神はここにはいない
本来であれば神に選ばれた者でなければならない教皇だが、やはり、政治家と変わらず、人に選ばれ、しかもその選出の過程には、政治的思惑や足の引っ張り合いがあり、まったく宗教性がない。どの枢機卿も本当の神の御心など分かってない。神に仕えてさえいない。ローマ教皇とは敬うべき聖なる存在ではないということがよく分かる映画。
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カトリック教会の総本山・バチカンのトップに君臨するローマ教皇を決める教皇選挙<コンクラーベ>は、世界中が固唾をのんで注目する一大イベントだ。ところが外部からの介入や圧力を徹底的に遮断する選挙の舞台裏は、ほんのひと握りの関係者以外、知る由もない。この完全なる秘密主義のベールに覆われた選挙戦の内幕を描くのが映画『教皇選挙』である。全世界に14億人以上の信徒を有するキリスト教最大の教派、カトリック教会。その最高指導者にしてバチカン市国の元首であるローマ教皇が、死去した。悲しみに暮れる暇もなく、ローレンス枢機卿は新教皇を決める教皇選挙<コンクラーベ>を執り仕切ることに。世界各国から100人を超える強力な候補者たちが集まり、システィーナ礼拝堂の扉の向こうで極秘の投票が始まった。票が割れるなか、水面下で蠢く陰謀、差別、スキャンダルの数々にローレンスの苦悩は深まっていく。そして新教皇誕生を目前に、厳戒態勢下のバチカンを揺るがす大事件が勃発するのだった……。
©︎ 2024 Conclave Distribution, LLC.
本来であれば神に選ばれた者でなければならない教皇だが、やはり、政治家と変わらず、人に選ばれ、しかもその選出の過程には、政治的思惑や足の引っ張り合いがあり、まったく宗教性がない。どの枢機卿も本当の神の御心など分かってない。神に仕えてさえいない。ローマ教皇とは敬うべき聖なる存在ではないということがよく分かる映画。
めちゃくちゃ面白い 最後声を上げそうになった
ローマ教皇を選出するコンクラーベ。 買収、不正、工作、過去のスキャンダルと総選挙の足の引っ張り合いは日本と一緒。そんなごたごたを見てきたメキシコ出身の新人教皇候補者が言う「関心は我が身だけ。これは教会ではない」と一蹴。これにはみんな閉口。うなずけるシーンだった。気骨の無き者はそぐわない。 スクリーン内ではトップの座を狙う熱気こもった闘いの反面、スクリーン外では濃淡少なく緩やかに進むため眠気との闘いでもあった。 2025.9.15
レイフ・ファインズが選挙中に起きる様々な問題に頭を悩ませる話。 主人公ローレンス枢機卿(レイフ・ファインズ)は選挙の責任者として、集合する枢機卿たちの受け入れ準備を整え、儀式の段取りを仕切り、枢機卿同士の政治闘争や保守派とリベラル派の対立を取りなしつつ、自らの派閥の談合にも参加する。枢機卿とシスターが修羅場になれば事情聴取を行い、枢機卿の不正疑惑に奔走し、さらには亡き教皇からの遺言めいた不正の証拠を見つけて頭を悩ませる。それはそれとして選挙を妨害したいテロ勢力からの攻撃もあり、ローレンス枢機卿は大体ずっと困っている。 信仰・権力・倫理、それぞれの持つ魔力がせめぎ合うドラマの中で葛藤するローレンスの様がじっくりと描かれており、ここはレイフ・ファインズの圧巻の演技力が光を放っている。 選挙にあたりローレンス自身が語る「確信を持たず」というフレーズはこの作品の核心 。現在の行い、信仰、教義を絶対とせず、常に疑問を投げかけるという姿勢はとても正しいと思う。 その一方で、長い歴史に根差したカトリックという組織の中でその信念を貫くことの難しさも描かれており、物語のラストではその言葉そのものが思いがけない形でローレンス枢機卿に返ってくる場面がある。