思っていたよりはライトな印象。ニュージーランドでは仕事(パートタイムだが)があり通う大学?もあり、友人もでき、充実してるように見えたが、ケナにしてみれば、具体的な目標ない状態でさまよっているという感じだったのだろうか。韓国に戻ってきたあと再び南国に旅立つのは、結局because I hate Koreaという原題のことなのだろうか。最後は夢でしょう!?と後ろの席の人は言っていたが。夢でも現実でも良いけど、「試験が終わったら遠いところに旅したい、行けるかな」と言う友人に、行けばいいんだよと返事をするシーンは、高校の友人A氏のインタビュー記事(GMOの記事)の「行きたいと言ってるけど、行ってないのは自分。誰も止めてない」というA氏の友人のコメントを思い出させた。途中、ケナの実家が裕福ではないシーンが出てきた時とか、結局親の後を追いかけているみたいなところがあるよね、という職場の先輩の言葉を思い出し、自分に当てはめるなら、親も同じ職業の人に対してコンプレックスのようなものを抱いていたけども僕は自分の幼少期の体験をもとに今の仕事に向き合っている部分もあり、それは多分他の人には真似できないというか、というか本当は他の人は関係なくて、自分がやるべきことでありやれることである、ということなのかなと、だからそういうコンプレックスは不要で、自分には自分の出自があるんだ、それに従っているんだ、だから大丈夫なんだ、とも思ったりした。それから、帰り道で、2019年に日本に戻った時の日本のしとしとと降る雨をとても懐かしく心に沁みるものとして味わったことも思い出した。