何故か出演者名にない
ベネチオ・デル・トロの映画。「トラフィック」や「ユージアルサスペクツ」のコトたくさん書いたのに、また消えてしまった。
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舞台は1950年代、“現代の大独立国フェニキア”。6度の暗殺未遂から生き延びた大富豪ザ・ザ・コルダは、フェニキア全域に及ぶ陸海三つのインフラを整備する大規模プロジェクト「フェニキア計画」の実現を目指していた。そんな中、とある妨害によって赤字が拡大、財政難に陥り、計画が脅かされることに。ザ・ザは離れて暮らす修道女見習いの一人娘リーズルを後継者に指名し、彼女を連れて旅に出る。目的は資金調達と計画推進、そしてリーズルの母の死の真相を追うこと。果たして、プロジェクトは成功するのか? リーズルの母を殺したのは誰か? そして、父と娘は「本当の家族」になれるのか──?
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ベネチオ・デル・トロの映画。「トラフィック」や「ユージアルサスペクツ」のコトたくさん書いたのに、また消えてしまった。
まがうことなくウェスアンダーソン作品。 誰がなんと言おうとも。 抑揚のないセリフと言い回しなど出演者に個性は許さないが監督の個性はバリバリある。 独特の世界で一見理解されそうにないのであるがコンスタントに作品を発表できている辺りが一定の支持を受けている証明である(一定もかなりの数の一定)。さらに個性を殺される数々の名だたる名優たちが出演を望むこともその証明に拍車をかける。 箱の中にきっちりと収まるかのように画面の中にきっちりと収まる物たち。それは物だけでなく人間までに及ぶ。 病的までに整理整頓された構図は見ようによってはきれいすぎて静かな暴力的印象もあるがそこはカラフルさで中和されている気がする。閉鎖病棟の冷酷さとサーカス小屋の禍々しさがミックスされたような(わかりにくい?笑)。とにかく中毒性がある。 それらが意味するものは、安定。 安定は安心を連れてくる。 精神的安定で安心感を得る。 中身は奇想天外なのだけれども。 親父と娘という普遍的なテーマで。 奇想天外で心乱されて画面上では安心させられる。いわゆるツンデレなのかもしれないその作りは。変なバランス。 これからもウェスアンダーソンは命が続く限り映画を撮り続けるだろうし、ワタクシも命が続く限りウェスアンダーソンを見続けるだろう。
最近ウェス作品は少し難解になってましたが 今作は原点回帰したような懐かしさと、 ブラッシュアップして強化したウェスが混在する面白さでした。 個人的に大好きな「グランド・ブダペスト・ホテル」の次に好きです。 ストーリーがわかりやすく一般に寄せた感じです。 富豪コルダが更なる恒久的な富を得る目的のフェニキア計画という事業完遂の為、妨害をかいくぐり駆け引きを繰り広げるという。 目に楽しい映像でテンポよく進む。 同時進行で家族の絆がテーマでもあるという原点回帰。 そして。 眼福なのが カルティエの「世俗的なロザリオ」 プラダの「リュック」 ダンヒルの「パイプ」 一瞬しか映らないので目を凝らして見ました。
無数にちりばめられたテンポよい会話のピースと、映像の色彩や画角が心地よくクセになる。 そこワインクーラーかいっ。とだけ語らせてもらいます。
「祈りを捧げるとき、私は神の答えを予想する。そして神の望むままに行動しようとする。それは大抵当たっている」 舞台は1950年代。武器商人にして世界的な実業家アナトール・"ザ・ザ"コルダ(演:ベニチオ・デル・トロ)は、目的のためなら手段を選ばないその姿勢から敵も多い。暗殺未遂6回、3人の妻とはいずれも死別し、9人の子供と修道女見習いの娘リーズル(演:ミア・スレアプレトン)がいる。彼は大独立国フェニキアで人生の大半を注ぎ込んだ一大プロジェクト「フェニキア計画」を進め、今後150年間の利益獲得を目論んでいたが、政敵の妨害によってリベットの価格が高騰し、修道院から呼び戻した娘リーズルと共に一転して資金繰りに奔走することになる。それは同時に、これまでの親子間のギャップを埋める旅でもあった...。 噂は予々聞いていたウェス・アンダーソン監督に、今回初めて触れることになった。事前に集めていた情報からアンダーソン監督に抱いていた印象は「絵画的」「パステルカラー」「政治的寓話」といったところか。一昔前、所謂"オールディーズ"を舞台にブラックな寓話を映像にするなんてイメージをぼんやりと持っていた。 本作を観て思ったのは、概ね当初の印象通りだったということ。加えてシンメトリーとか対角線の使い方が非常に巧い。タイトルカットのザ・ザの入浴シーンは絵画としても成立する代物で、思わずその耽美に酔いしれてしまった。 しかしストーリーの側からみるとこれがいけなかった。酔った状態で洪水のようにザ・ザが前提情報を捲し立てる。そして蛙の子は蛙とはよく言ったもので、リーズルもまあまあ早口で捲し立てるので、観ている側は思考回路がショート寸前までいってしまう。加えて自分は朝イチの早い時間帯の上映だったため、脳が急激な酸素不足に陥った。ザ・ザが資金繰りに奔走するなか、私は酸素集めに駆けずり回る羽目になったのである。観る側の責任として、これは勿体ないことをしたと思う。恐らく自分が拾った以上にアンダーソン監督は巧妙に話を仕込んでいたと思えるだけに、全部拾えなかったのは残念でならない。 しかしようやくベネディクト・カンバーバッチが登場した辺りでなんとか自分の軌道修正が完了し、最後の結末だけはしっかり捉えることができたのでこちらとしても最低限の仕事はしたと思う。にしても、エンドロールまで絵画やらストラヴィンスキーの音楽やらを仕込んでいたので、信者も相当多いのだろうなと思う。信者からすると本作も「さすがのアンダーソン節!」とか言えてしまうのだろうが、申し訳ないことに私の口からそんな洒落た言葉は出てこない。 しかしながら、それまで利益にしか目がなかった実業家が、アクシデントだらけの旅を通じて本来のビジネスのあり方と人間関係を見つめ直す姿は一見の価値あり。何人か煎じて飲ませたい奴もいるにはいるが、恐らく彼らには伝わらない。