拒絶を与える
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死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ ヨーゼフ・メンゲレという人物に対して、本作は徹底して観客の共感や理解を拒む。冒頭から傲慢で短気、エゴイスティックな振る舞いが続き、人間的魅力のようなものはほとんど提示されない。そのため観ている側は終始、不快感と距離感を強いられる。 しかし鑑賞を進める中で、この作品は「理解させる映画ではなく、拒絶させる映画」なのだと気づく。過去と現在を繰り返す構成も、人物の変化や成長を描くためではなく、「彼は何も変わっていない」という事実を突きつけるためのものに思える。 一般的な人物描写であれば、どんな悪人にも過去の善性や葛藤、あるいは魅力の断片が描かれることが多い。しかし本作においてはそうした要素すらほとんど与えられない。カラーで描かれるシーンにわずかな人間性を見出そうとしても、それすら魅力には転化されず、むしろ歪さを強調する結果になっている。 そのため本作から感じ取れるのは、ナチスという時代に翻弄された“被害者”としての側面ではなく、「もともと内在していたものが環境によって露出・増幅された存在」としてのメンゲレ像である。さらに踏み込めば、「怪物を理解しようとすること自体が危うい」という警告すら含んでいるように感じられる。 終始、不快と拒絶の感情を伴うため観る者を選ぶ作品であることは間違いない。ただしその体験は強烈で、単なる伝記映画ではなく、“人間と怪物の境界”について考えさせる一種の体験型映画として記憶に残る作品だった。