辻凪子
自分の理想通りに物事が進む事は少ない。 ポジティブに後悔の無い人生を歩みたい。
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映画監督を夢見る助監督の野島の次の仕事は、貧困のヤングケアラーでありながらも成功したARISAの自伝小説の映画化であった。ところが、周辺で話を聞くうちに彼女に “ある疑惑”が浮かび上がる。この女は、悲劇のヒロインか、それとも犯罪者なのかー?名声を気にする監督、大ごとにしたくないプロデューサーといった撮影を中断したくない面々が、真実を追求する野島に圧力をかけてくる。やがて疑惑の火は、家族をも巻き込み野島の日常が崩れ始める。
©︎ 2025「逆火」製作委員会
自分の理想通りに物事が進む事は少ない。 ポジティブに後悔の無い人生を歩みたい。
映画制作現場の話と聞いてステレオタイプのパワハラ監督が出てくるのではないかとハラハラしてみた。がでてこなかった。 が監督の「貧しい人やヤングケアラーの為にこの作品を届けたい」みたいなメッセージはさすがに薄ら寒く、野島が「そもそも困窮者もヤングケアラーも映画をみる余裕なんてない!誰に届けるつもりか」という野島のセリフも同感すると同時にでも今じゃないよなと思う。 企画段階でぽしゃるのはあるあるだが、撮影2週間前でそもそも原作の事実関係が怪しいというのはあるあるなのだろうか? そもそも監督の上にプロデューサーが存在し、制作上の問題は全てその責任を担ってる。 その役割を果たしてないのが今の制作現場なのだろうか?今まさに公開が延期になった「レイニーブルー」という作品があるが、これもプロデューサーの役割は何なのかという疑問が湧く。やはりあるあるな現実なのでしょう。 そして作品は賞🏆を取る、虚しいですね
主人公の野島は映画を撮影していく中で自分たちが作っているものが徐々に真実ではないと気づく。アリサは被害者なのかそれとも確信犯なのか。自分たちが描くけなげなヤングケアラーという実像は自分たちの抱く貧困の理想、そして世間一般が期待する”売れる”理想によって幾重にも歪められていることに気づいてゆく。そして真実を追い求める野島自身も、ミイラ取りがミイラになるなるように、自分自身がアリサの父親と同じ立場に立たされていることに、いつしか気付かされる。”償い”とは何だったのか。それが最後の結末だとしたら、この世界には本当に救いがない。
きついです。起こっていることはすぐ近くにあることで、心が窮屈になります。自分は50代男性なので、野島(北村)の目線でストーリーを観てしまいます。 「落ちるところまで落ちる」の台詞は最後に繋がります。何が良いことなのか考えさせられます。