前作との落差が大きすぎる
公開当初に観たもの。センスはいいがジョーカー2としては失敗。
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ヴェネツィア国際映画祭〈金獅子賞〉、米アカデミー賞主演男優賞受賞など、未曾有の社会現象を巻き起こし、映画史を塗り替えた衝撃作『ジョーカー』(2019)の続編。理不尽な世の中の代弁者として時代の寵児となったジョーカー。彼の前に突然現れた謎の女リーとともに、狂乱が世界へ伝播していく。孤独で心優しかった男の暴走の行方とは?誰もが一夜にして祭り上げられるこの世界。彼は悪のカリスマなのか、ただの弱き人間なのか。ジョーカーは一体誰なのか?衝撃のラストに備えよ。
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公開当初に観たもの。センスはいいがジョーカー2としては失敗。
前回の作品も見ていたのもあり、今回は平和な感じでまたミュージカル要素、歌が多めな作品で ガガ様の歌唱力の凄さは感じたが ストーリーとしてこれで終わりなのか……というモヤモヤ感。。 2人の関係はよかったですがストーリー性として何か物足りなさを感じました。
アメリカの映画ってミュージカル好きねぇ。って感じなので、歌が気持ちで、セリフの中で気持ちを乗せて歌を交換して、歌で盛り上がる。 みんなの知ってる音楽で綴る愛 そして失望も、お互いに望んだ姿をみて期待する。 目と目があって希望を抱いちゃうのはお約束なので、ドライで狂気な辛い現実と、惨めで痛い毎日、でもなんだかその中でも感じる安寧の世界から、うっかり貴方がジョーカーね!悪のヒーローありきの恋愛モードに入ってしまうと妄想は煌びやかで、現実は辛く、裁判の後批判した刑務所に帰る。派手にかました後は報復が待ってるよねぇ。其処を計算できないところが彼なのです。アイコンで偶像になったジョーカーは派手でカメラアングルもメイクも毎回違って興味深かったです。
前作のホアキンのジョーカー、ヒースレジャーのジョーカー それらを持って観に行くと苦痛の数時間 もう本当に苦痛でしかなかった 前作の善良な人間が禍々しく変わっていくさま、完璧な狂気、、、 からの今回、冒頭からすっかり落ちぶれてしまった"ジョーカー"を見せられる 彼の内面「俺に"ジョーカー"を望まないでくれ」といわんばかり そこに舞い降りたハーレー 空間的にも環境的にもどん底なアーサーが、ハーレーへの愛に目覚め 2人で歌い踊るシーンと現実との落差は素敵 ただ、ここまでミュージカル調の映画とは想像していなかったので戸惑った(ミュージカルは苦手) ホアキン様とガガ様の映画
あのジョーカーの続編ということと、ダークナイトでのジョーカーの破茶滅茶さのイメージで勝手に期待していくと裏切られてしまうと思いますが、冴えないコメディアンが悪のカリスマになってその後...というのならまぁ納得。 事前に賛否両論むしろ否定の方が多かった感じからニュートラルな気持ちで観たこともあり、おもしろい!とは違いますが、最後まで飽きずに見ることができました。 もちろんホワキンの演技によるものも大きいと思います。 レディガガはさすがの歌声。ミュージカル映画かよ!なんて意見もありますが、嫌いじゃないです。
前作から思っていたのですが、バットマンのジョーカーと重ならないのですが。 ジョーカーはバットマンのキャラクターの一人ですよね?このキャラでバットマンと戦えるとは思わないし、完全に別のキャラですよね? ただのジョーカーと言う別のキャラの話なら前作は納得出来ましたが、今回はただの悲しい人の話ですよね?正直何の為の続編かは理解できませんでしたがジョーカーの演技は凄いと感じました。
ジョーカーを肯定してしまった私たちに向けて作られた続編だった。報いは受けてしまうのだ。それが映画が示すべき道なんだな。 鬱屈し社会を恨み、自分を嗤う人間を亡き者にしてジョーカーになってくれた前作はスカッとした。 だけどアーサー自身は孤独のままだった。アーサーは社会不適合者でみんなから受け入れられることはないんだな辛いなでも好きだよアーサーと応援してたら、 職場で君だけが笑わなかった。でも僕は今は眠れない 証人喚問できた職場の彼のセリフ。ここで全てが転換した。わたしの目が覚めた。アーサーの目も覚めた。 アーサーのなかにある虚栄心が彼をジョーカーにしてしまった。 僕はジョーカーじゃない、アーサーとして愛してくれと決意して叫んでも最後まで届かなかった哀しい映画。 でも映画として、正しい道を示したと思う。 ジョーカーを応援することに冷や水浴びせてくれてありがとう。 アーサーがどこかで虚栄心から解放されて友達が作れていたらなぁと思った。 レディガガは素敵だったがキャラ造形としてはステレオタイプで浅はかな間抜けすぎて、ジョーカーの引き立て役でしかなかった。 とても良い映画だった。報いはうける。悪を信奉しない。現実は悪が何かもっと分からないけれども。
