフェラーリと言えば車でしょう、笑
フェラーリの創業者は、何を求め、何に向かっていたのだろう? という話 レース、会社の運営、金銭問題、家族、、、 創業時代の苦難、人の命にまで話が膨らむ 当時からメディアが、味方にも敵にもなる情報戦、車だけでないヒューマンストーリー
前半はイタリアの古い街並みや風景、食事、クラシックカー等で目を楽しませてくれたが、肝心のレースシーンは後半に少しあるだけで、息を飲むデッドヒートを期待してただけに、無駄にリアルな事故シーンが多く、興醒めした。 レースそのものより痴話話が長過ぎる。 「衝撃の実話」とか書いてあったが、何が衝撃だったのかしばらくわからなかった。 R18にすべきだと思った。
面白そうと思って観たのに…ガッカリ もっとレースが観たかった
英語を話すイタリア人が主役の映画だが、そこを気にしなければ、没入できる。史実の生々しさ。そして最初のコメントと矛盾するが、イタリア人じゃないけどイタリア人を演じてる主要人物たちが非常によい。 フェラーリファンには、車のシーンが意外に少なくてがっかりだろうが、フェラーリにそこまで興味が無い人間にとっては、家庭の問題が人間くさくて面白かった。 エンツォは男性としてはクズだ。全く。
ラブシーン不要それよりCARを見たい
創始者エンツォ・フェラーリの二重生活。想定とは違い家族との話を軸に描かれていた。経営者としての勝利への執念と情熱にも触れられているがやはり愛人と子への慈愛がメイン。愛人の存在が妻にバレた。愛人との子ピエロくんの認知、どうするエンツォ。 カーレースなので事故シーンは出てきます。しかしこの程度はグロくないと感じました。 2024.7.15
ドラマは嫁との戦いだった
マイケル・マン監督/アダム・ドライバー(executive producerにもクレジットされていました)主演 もちろん史実に基づいているのですがぼくは何も知らなかったので色々と驚きました とても酷いような、でも可哀想でも羨ましくもあるような多くを背負った人生 舞台は1957年、映画「フォードVSフェラーリ」で描かれていた1966年の9年前 国の宝石と言われるほどの仕事 その仕事への情熱・プライド 社員たちとその生活 失われた命 家族 家庭 仕事のパートナーでもある正妻との関係が熱く刺激的なもの/浮気相手とは穏やかで家庭的なものとして描かれていたのが一般的なありようとは逆で印象的に残りました 人柄・人間関係のドラマとしても楽しめましたが、カーレース/テスト走行のシーンのカメラワークが新鮮で美しくそれだけでも自由楽しめると思います エンツォ・フェラーリは1898年生まれ、1957年には59歳(妻のラウラは57歳)…「フォードVSフェラーリ」では身長175cmのレモ・ジローネが演じていてさほど大きな人という印象はなかったのですが実際には187cmもあったそうで、189cmのアダム・ドライバーのこの感じでぼくの中のイメージが変わりました 同じアダム・ドライバー主演の「ハウス・オブ・グッチ」でも感じたのですが 皆がイタリア語ではなく英語を話してるのが少し不思議(違和感) でも「フェラーリ」では英語弱者のぼくでも分かるくらいにイタリア訛りな英語でした
たぶんエンツォフェラーリの人生で一番面白くない部分を映画にしたのではないかと思う内容だった。きっとエンツォが若く情熱に溢れる頃か、この映画の後の話の方がエンタメ的に楽しくなったのではないかと思う。 レースの部分は短いが良かったです。全力で鎬を削って、ブレーキペダルなどが壊れていくのは悪路長距離レースって感じで好きでした。
コレなら「フォードvsフェラーリ」の方が 車に対する情熱が感じられる。
感情の波を理性で乗りこなし 決して溺れず合理的な次善策を打てる そんなひとにわたしもなりたい バンカーの言い間違いから真実を手繰り寄せる勘の鋭さも憧れる
