私に触れないで
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面白かった。とってもよかった。 あんまり注目されてないけど、かなりの出来だった。 鬼も出てこないし、悪魔も出てこない。 派手なアクションもないし、絵も特徴的だけど、 綺麗な色彩と精巧なストーリーに思わず唸る。 ヤクザの組員阿久津は死期迫る刑務所の中でホウセンカと対話しながら、惚れた女那奈とその息子健介と3人で暮らした日々を振り返る。 実の息子ではなかったが、那奈と健介と3人で暮らす日々はささやかながら充実していた。荷物の入ったダンボールからガムテープを剥がす音とレンジのチンの音で音楽を作ったり、家事をしながらの那奈にオセロで勝てなかったり、健介を組の若いものに預けて、那奈と2人でラーメンを食べ、食パンを買い、まだ歩いていない道を歩いたり、家の庭先から花火を見たり、そんな慎ましやかな事でよかった。 バブル景気によって仕事は順調になり、阿久津も舎弟への羽振が良くなる。歓楽街で過ごす時間が増えて、那奈や健介をおざなりにしてしまう。健介の不調にも向き合わず、お金があれば健康も幸せも手に入ると思い込んでいた矢先、健介が拡張型心筋症と診断され海外での心臓移植が必要となる。 手元に資金はなく、兄貴の堤に頭を下げる。堤からの提案で、不動産事業など組のシノギで才能を発揮していた若松を殺す事で組の金庫から3億を手に入れようと画策する。バブル崩壊も見通し、今後のヤクザが先細りする未来を既に見ていたインテリヤクザの若松は旧時代のヤクザ堤を眼中にも入れない。堤は怒りに任せて若松を殺して金庫から金を手に入れる。阿久津は堤が金を持ち逃げしないよう先に裏切り手術の手筈を整えた上で残りの金を隠す。 刑務所から一年間だけ7通の手紙を那奈に送るが、それ以外は30年以上連絡を取らず無期懲役の刑に服す。体も衰え久しぶりに3人で暮らした家に戻った那奈はホウセンカに話しかけられ、見ていなかった阿久津からの手紙を開封する。検閲にかかることを見越して那奈にしかわからない宝の地図が機能する。 阿久津はホウセンカから那奈と健介を無事を確認したあと、事切れる。 最初は任侠ものの人情物語で終わるのかと思ったが、オッドタクシーを手掛けた監督と脚本は流石にそれだけで終わらず最後に大逆転を残していた。 堤から逃げながら、援助もない中で3人で暮らした家の家賃を払い続けつつ、健介を大学まで出した那奈はすごい。健介もっと感謝した方がいい。那奈からすれば阿久津と暮らした日々が、2人で育てた健介が大切で幸せそのものなんだろう。 豪華な暮らしではなくて、他愛ない日々の暮らしで那奈は十分幸せだった。強いて言えば籍を入れて阿久津と家族になりたかった。でも、不器用だから伝えられないけど2人を本当の家族だと思ってた。健介が堤の息子だと知っていたし、組や兄貴を裏切って残りの人生すべてを刑務所で過ごすとしても2人を守ろうとした。 そして、最後の大逆転を果たした。 那奈がホウセンカを阿久津に届けたことで阿久津は2人の無事を知ることが出来た。那奈は7000万を手に入れた。何より奈々を描いた絵と愛してるという言葉をもらえた。最後の最期に大逆転。 ホウセンカが話すのはファンタジーでもいいし、阿久津や那奈の幻想でもいい。どちらにせよホウセンカが2人を繋ぎ、大逆転を起こした。役目を終えたホウセンカは種を残さず散る。 ホウセンカの花言葉「私に触れないで」というのは那奈も言っていた言葉。自然に身を任せれば熟した実に触れて土のないところに種を弾き出す最後は阿久津の最期を意味することと、那奈と健介がヤクザの世界と関わりを断つことを意味してる。 今作に限らずヤクザ作品はそもそもヤクザによって苦しんで悲しんでいる人がいて金も汚い金であることが前提にあるから、それが頭の片隅にある以上、感動しきれない部分はある。 それでも最後の那奈の絵と塗りつぶされた愛してるはグッときてしまった。オセロと地図と手紙が方眼紙てして繋がり、ホウセンカと花火が大逆転てして繋がる。那奈にはこれからも幸せであってほしい。 婚姻関係はないからたぶん土地は那奈のものにはならないだろうけど、お金も思い出も阿久津の願い通り那奈に届いたし、堤は無念のまま最期を迎えるだろうし、健介も逞しく育っていて安心した。 声もあえて声優を使っていないんだろうけど、みんなとっても合っていた。全然気にならずに没頭して観終わってしまった。 観終わった後にじんわり沁みてくる良さがある。 脚本と演出が光る見事な作品だった。