どうしてジョーカーが生まれたのか??? 色使いがとても面白かったです。 レディ・ガガさんが、とても良い味出していたかと思います。
信者がジョーカーを車で逃がそうとしたシーンを見て、「これが見たかった!」という感情。直後のジョーカーが逃げようとしているのを見て、「なんでだよ」という感情。 このジョーカーへの期待自体が、中盤までのコレジャナイ感を生んでいると終盤気づく。 映画自体が面白いかと聞かれると回答が難しいが、良く言うと臨場感がある映画で、悪く言うと極めて日常的な現実的な映画である。(=映画に対して求めている非日常感、爽快感はあまり感じられない)
ジョーカーは英雄になり、次第に記号になり、最後は希望となった。希望する形と英雄の姿に乖離が生じた時、人は希望に縋る。そして思う。「俺こそが、ジョーカーなんだ。」と。 映画全般を通して、ミュージカル調である。それがアーサーなのだが、どこかジョーカー的ではない印象を常に受けていた。正直、映画的につまらない時間が長かった。 しかし、この違和感は、物語の最後で、俺もある意味ジョーカー信者だったのだ!と気付かされる仕組みだったのだ。 脚本はが素晴らしいし、俳優陣の演技力も素晴らしい。音楽など、全てが最後の「アーサーの後ろで自傷する男」に収束していく。 もう少し上映時間をコンパクトにできれば、最高だった。
よくわかりませんでした
何故この映画を酷評するかが、わからない あなた達は、どんな立場からこの映画を観たのでしょうか? ジョーカーの様に、鬱屈された幼少期を過ごし、誰にも愛されずヒーローを夢みた 初めて愛された女にも、ヒーローでなければならなかった 自分は、自分の正体を知っている こんな悲しい話があるだろうか? ストーリーも然り、ミュージカル仕立てのこの映画は、彼の心情を写すのにはぴったりだと思う 現状と夢と、愛する人が現れたその心情と 夢うつつを表現している 彼らが歌った歌を聴いたかい? 歌詞を読んだかい? あなた達は、ジョーカーに何を期待したのか 映画の中の傍観者と同じ
一作目で衝撃を受けた人は、絶対に見るべきではない。 打ちのめされるだけ…
僕の思っているジョーカーではない、
前作の狂気と絶望感を期待してたのですが、ミュージカル仕立ての何か別のお話みたいな感じでした、 バットマン好きな人ならオオ!?ていうところがいくつかありましたね、トゥーフェイスでお馴染みハービー・デント検事がでてたり、ちらっとウェインのビルが映ってたり。 最終的にみんなが知ってるジョーカーが誕生しましたっていうとこで終劇。 歌と踊りとタバコが多く、なんなら30分くらいで要約してもよかったんじゃないかしら。
とても良かった ネタバレ つらくて切ない。どこまでも孤独。 彼に本当に優しく大事に思ってくれるだろうとする人を彼は突き放し、利用しようとする人に惹かれてしまう そういうことを自分に惹きつけてみてしまい、自分の心の中のアーサーとジョーカーがいることも感じる 子供の頃からの耳をふさぎたくなる出来事、アーサーはジョーカーになることで生きてこられたのかもしれないけど ジョーカーでないアーサーには関心もない人々 とても無惨でした 彼は影に殺されるけど影がいきている オープニングとエンディングが繋がりました
今回も面白かった。相変わらずシュールなところがこれまた面白い。
一作目を観て、数年後二作目を観て その待ち時間も映画の演出の一部かと思わされました 偶像ではなく現実のジョーカーがいました あと爆破大好き
前作のジョーカーをイメージしていけと肩透かしを喰らう。 でも、鑑賞後よく、よく考えると傑作かもと思わされる作品だということは間違いない。 観て、考えて欲しい1本
ニューヨークを舞台に刑務所でも煌びやかに撮る手法はさすが!刑務所の看守の前時代的な囚人いたぶりは今の時代???と言う気はするが、ミュージカルも入れたハリウッド映画に、決して見栄えも現実の姿も世の中から虐げられている階層からはほど遠いセレブとイケメンの上質コラボ映画に仕上がった印象。なのでストーリーと役者の現実とのギャップが大き過ぎてやや非現実的。例えば役の中でも実際のルックスでもアーサーはゲイリーに比べると明らかに恵まれていて、その不満が最後の場面へと行き着くのか?敢えて前編も観直して、バットマンも観るべきですか?前作程のメッセージ性が薄れた一種のエンタテインメントと割り切って観たので楽しかったです。
あくまでジョーカーの面を持つアーサーの人間ドラマ。 前作やダークナイトのようなただ狂人ジョーカーを期待している人が低評価にしている印象。
前作で誕生したジョーカーが、ハーレィとともに本作で完成するのかと思いきや、あろうことか、そんな、え~!