クルマとかレースとか特に興味ないんですが、2時間超の映画、最後まで飽きることなく楽しめました。不倫相手の大邸宅とか、本妻がスーパーのレジ袋を重たそうに持って帰ってくるところとか、洗礼式で苗字をどうするかで認知したかどうかがわかることとか、当時のイタリアの生活感みたいなものが興味深かった。 本妻ペネロペ・クルスの美しさは隠しようがないのですが、ほぼ全編オニババの様相で、彼女の喪失感の深さが伝わってきます。エンツォも愛息を失ったことには打ちのめされているし、彼の注いだ愛情の深さも理解できる。ただ彼には情熱を注ぐ対象としてのレースや、愛するもう一つの家族もいて、それで悲しみが癒えるわけではないけれど、その後の人生の充実感はあったわけで。本妻ラウラは息子を失った後は夫も実質的には失い、ただただ悲しみに生きるしかなかった。また新たに愛するものを見つけるという選択肢もあったはずだけど、彼女はその気にならなかったということ。うーん、ペネロペかわいそう(ラウラ)
アダムドライバーがこの映画で来るよ! と、誰かに言われた。 フェラーリ家の話だから、役と被ってイケオジだよねー。 とにかく、カッコいいアダム。今後、彼の出演映画は注目するね。俳優だけでなく、プロデュースもして多才。 古いフェラーリが実際に走ってるけど、映画のために復活させたのか?とにかくフェラーリ好きやラリー好きにはたまらない作品になっている。 実話と言うところが悲しい部分もあるし、ストーリーとして何が1番言いたかったのかもぼやけているけど、綺麗な景色の中を走るかっこいいスポーツカーの映像とエンジン音は最高です‼️ この時代はとにかく速さを競うスポーツ、死と隣り合わせは当たり前。 今は安全性が必須だから全然違うよね。F-1が懐かしい、今の電気自動車の走ってんだかわからない静音性能との比較も面白いかも。
映画鑑賞後にどうしてもミッレミリアの事故が知りたくなり、調べたらフェラーリ社の公式HPで詳細が掲載されていた。 1957年 59歳のエンツォ・フェラーリは苦難の一年だった (演じたアダム・ドライバーは40代) F1の参加を続けていくうちに赤字が膨らみ続けフェラーリ社は最早いつ潰れてもおかしくない事態だったが、耐久レースのミッレミリアで快進撃を見せたことにより名誉を回復した。 が、レース途中にドライバーのポルターゴが乗る車のタイヤがバースト、勢いよく破裂したタイヤは観客が見回る歩道へ乗り上げ、ポルターゴとナビゲーターのネルソンが亡くなったほか、観客の子供4人含む13名の尊い命が犠牲になった。 そのうち4名の身元はわかっていない。 と他のWEBサイトにある。 詳細については調べられていないので勘弁を(-_-;) フェラーリ社のHPでは14名となっている。 重大事故の責任を問われながらも最後まで身の潔白を証明すべく、事故車の検証からタイヤのバーストの証拠を見つけ出したことにより、フェラーリに落ち度がないことが判明。責任を問われなくて済んだのは大きい。 又婚外子だったピエロも認知され、今やフェラーリ社の副会長になっているというのも、フェラーリ社の苦難のドラマを見ているような気がした。 前述したことは映画のメインテーマなので予め知ってみたほうが良いかもしれない。特に事故後は遺◯がて◯て◯を見てるようなグ◯な描写あり、苦手な方はやめるか、目を瞑って見ないようにしたほうがオススメ。内容は知らない事だらけでとても学習させられた。
フェラーリ家の栄光の裏で、起こっていた事が取り上げられています。レーサーの起用の仕方も昔からかなり、乱暴であったのが映画でも見られますね。最後まで良好な関係でチームを移籍するドライバーは少なかったのもわかります。ニキラウダの前のフェラーリが、懐かしく見る事ができます。主人公がスマートすぎる気もしますが、古き良き時代のイタリアもかなり正確に作ってますね。フェラーリ好きなら観るべきですね。
見せ場であるミッレミリアのレースシーン。史実に忠実⁉︎ ゆえに同じようなフォルムのレーシングカーが競い合い、フェラーリ⁉︎ それともマセラッティ⁉︎ と頭の中が???でいっぱい。 また、エンツォ・フェラーリの人生において、何故、1957年に焦点を当てて描いたのか? 監督の意図が弱かった。
