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ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ ポスター

ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ

3.4 2024/10/11 (金) 公開
サスペンスドラマミステリーPG12アメリカ
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あらすじ

ヴェネツィア国際映画祭〈金獅子賞〉、米アカデミー賞主演男優賞受賞など、未曾有の社会現象を巻き起こし、映画史を塗り替えた衝撃作『ジョーカー』(2019)の続編。理不尽な世の中の代弁者として時代の寵児となったジョーカー。彼の前に突然現れた謎の女リーとともに、狂乱が世界へ伝播していく。孤独で心優しかった男の暴走の行方とは?誰もが一夜にして祭り上げられるこの世界。彼は悪のカリスマなのか、ただの弱き人間なのか。ジョーカーは一体誰なのか?衝撃のラストに備えよ。

場面写真

予告動画

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キャスト・スタッフ

監督
トッド・フィリップス
キャスト
ホアキン・フェニックス/レディー・ガガ/ブレンダン・グリーソン/キャサリン・キーナー/ザジー・ビーツ ほか【声の主演】平田広明/村中知/斎藤志郎/塩田朋子/角野卓造/上村祐翔/種市桃子/福西勝也 ほか
配給
ワーナー・ブラザース映画

クチコミ

レビューに助けられました。

- 2年前
昨日見た時点では、間違いなく★1でした。 ただの時間の無駄だった、何がしたいのか分からない、盛り上がりにかける が感想でした。 ただ、昨日の3時間を意味のない時間にしたくなくてレビュー読み漁ったのですが、ストンと落ちる答えが。 私は… 続きを読む

昨日見た時点では、間違いなく★1でした。 ただの時間の無駄だった、何がしたいのか分からない、盛り上がりにかける が感想でした。 ただ、昨日の3時間を意味のない時間にしたくなくてレビュー読み漁ったのですが、ストンと落ちる答えが。 私は前作のジョーカーを期待して、社会に殺された男が今作でどうジョーカーになり遂げるのかを期待して観に行ったのです。 ですが、相変わらず鬱屈としたただの冴えない中年の男が居ただけ。 そりゃ低評価だけつきますよね。 でも、読み漁ったレビューの中にこの映画を観に行く前の期待さえも劇中の民衆と同じだったのではないかとありました。 そうか、私はジョーカーという宗教を盲信した結果の落胆だったのか。と思ったら昨日の3時間は無駄じゃ無かったと思えるようになりました。 ジョーカーの公開から5年間の間、私はずっとジョーカー教の信者だったのかと思ったらかなり面白く思えてきたのです。 今作を観て「ジョーカーなんて、ただの偶像。そこには刺されれば死ぬただの男がいるだけ」 落胆すら感動だったか。 この映画はがっかりした、つまらなかったと感想を持った人こそ、最高に没入体験をしているのではないかとさえ思えます。 あ、これもまた信者染みてましたね。まだ、期待している自分がいる。 追記:ジョーカー鑑賞後、日を追う毎に映画全体が「僕はアーサーだ!ジョーカーなんて世間が作り上げた宗教だ」と言っているみたいで苦しくなりますね。 皆ただ見捨てるだけの社会に嫌気がさして諦めて、なにか変えてくれそうなジョーカーに勝手に期待して勝手に落胆して。 それでも冒頭の骨で皮膚が突っ張った背中やあの笑っているのか泣いているのか分からない笑い声が頭から離れないです。まだ燻り続けてる、こんなんじゃ終わらない。

歌わなくていい。レディ・ガガの接待映画

- 2年前
メジャー好きとか単館好きとかそうゆう ことではなく、前作の次を期待して いくならがっかり。 ホアキン・フェニックスの存在感というか 佇まい、醸し出す空気、そして映像、 相変わらず素晴らしかった。 でもそれもガガが登場するまで。 中身はガ… 続きを読む