前作と比較しなければ良いんじゃないでしょうか。
たぶん、前回の内容とjokerのことを理解していないと、ついていけない作品に仕上がってると思う。 酷評と聞いていたが、大変良かったと思う。 酷評は、jokerに対して勘違いしてる人達の意見だと思う。
公開からだいぶ遅れて観に行きました。 というのも、評価が分かれていて、正直映画館に行くのを躊躇っていました。 ミュージカル要素は置いておいて、私は好きです。 前作を前日に観て行ったのが良かったのかもしれませんが、前作があっての今作。 やはり繋がりはあるし、ホアキン・フェニックス演じる「ジョーカー」とは?がわかるような気がします。
隅々まで胸糞、最後まできっちり胸糞で良い。 ジャケットのボタンを留めたり外したりする検事、鼻の奥が酸っぱくなるくらいキショかったので吹っ飛ばされたときはスッキリした。
いい映画を観た後のあの独特な余韻に浸れた。 最後本当の意味で自由になれたんだろうか。全力で人生を駆ける彼が立派だった。切ないながらも、どこか温かい気持ちになった。 選曲が良かったおかげでミュージカル映画な側面が全く気にならなかった。敢えてオリジナルトラックは入れてないのかな。表現の使い分けも良かった。 妄想かどうかなんてどうでも良かった。 アーサー自身がアーサーを受け入れ直す姿に胸がいっぱいになった。
とにかく予告篇が素晴らしかったので絶対劇場で観ようと思ってました。 すでに観た友人のSNSでは うーん、あんまり人には薦めない というのが多かった。 レディガガ劇場という感想も多かったです でもインタビューでホアキンが「この歌を歌うために7年をかけた」と言っていて これは劇場に行かないわけはいきません。 見終わった感想は「なるほどなー」でした やっぱりホアキン・フェニックスは素晴らしい役者さんだと思いました。あの髪も身体もまさにアーサーを演じるために全霊をかけたのかなとそれほどしっくりくる。 ジョーカーが元々エンターテナーだった事を考えると刑務所の中はファンタジーの舞台であって然るべきだし、これで正解だと思いました。 ガガの衣装が少し鼻についたり、なんで火事になる前に気づかないのとツッコミたくなる部分もあるけど、ホアキンが本当に切なくて、映画の中を生きてるって感じでした。 ガガさまはガガ様でしたがまあこれくらいアクのある人じゃないと合わないのかなと。 20代の私だったら、ツッコミ部分も気にならないくらい、暫く席を立てないくらい感動したはず!
ガガよく知らんし、ミュージカル嫌いだし、前作はつらすぎて目を覆いたいという感想だけども、この映画が低評価なんて世知辛い。 映画から、これでもかという感情の濃度を感じた。 言葉にできない気持ちの両側面を1度に味わう映画。 悲惨な現実とアーサーの感情を行き来する度に、胸を掴まれるような思いがして、序盤から釘付け。 アーサー救われてくれ救われてくれと願うけれど、アーサーとして救われるには人としてそこまで侮辱されないといけないのか。 ジョーカーとして法廷に出たシーンで、久々に映画で心が高鳴った。なんか無心で観たし、すっごい面白かった。 クソな点を挙げるなら、劇場から出て行くときに「歌いすぎ〜」とか、「煙草吸ってばっか〜」とか、内容ではなく表現の手段にしか感想を持てない、一部の人のデカい感想( ・᷄ὢ・᷅ )
賛否両論ときいて観に行ったが、ふーんそういう流れか、、という感じで、面白く観ました。 これはJOKER3もあるね、ガガ様はマリアになるわけだ
まずそもそも前作のジョーカーがあれだけの傑作となった理由は何か。それはひとえに編集にある。現実か妄想か、曖昧な物語は脚本時に明確に想定されていただろうか?果たして疑問である。脚本を作るという事は書き記してしまう以上、そこに具体的な設定を用意する必要があり、具体性なしには脚本というものは書けないものである。ゆえに公開時、社会現象になるほど話題となった、主人公に起こった事は現実なのか妄想なのかという議論には脚本設定として確実に答えがある。しかしその確固たる物語を編集が変えてしまった。編集とは魔法である。