物語中ではリベラル派の筆頭であったローレンス自身もまた、自ら語った「確信を持たず」という言葉に強く揺さぶられ、その重みを思い知ることになる。この踏み込んだラストは、保守・リベラルという枠を超えて、カトリックという組織そのものへの大きな問いかけとなっていて、最後まで油断できない。 この映画の楽しい所は選挙にまつわる政治サスペンス部分だけではない。 教皇選挙(コンクラーベ)といえば、システィーナ礼拝堂で執り行われる枢機卿たちによる儀式で、白い煙が昇れば教皇選出、黒い煙は未決というのは割と有名な話だが、それ以外にも、実際に教皇が死んだ後の段取りはどうなっているのか、世界各地の枢機卿はどのように参集し、どのように選挙を行うのか。選挙に使う専用の紙、専用の投票箱、一人一人が唱える宣誓の言葉、華麗な紅の衣装。コンクラーベに伴う一挙手一投足が事細かに描かれており、深い歴史に裏打ちされた未知のディテールは、見ていて興味が尽きない。 映画はこの一連の儀式を決して無駄なものとしては描かず、その形式に含まれる宗教的な意味合いに大きな敬意を払っている。荘厳さと歴史の重みを画面の中に再現するエドワード・ベルガー監督の手腕が光っている。 このディテールの積み重ねによって観客も儀式の重要性を体感できるようになっており、映画への没入度が高まる。 また同時に、形式にこそ意味が宿ることや歴史を尊重することの重要性を暗に語っているようで、これは保守にもリベラルにも味方しないという、この作品そのものが放つメッセージなのかもしれない。物語・美術・構造のすべてを駆使して真の改革とは何かを問いかける。類まれなる作品である。
教皇に相応しいのはお前だ🫵🫵ローレンス!! 意地悪なおじさんたちに囲まれて皮肉られたりするなか幹事としてコツコツ仕事をしてるローレンスが1番偉い。 どう考えても教皇に相応しいのは謙虚で仕事に忠実で前教皇想いのローレンス。 落とし所だけちょっと不満。 コンクラーベで思惑が錯綜して思い通りにならないだけでも十分満足したし、ローレンスが教皇でも全然納得できたのにな。 ベニテスが教皇になったのはまだ許容できる。 都度都度病院を仄めかしていてなにかある怪しいとは思っていたけれど、最後の最後にそんなことを言いだしてもなあって思う終わり方だった。 映像自体は絵画のように美しい。 枢機卿の服、綺麗な背景、美しいコンクラーベ会場内は見ていて飽きない。
タイトルにあるように「映画はプロパガンダ」を正に表している映画だと思った。宗教は信者を幸福な、より良い人生を歩ませるためのものであるはずが、コンクラーベでは信者を無視した自分達の私利私欲、差別、名誉欲…。またコンクラーベを勝ち抜く為にはどんな汚い手も使う闇の数々が暴かれている。また最後に選出された新教皇も性別の点での現代社会のテーマを浮き彫りにする様な、一方で人格的には理想的な人物として描かれている。 これらのテーマはちょうどローマ教皇がお亡くなりになった時期と重なっていたせいもあり、政治や宗教の腐敗に纏わる多くの陰謀論をSNSで目にし、タイトルのような感想が真っ先に思い浮かんだ。 確かに映画はプロパガンダとして使われて来た側面もある。しかしながら、それがプロパガンダとして機能するか否かは、その映画が鑑賞する側の共感を呼ぶことができる映画的リアリズムにかかっていると考えている。 今回の映画はまさにテーマが明確で現代社会の抱える矛盾を映し出していてわかりやすい反面、コンクラーベの過程で出てくる出来事の数々が取ってつけた様な設定であり、芝居くさくてかなり辛かった。この映画を絶賛するコメントも数多く目にしたが、内容はかなりバイアスがかかっており、このあからさまなプロパガンダを肯定する側の人達なんだろうと思った。 テーマ自体には問題はないが、映画的リアリズムという点では描き方が中途半端で意味不明。