メジャー好きとか単館好きとかそうゆう ことではなく、前作の次を期待して いくならがっかり。 ホアキン・フェニックスの存在感というか 佇まい、醸し出す空気、そして映像、 相変わらず素晴らしかった。 でもそれもガガが登場するまで。 中身はガガ様のショーでした。 ミュージカルならミュージカルに 振り切ればいいのに。 ストーリーに入り込もうとすると 必ず歌い出す。 ガガ様に歌わせようとするあまり ストーリーも謎展開になり、 最後ファンタジーにすら見えてきた。 一体なんだったんだろうという読後感。 違う意味で衝撃。 追記: 前回、俺もジョーカーだ。みたいなヤツが大量に わいたので、その火消しだという説に同意です。 いや、そんなかっこいいもんじゃない。痛い鬱屈したオッサンなんだよと。 なるほどね。

映画でしか伝わらないものがある。

- 2年前
小説には小説でしか伝わらないものがあり、音楽には音楽でしか伝わらないものがあり、映画には映画でしか伝わらないものがある。 これから現実がとか妄想がとかたくさんの推察が出てくるだろうと思うけど、そんなことはどうでもいい。 今、見終えて自分だけ… 続きを読む

小説には小説でしか伝わらないものがあり、音楽には音楽でしか伝わらないものがあり、映画には映画でしか伝わらないものがある。 これから現実がとか妄想がとかたくさんの推察が出てくるだろうと思うけど、そんなことはどうでもいい。 今、見終えて自分だけが感じたこと、体に残ったものだけを受け止めていきたい。 これはある意味にわか映画ファンを削ぎ落とす映画になっているように思った。これは悪口ではなく、映画を愛してきた者へのご褒美のような、神から与えられたギフトのような、そんな映画だ。 興奮がおさまらない。 何かしないと。何かいいことがしたい。 まず帰って部屋の掃除をしよう。 こんな神からもらったギフトをこんな形でしか還元できない小さなオレです(笑)。 PS.「都合良すぎる筋書き浮かべながら今日も眠るよ」とキャンキャン吠える動物を冠したバンドが奏でてたっけ。このバンドは一見この映画の対極にありそうなもんだが深いとこで繋がってる。 2回目見た。 だいぶ落ち着いて見れた。 冷静に見て思ったことを書かせてください。 酷評が多い理由もわかる。 観客の望み通りにならないというのが大きい。期待した通りにならない。そして誰にも感情移入できない作りになってる。これはわざとだと思う。 ミュージカル的なところも苦手な人多い。一般の人は。何で急に歌い出すかわからんという。これはただの心の中の動きと見たらいいのだけどなあ。楽しい時は鼻歌歌ってしまうとかと同じ。そして音楽シーンは、妄想が始まって終わったよと大変意図的にわかりやすく演出されていた。完全に妄想の産物だと。 結構、怖いことだと思う。自分の思ってたのと違うことで評価を下げるのは、違うと思う。それは自分の考え及ばないことは認めないということ。これはとても怖いことですね。おそらくそこにこれからも気づいてない人はずっと気づかないので、常に閉鎖的。そしてそんな人達は集まって同調して批判をし出すだろう。また単純に新しいものが全く生まれないということにもなる。多様性を真逆を行く。 今の世相がまるまる出ているようで、この現実世界を酷評すべき。多かれ少なかれみんな持ってる気持ちであるのだが。そして自分の中にもある。 自分なりの解釈を言わせてもらうとすれば、もうコレ2は全部、妄想。遡るとジョーカー1の途中から。 今まで数々の映画を見てきて「現実か妄想か」映画の見方のヒントを我流で勝手に編み出したのだが、とにかく「都合良すぎる筋書き」は妄想だろうと。あり得ないと思ってしまうのは本当にあり得ない出来事であるからであって、それ自体の気持ちは信じてもいい。 例えば、ジョーカー1で言えば、テレビ出演はない 。あんな幸運はあり得ない。大前提として「アーサーにコメディアンの才能はない」。これを忘れてはいけません。どう考えてもない。これは誰もが思うところだ。認められることはないし、しかも自分の好きな番組にあんな形であれ、誘ってもらえることの偶然はない。 そしてハエすらも殺せないこの子に人は殺せない 。