編集作業中に確固たる物語が曖昧なものに変わるのを発見した時、作り手は驚きと共に興奮を覚えたはずだ。ちなみにかつて世の中に衝撃を与えた『ダークナイト』もまた編集の魔法がかけられた映画である。ジョーカーというキャラクターはたびたび編集という映画のマジックによって力を得てきた存在なのである。では翻って今作はどうかというと残念ながら編集のマジックは起こらなかった。作り手が用意したジョーカーというものに対する答えに向かって映画はただ進み終わってしまったのである。それは今作が前作に対する解決編だからであろう。謎を振り撒いたままでよかった前作と違い、今作は謎に答えを出さなくてはいけない。そして答えを出すからには脚本時から作り手の頭の中で答えを固めて、それを映画にしていく。そういう作業が求められたはずだ。撮ってから編集で物語を思いもよらぬ形に変質させていくという手段は取れなかった。それゆえにジョーカーとは何だったのかに対する答えのいくつかの内で、割と凡庸な答えに落ち着いてしまった。結局前作で生み出したジョーカーという現象を、自分たちでうまく捉えられなかったのだ。その結果生まれた本作では、捕らえられたジョーカーが刑務所と裁判所をひたすら行き来するという皮肉な作りになっている。作り手の悪戦苦闘の跡は見える。現実とミュージカルの切り替わりを曖昧にした歌唱シーンや、ひたすらタバコで作られる煙幕、テレビを用いた虚像と実像の淡いの表現など、答えが見えてしまっている物語をなるべく曖昧な語り口にしようと試みているが、やはり前作ほどのダイナミズムは得られなかった。しかしジョーカーに対して決着をつけたはずなのに、子供を示唆する展開や、ラストシーンの口を切ってジョーカー化する囚人など、ジョーカーの受け継がせを匂わす様は、どこかまだ未練を残した態度で潔くない。
アーサーの妄想パートがめちゃくちゃ多くて冗長。少しの現実を材料にして延々くだらない妄想に耽っている主人公の、とにかく痛々しい映画。 だけどそこがリアルでいいと思った。
感応精神病、サブタイトルそのまんまの映画でした。 ジョーカーの悲しみは彼にしかわからない。 一作目から皆さん、何を期待していたのか。 私はジョーカーの終わり方がどうなるのか、それだけが気になり見に行きました。 ガガは添え物でストーリーにはさほど影響ないかと。 それより、世界はSNSで拡散するとものすごい勢いで広まっていく。 ジョーカーだらけで自分が何者かもわからなくなっていく。 深くて、天気の悪い日には見たくない映画でした。
アーサーという男を掘り下げて、新しい解釈で出来上がった「ジョーカー」を登場させた一作目 今作はその「ジョーカー」をアーサーフレック自身で全て否定した印象。 バットマンとこれから戦うDCコミックに登場する様な「ジョーカー」はこの映画に出て来ないモヤモヤを何とか落ち着けてみる。 前作で作り上げた 絶望 狂気 悲哀 ものの哀れ 恐怖と紙一重だった儚くも美しいディテールは、 今作のミュージカルパートの多さで、1作目に感じた衝撃はなんだったんだろうと強制的に再考させられる事になってしまった。 この映画は、由緒正しいDCのバットマンシリーズのジョーカーと位置付けず、唯の悲しい男が狂気を帯びて犯罪者となり、ただただ堕ちていく映画であった、という解釈はどうだろうか。 ジョーカーなんて唯のシンボルでしかなかったのではないか。 そう最早この2作セットで観て、ジョーカーなんてどうでもよく、最初から最期まで救いのない男を演じたフォアキン映画だった、という結論にしておく。 星一つは、偉大な前作を踏襲した事への敬意 そして今作を世に出す事に躊躇しなかった作り手達へ最大限の皮肉を込めて、その勇気を称えて星一つ
ハーレイ・クインと名曲たちを媒介として前作「ジョーカー」が何をしたのかを振り返るような138分 黒い(暗い)シーンが多くドルシネで観たのは大正解でした 「フォリ・ア・ドゥ(Folie à deux)」は、フランス語で「2人狂い」という意味で、ひとりの妄想がもうひとりに感染し、2人ないし複数人で妄想を共有することがある感応精神病のこと。 予想(期待)していたものとはかなり違っていましたが でも楽しめました