おちこんだりもするけれど
「魔女の血、絵描きの血、パン職人の血...神様か誰かがくれた力なんだよね。おかげで苦労もするけどさ...」 小さい頃は神様がいて、幼稚園〜小学校1年生頃までの私は我ながら驚異的な記憶力でジブリ作品を吸収していった。特に本作のクライマックス… 続きを読む
「魔女の血、絵描きの血、パン職人の血...神様か誰かがくれた力なんだよね。おかげで苦労もするけどさ...」 小さい頃は神様がいて、幼稚園〜小学校1年生頃までの私は我ながら驚異的な記憶力でジブリ作品を吸収していった。特に本作のクライマックス、飛行船のシーンにおけるニュース実況を全て誦じて、周囲の大人たちから「神童」の名を恣にしたものである。あれからはや四半世紀、かつての神童はただの人に成り下がり、ジタバタしたところでどうにもならず、今では酒でも飲んでひっくり返って寝て過ごす日々である。 手垢がつくくらい観ている作品なので今更どうのこうの言うこともなければ言うつもりもない。でも歳を重ねるごとに観ると目頭が熱くなる。単なるファンタジーではなく、大人の嫌なところもほんの少し織り交ぜているのがいい。働くとは何か?他人から報酬を貰うとは何か?それは決して楽しいことばかりではない、むしろ嫌なことの方が多い。それでも世の中捨てたものじゃない、そんなメッセージがきっと目に映る。そして不思議なことに、飛べなくなってからのキキの方が魅力が増してくるのである。 人間としてはともかく、アニメーターとしての宮崎駿は正真正銘の天才だ。この作品を観るとそう思う。そして天才が天才の地位を確立するための技術がようやく追いついたのが本作だと思う。氏の空間把握能力をやっと恒常的に画に落とし込むことができるようになった本作は大ヒットし、当時当たり作に恵まれず経営難に陥っていたスタジオジブリをも軌道に乗せた。キキが救ったのはトンボだけではないのである(こう書くと「じゃあナウシカはどうなんだ?」という指摘をいただくが、個人的にアレは世界観で勝った作品であり、やはり技術面では本作によるところが大きいと判断する)。 とはいえ、色々と議論を読んでいるのもまた事実。例えば主題歌にユーミンとはこれ如何?個人的には「ユーミンじゃなければ何なら納得するんだ?」である。特にオープニング、ラジオをつけた途端に「ルージュの伝言」が鳴り響くシークエンス。満月を背にフワリと上昇するキキからのタイトルバックはツカミとして文句のつけようがない。この上なくワクワクする。余談だが、ユーミンのみならず、久石譲サウンドの中でも総合力でトップは本作だと言いたい。 そして原作者・角野栄子とも揉めたというクライマックスの飛行船の件。これも当初はその直前のケーキを貰うシーンで終わるはずだったそうな。しかしここで珍しく鈴木Pが強硬に反発し、「飛べないままでキキを終わらせるな、もう一度飛ばせ!」と引き下がらなかった。結局キキは再度飛ぶことになるわけだが、これも「あわや原作レイプ」の綱渡りを見事にやってのけたと思う。やはりキキは飛ばなければいけなかった、彼女はその手で人望を勝ち取った、それがあのクライマックスに集約されている。 で、ここまで観てからのエンドロールでやはり涙を禁じ得ないのである。かつて(職務とはいえ)キキを補導しようとした警官はパン屋の前でウインク、付き合いを避けていた飛行クラブの女の子とパン屋の店頭で歓談するキキ、街には彼女のコスプレをする少女が歩いている。こういうのを観せられるとね、「世の中イヤな事だらけだけどもう少しなんとかしませんか」と血が言うわけです。それで今日もとりあえず生きるわけです。 「落ち込んだりもするけれど」というのがまたいいじゃないか。あのクライマックスの暴走は、今では多分ムリ、というか当時でも宮崎駿にしかできなかったかもしれない。つくづく不世出の三文字が作品にも製作者にもよく似合う。