に目が行くけど、演技は、ペネロペクルス。 息子を失い、夫の愛を失い、失意の中でも 愛し続ける姿が光りますね。 時代とサイズが違っても、離婚や認知問題を 抱える御仁には参考になるやりとり。多し 最後も、条件はつけない。願望は言う。 泣けるシーンだけど。泣いてる人いない。 レースの映画としては、事故のシーンのみ 強調されてしまったけれど…現代に続く フェラーリだけが持つ、イケイケ感の秘密を 語る物語。
レースの臨場感は十分過ぎるほどあります 事故の映像はショッキングです フェラーリの歴史ではなく 創業後10年目の出来事にスポットを 当てたストーリーです レースにかける情熱と経営の難しさの中で エンツォが取った行動は…
「死と背中合わせの情熱だ。そして恐るべき喜びだよ」 スポーツカーの歴史に名を遺し、モータースポーツ界の盟主として君臨する"跳ね馬"フェラーリ社の創業者エンツォ・フェラーリと彼の家族の物語。「スターウォーズ」新三部作のアダム・ドライヴァーが特殊メイクで59歳(1957年当時)のエンツォを演じる。監督は「ヒート」のマイケル・マン。 元レーサーのエンツォは1947年にフェラーリ社を設立し、妻ラウラ(演:ペネロペ・クルス)と共同経営していた。しかしエンツォには戦時中から交際していたリナ(演:シャイリーン・ウッドリー)という浮気相手がおり、彼女との間にピエロという隠し子をもうけていた。1956年、実子ディーノが病気のため24歳で急逝したことを機にエンツォとラウラの間は冷え込み、離婚も秒読み状態になる。1957年、ライバルであるマセラーティ社が当時イタリア最大の自動車レースであるミッレミリア優勝に向け気炎をあげるなか、エンツォは闘志と裏腹に自社のマシンの不安定なパフォーマンスにより契約ドライバーを次々と失う。時を同じくして、スペインからアルフォンソ・デ・ポルターゴ(演:ガブリエル・レオーネ)がドライバーとして売り込みに来る。 僕はF1のスクーデリア・フェラーリのファンだ。一時期ほどではないが、現在でも「ティフォシ」の端くれくらいの矜持はまだ持ち合わせている。映画史において、フェラーリは常に敵として描かれてきた。「グラン・プリ」(1966)然り「フォードvs.フェラーリ」(2019)然りである。打ち負かされる跳ね馬など観たくもないから僕は常にこれらの作品を拒絶してきた。今般、そんなフェラーリが珍しく主役として描かれるということでやや期待値高めに観ることにした。 率直に言って、少し思っていたのとは違うかなという印象。これが観終わって1日、1週間と経つとどう気持ちが変化するかはまだ分からないが、ジワジワと描いた感はある。そして華やかなロッソ・コルサの車体とは裏腹に作品のトーンは終始暗い。特にラウラ役のペネロペの暗さは凄まじい。暗黒面の象徴とも言うべきアダム・ドライヴァーを前にしてここまで暗くなれるのかというくらいに暗い。レーシングの映画なのだから、もう少し吹っ切れた描き方をしてもよかったのではないかと思った。まとまりがいいとも言えるが、個人的にはどっちつかずな感じが否めなかった。 それでも、1957年ミッレミリアのシーンは大迫力。当時の自動車も数多く登場し、環境に配慮した現在ではもはや拝めなくなったモーターサウンドをじっくり堪能できる。剥き出しの車体に不十分なヘルメット、当時のドライバーが如何に死と隣り合わせだったかが窺える(これが後々ショッキングな展開をもたらすのだが…)。 気持ち、もう少し重厚感(基本英語でやりとりしている違和感など)が欲しかったが、サウンドが聴けたから良しとしよう。
観た映画 フェラーリ 20240705 応援するのはマクラーレンホンダだとしても、映画で観たいのはフェラーリ。創業者エンツォフェラーリの起業家と家庭人としての苦悩を描きながら、レースに挑む姿が描かれてて、まあ、苦悩の部分はともかくとしてレースシーンがすごい迫力。しかも今のマシンと違ってクラッシュイコール死。緊張感がすごい。 ミッレミリアっていう、イタリアの市街を走るレースがまた、ギャラリーが街角に立ってるところを爆走するスリリングさで、事故イコール大惨事が連想されて、息詰まります。 ペネロペクルスが報われない妻役なんだけど、性格破綻と見せかけて悲しい。素敵な味を出してます。 結構好きな映画です。 #フェラーリ #ペネロペクルス