女の子の感性がみえて引き込まれる
※本文にネタバレがあります ネタバレを読む
だけど、大学生の家のところはスタイリッシュに描いてることに違和感と不快感。
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1980年代後半のある夏。11歳のフキは、両親と3人で郊外の家に暮らしている。ときには大人たちを戸惑わせるほどの豊かな感受性をもつ彼女は、得意の想像力を膨らませながら、自由気ままに過ごしていた。ときどき垣間見る大人の世界は、刺激的だけどなんだか滑稽で、フキは楽しくて仕方ない。だが、闘病中の父と、仕事に追われる母との間にはいつしか大きな溝が生まれていき、フキの日常も否応なしに揺らいでいく。
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だけど、大学生の家のところはスタイリッシュに描いてることに違和感と不快感。
ひとつひとつのエピソードが面白い。 そのシーン中の小さなひとつがどこかでリンクしてて次に出てくる。 いろんな泣いてる子を集めたビデオテープを女の子が見ている。わけわからんけど何か意味があるんだろう(笑)。きちんと病院で挨拶をする子と描写があって近所の未亡人と知り合えてテレビで催眠術に興味があったからその練習でビデオテープの持ち主を知る。ここで繋がるの(笑)。 こういうのがいっぱい。 面白いなあと見ているとふと気づいた。 これが普通の人の日常だ。 ひとつのエピソードが単独であるわけではない。それぞれが連続して繋がっている。 今、目の前にあるエピソードはその連続の積み重ねでできている。ひとつだって無駄なものはない。モーツァルトも自分の作った曲に短くしろといちゃもんをつけた皇帝に対してひとつとして無駄な音符はないと言い切っていた。それと同じだ。全ては連続してるもの。そう考えるとたったひとつの後悔をうじうじ考え続けることは自分の人生全てを否定することになるなあというところに辿り着いた。 これが100ある映画の魅力のひとつ。 「いい映画はいい思考をくれる」 途中のある売り込みの言葉が心に残った。 「日本人特有の勤勉さ、慎み深さを配慮して考えられています」 だからこそ、そこを突かれてしまうのだ。
ルノアールは喫茶店か
スッキリしない気持ちで進む世界 中島歩出て来ただけで どんな男か表現してて 何かズルいゼ。
大人からすれば「聞いちゃいけない」「見ちゃいけない」「行っちゃいけない」と制されることに、興味のまま突き進んでしまう抑えの効かなさ。 一方で、仕草や言動にはどこか背伸びして大人の真似をする様子もある。 「どうなるかなあ」と好奇心は旺盛だが、先を読む力や責任感はまだ未熟。 もしかすると「子どもだから免責されるだろう」と心のどこかで計算しているのかもしれない。 他人の感情を察することはできても、その裏に潜む真意や欲望までは見抜けない。感情を爆発させることはなくても、取り繕う技術はまだ拙い。 そんなきっちり子どもでありながら大人になりかけた少女の姿は、大人の目から見ると危なっかしくも眩しい。 感情は溢れているのに、それを言葉にできない子どもの「目」が語ることの多さ。 それを自然に表現しきった演技力は圧巻。なんという11歳。 フキの姿を見て、自分が11歳だった頃の夏に思いを馳せるのも一興だ。 友人と「多摩川の行ったことないとこまで行ってみようぜ」と自転車を走らせ、結局迷子になって警察の世話になった、あのシンプルにアホな夏の日。そんな日を思い出すかもしれない。 《余談》 ①同じマンションの女性の語りがうま過ぎた、というか無駄がなく言語化でき過ぎていたように感じた。もっとつっかえたり考えが渦巻いて黙り込んだり、同じことを言ったり一見矛盾した考えを言ったりするのでは。(もしかしたら誰かに言うことを考えて事前に言語化していたのかもしれない、と思う) ②作中やパンフレットに光と余白の美しさを感じたが、2024年公開の映画『僕のお日さま』と比べてしまうと両方の面で演出が弱く感じられた。 また、美術面でも背景や服装・髪型が小道具と噛み合わず、当時の情緒が薄まっていた。高度経済成長期の舞台であれば、もっと雑然とした生活感や、競馬場での煙草、街並みの汚れなど「時代の空気」を増やすことで没入感が高まったと思う。 6/19(金)のTBSラジオ『武田砂鉄のプレ金ナイト』で監督が「伝言ダイヤルを使いたかった」と語っていたが、ある意味伝言ダイヤルというギミック軸で時代設定が引っ張られてしまったように感じられた。
ぼくが知っている小5のほうがかわいいなと。
この映画は社会に全く洗脳されてない子供の日常をとても上手く描いてると思う 自分は常々自分が受けた洗脳を解いて無垢な脳になりたいと試行錯誤して生活してるので、とても参考になった
家でサブスクで観たら退屈しちゃうかも。子供の時は「不謹慎だからやめなさい」とか言われても不謹慎って意味がわかんなかったなとか、おしゃれなワンピースがたくさん出てくるから買い物したいなとかいろんなことを考えながら眺めていた。 揺れるカーテン、差し込む光、炎の揺らぎ、死の香り。空気感を味わう作品なので好みは分かれますが、カンヌって感じでした
あの時代の、子どもの瑞々しさ、無遠慮さ、知らなさ、分からなさ、可愛らしさ、刹那さ、言えなさ、無感情さ、楽しさ、辛さ、強さと弱さ、すべてを描いた、驚異的な映画。瞬きをするのももったいない、と身を乗り出して観いった。 「国宝」も好きです。
『お引越し』のリメイクとか一部で揶揄されているようだけど、80年代後半舞台で小学生を主人公にしたYAものって割と多かっただろうし、安易に比べるのはナンセンスというか経験値の違いなのでは?と思ったのは、死へのふんわりした意識とか超能力への憧れとか無意識な悪意とそれが呼ぶ波紋など、フキと同じような経験をした元少女たちが世間に意外と多いのでは?なんていう考えに辿りついたからだったりする>そうであっても恥ずかしさや後悔や幼さを嫌悪して云々ってわけじゃないけどね。説明をあまりしなくても行間が容易に想像できる流れは、近年の説明過多で簡単に2時間超えちゃう邦画に飽き飽きしてる身にはちょうどいい。