電車の中での出来事も完全に想像の産物でしょう。きっと誰1人殺してない。ラストでアーカム精神病院にて「面白いジョークを思いついた」と爆笑するのだが、ジョークというか壮大な物語。コメディアンの才能はない代わりに物語を作る才能はある。アーサーは小説家になった方が良かった。不幸の連続で追い詰められ精神崩壊。電車の殺害シーンの前、電車で解雇宣言を受け電話BOXを頭突きで破壊。ここから警察に逮捕で精神病院に収容してラストにつながるというのが自然な流れのような気がします。「あり得る」「あり得ない」のライン。 しかし言いたいのはこれではありません。そんなことはどうでもいい。この「現実」「妄想」のライン決めは本当に重要ではありません。所詮、全ての映画は想像の産物であり妄想であります。ノンフィクションであれどそこには演出があり誰かに意図が入っています。完全なノンフィクションは自分の目で見て感じたことだけ(しかしこれすら現実ではない可能性があるとモーフィアスは教えてくれました)。 その世界に入り込むこと。 結局は好きな世界かどうか。 もうバリバリワタクシの大好きな世界でした。鬱屈を抱えた悲しみを帯びた世界。 前作が元になりその後から地続きの妄想の世界。こんな贅沢な映画はありませんよ。さあ楽しみましょう。 もっと言えば、好きな世界と思うかどうか。否定的に捉えるか肯定的捉えるかは自分で決めれます。 もう映画自体を溺愛しているワタクシは全てを肯定的に捉えることができるので最強無敵なのです。 わーはははははっ!! 3回目見た。 まだ面白い。 先々を知っているという余裕があるので細部まで楽しむことができる。 ここはなんとなく逃して見ていたけど、弁護士がアーサーを我が子のように慈しみ愛してるようなシーン。雨で濡れたアーサーに自分のジャケットを優しく掛け唾で唇の血を取る。唾で顔を拭くって明らかに過剰。母が子にすることですね。大人が大人にすることではない。完全にして欲しいことの映像化ですよねこれは。 その他にも願望がたくさん詰まっています。アーサーの。願望というか、今までにしてほしかったこととこういう風になったらいいのになという希望。それらの集合体がこの映画なのでしょう。そして1もそうですね。 そう考えるとかなりせつない。何を求めたのか。 きっと誰もがしていることですね。 誰もに愛される自分、ヒーローになった自分を想像する。最終的にそんな自分ではないことは自分が1番よくわかっているので想像でも破壊してしまう。うまくいったことだけで終わらせといたらいいのに、結果的にそんな自分になり得ないと追い込まれることになり想像の中ですら思考回路は破滅へと向かってしまうのである。 これはかなりせつない。 自分と重ねて見るという見方は間違いではないと思います。どの部分を重ねてみるか。きちんと負の部分までも重ねられるかと問われているような気になりました。 この映画、まだまだ伸びしろありますね〜。

ホアキンの映画

- 2年前
悪い評価が多くてびっくり… やはり、メジャー映画好きさんとは相容れないなぁと 2作目もやってくれたな! という気持ちでいっぱいで、映画好きは楽しく…見ちゃいました。 ミュージカル曲好きとしては、 監督がどういう気持ちで、この曲当てはめた… 続きを読む

悪い評価が多くてびっくり… やはり、メジャー映画好きさんとは相容れないなぁと 2作目もやってくれたな! という気持ちでいっぱいで、映画好きは楽しく…見ちゃいました。 ミュージカル曲好きとしては、 監督がどういう気持ちで、この曲当てはめたの?深読みが止まらなくて、本当に楽しかったです。 ホアキンの演技が良すぎて、 他の雑音はどうでもよかったですし 黒が美しいので、Dolby theaterで見てよかったです。

僕はアーサーだ

- 2年前

こんなに全身で叫んでいるのに。皆JOKERを作ろうとする JOKERの格好をしたアーサーに「そんなの君じゃない」「僕に優しくしてくれたのは君だけだ」証人の友だけが人を殺しているときもアーサーとしていてみていた「君が怖い」それだけは救いだったのでは

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