この様な複雑でも深い問題を共感を持って受け止めるには、人間の描き方が表層的であり、目の肥えた視聴者は逆にシラけてしまう。 こういう映画を高評価する人達は恐らく権威に弱いか、プロパガンダを肯定する人達の考え方に賛同するか、あるいは観る目がないか。 酷評して申し訳ないが、前日に見た「国宝」と比較しても人間に対する洞察力の深さが全然なくて、とても良い映画とは思えない。 プロパガンダの終焉を声高に叫ぶつもりもない。ただ、ただ、本当に良い映画に出会える確率が低い昨今の商業主義的かつプロパガンダ的映画には失望気味の人としての意見を書き残します。
美しい映像、スリリングな心理戦、シンゴジ以来のおじさんのアップが画面を埋める。文句なしに名画に加わる…と思いながら観ていて。オチはそうでなくてもよかったな、と。
皮肉とは違う問題提起?の内容に。 観に行った人とのこの話題に口をつぐむ状況。 亀は全てを語ってる
予想通りの足の引っ張り合いとスキャンダルにまみれたどろどろの選挙戦、スカッとするわけでもためになるわけでもない。 ハッキリ言って面白くない。 男女で好き嫌いが分かれそうな映画。 ただ、制作陣の勇気を讃えてとりあえず⭐︎3つに。
そこまではまらなかった。観終わって何日かして実際のコンクラーベがはじまって、なんかよくわかった気がした。
タイミングがバッチリで最後にびっくり
パリ五輪の開会式の押し付け思想と一緒
昔世界史で習ったコンクラーベ。映画となり、そんななか今年本当に教皇が亡くなり、本物のコンクラーベの黒い煙と白い煙を見ることになった。すごいタイミング。レイフファインズの見事な演技にどんどん引き込まれた。最後はそう来たかと。観てよかった。
コンクラーベが舞台ということもあり、カトリックに詳しくないとわからないかと思いきや、そうではありませんでした。本作の一番の見どころは、さまざまな思惑を持った人々が権謀術数をめぐらす見事な脚本です。 ※以下ネタバレ感想 〈保守と革新〉 本作は保守派と革新派の争いを描いており、カトリックだけでなく、あらゆる組織に通じる話だと思いました。 〈絵作り〉 システィーナ礼拝堂のセットを一から作り上げ、こだわり抜いた絵作りには感心しました。シンメトリーになるように撮影したり、真上から撮ったりと、どこを切り取ってもまるで絵画のような美しさがありました。 〈風通し〉 前半はこれでもかというほど、女性差別・家父長制の閉ざされた世界が展開されます。一回目の公園爆破でも、映画としては爆破された公園を映すのが普通ですが、全く映りませんでした。この表現が、視点がうちを向いている閉鎖的体質を表しています。しかし、爆発によって壁に穴が開く場面で一気に流れが変わります。皆が、空いた穴から吹く風を感じるあの場面はとても印象的でしたね。その後、シスターアグネスが物申したり、女性器を持つベニテス枢機卿が教皇に選ばれたり、まさに閉ざされたカトリックに新しい風が吹いていました。 最後の場面でも、ローレンスは「外」にいる「シスター(女性)」を見ていました。 〈亀〉 本作では二度とカメが登場しているが、殻に籠ることの象徴ではないかと感じた。一度目は、池の中にいるのに対し、最後では池の中から出てきている。カトリックが、閉鎖的体質から飛び出すことを暗示しているのではないでしょうか。しかし、ローレンスは亀を池に戻します。改革派側でありながら、どこか因習を守りたい側面もあるローレンスの複雑な内面を表しているように感じる。 本作では枢機卿がとても世俗的に描かれています。スマホいじり、タバコのポイ捨て、風紀紊乱などなど。カトリック教徒の中には本作の描かれ方に怒りを覚える人も多そうですね。
がご逝去されたニュースは知っていたが、キリスト教徒ではないためどのような存在なのか全く分からなかったが、この映画で一端を知ることができた。 映像にも引き込まれ、爆破事件の時は爆撃音に驚きました。