☆2.9
傷ついて自信がない、守ってあげたい応援してあげたい女、ではなく、売れたいというぎらついた野心を隠さず、納得いかないと「でも○○さんも頑張ってくれたから…」とか謙遜しないでディスる、ふてぶてしい女、加代子。(褒めてる。こういう女いて良いよな)… 続きを読む
傷ついて自信がない、守ってあげたい応援してあげたい女、ではなく、売れたいというぎらついた野心を隠さず、納得いかないと「でも○○さんも頑張ってくれたから…」とか謙遜しないでディスる、ふてぶてしい女、加代子。(褒めてる。こういう女いて良いよな) そんな彼女がある時は垢抜けない生娘、ある時は洗練されたクールビューティー、気さくで品のあるお姉さん…と姿を変える主演のんの七変化と出演者たちの服装の数々は本当に見所。 ただ、原作が好きな自分からすると、ほぼそれしか見所がないと感じられたのが残念。 そもそも加代子と東十条の因縁のきっかけである酷評が曖昧で、「文学史上最も不遇な新人作家」と謳う加代子の不遇さの説得力がない。 作品が世に出た以上、酷評なんかいくらでもある。むしろ大御所の目に留まる何かが加代子の作品にあったのではないのかと思うが「男尊女卑」と台詞で説明されるだけで具体的な批判の内容はない。 というか全編を通して「長女」「半年後 授賞式」「この人、連続万引グループのリーダーなんです!」「小説家の鑑だ…!(一同拍手)」「もうママってば」といった状況や感情を説明するテロップや説明台詞、テンプレが多い。 原作をそのまま描写できないからこそ内容を削ぎ落としデフォルメし、ギャグ要素を強めたにしても陳腐なテンプレギャグのせいで笑えず、見せ場である本来鮮やかなはずの加代子の手腕も「そうはならんやろ」とツッコまずにはいられない仕上がりになっている。 (ここから原作含めてネタバレ) ・壁際のあの程度の大きさの花が乗ったテーブルクロス引きをしたくらいで、談笑しざわついている会場の人が「おおっ」となるくらい目を引くのは無理がある。 (原作を読んだときはもっと大きくて目立つ場所にあると思っていた。そもそも人前でテーブルクロスを引いてメイドのふりをする原作の展開は映像化すると「そうはならんやろ」が過ぎるので、クロスで東十条の顔を覆って一瞬で早着替えするとかくらいに変えた方が良かったと思う。あと氷の白鳥がそんなにクオリティが高く見えない) ・好きな歌を歌われたくらいで探し回っていた相手を見逃してしまうくらい酔い痴れるだろうか。 (原作だと東十条はもっと歌について考えを巡らせる) 加代子の歌唱力が素晴らしいならともかく特にうまくもない。東十条と妻のなれそめ話の時も思ったが昔に浸る回想とかもしないの? ・東十条の家族を利用しようとした件について、妻には謝罪しているし結果オーライで赦しも得ているが、父親に近づくために自身の就活が利用された娘は放置されて裏切られっぱなしになっている。 (原作ではもっと時間をかけてうまく入り込んだ上、東十条の家族を全く傷つけず、何より東十条を奮い立たせる話術に加代子のテクニックと小説家としての知性が見える) また、東十条家や山の上ホテルの導線が分かる映像や広い場所の描写が少なく、人物たちはバストアップの映りが多い。そのため映画というよりテレビドラマのスケールに感じられた。 《原作ファンより》(原作ネタバレ) 小説一本を映画化するには尺が足りなさすぎるのは仕方ないにしても、原作が好きで本作を観た者からすると、主演の七変化と陳腐なギャグと夢オチを原作の魅力だと思ってほしくない。 そもそも「もう一人の新人賞受賞者」が登場しない時点で加代子の「不遇」を謳うことにかなり無理があるのだ。 本当に原作を読んでほしい。時に機転を利かせ、時に慢心し、時に傷つき、自ら逆境を切り開いてついには当初頼りにしていた遠藤(お前眼鏡キャラやろ「曇った」眼鏡かけろ)をも飲み込み大物となった後に「本当の復讐」を果たす加代子の執念、そして当初は加代子に関わるたび萎れ草臥れてばかりだった東十条が、互いに磨き鋭利でぎらついた唯一無二の好敵手となっていく爽快感を味わってほしい。