静寂から解き放たれる一閃の衝撃!『椿三十郎』に見る三船敏郎の凄みと黒澤美学
前作『用心棒』に続き、その姉妹編(実質的な続編)にあたる『椿三十郎』を「午前十時の映画祭16」にて鑑賞しました。 武骨でスリリングだった前作『用心棒』に対し、本作は山本周五郎氏の小説『日日平安』を原作とし、脚本には盟友・小国英雄氏らが参加… 続きを読む
前作『用心棒』に続き、その姉妹編(実質的な続編)にあたる『椿三十郎』を「午前十時の映画祭16」にて鑑賞しました。 武骨でスリリングだった前作『用心棒』に対し、本作は山本周五郎氏の小説『日日平安』を原作とし、脚本には盟友・小国英雄氏らが参加しています。ユーモアとコミカルな要素が大幅に増量されており、黒澤明監督作品のなかでも屈指のエンターテインメント性に振り切った痛快娯楽時代劇に仕上がっています。 今回の大きな見どころは、『用心棒』同様に4Kデジタルリマスターで鮮やかに生まれ変わった上映です。 まるで昨日、最新のデジタル機材であえてモノクロ撮影したかのように、細部までクッキリと粒立った映像美と、一言一句までクリアに届く音声にはとにかく圧倒されました。 演者一人ひとりの着物や羽織、袴の文様・柄の違いをはじめ、劇中の「真紅の椿」を表現するためにあえて墨汁で黒く染め上げたという椿の花など、水墨画のように白と黒の濃淡が美しく強調されています。その精細さゆえに、観ているうちに自然と脳内で色彩が補完され、まるで天然色(カラー)映画を観ているかのような不思議な感覚に包まれました。 撮影面においても前作との対比が際立っています。 荒廃した宿場町全体を舞台にした前作『用心棒』に対し、本作は武家屋敷内の狭い広間に10人近い演者がひしめき合う、一種の「ソリッド・シチュエーション(密室劇)」のような設定です。しかし、完璧に計算し尽くされたカメラアングルと構図によって、すべての演者の表情や立ち振る舞いが整然と捉えられており、その職人技には改めて驚嘆させられます。 そして何より魅力的なのが豪華なキャスト陣です。 のちに『若大将シリーズ』で若大将・青大将として名コンビとなる加山雄三さんと田中邦衛さんの掛け合いは、どこかその後の関係性を予感させて微笑ましく見ることができます。 また「東宝社長シリーズ」を思わせる小林桂樹さんは、どこか憎めないほのぼのとした味で屈指のコメディリリーフ(押入れ侍)を好演。 入江たか子さんもおっとりとした天然な城代家老夫人を絶妙な間で演じ、物語の「しんがり」で登場する伊藤雄之助さんも、“怪優”の名に恥じない彼にしか出せない独特の存在感を放っています。 さらに前作同様に敵役として登場する仲代達矢さんは、濃いめのドウランを施した鋭い眼光で、画面を引き締める圧倒的な威圧感を示していました。 もちろん、真の主役である椿三十郎を演じた三船敏郎さんの存在感は別格です。 画面に映し出される表情や立ち居振る舞いのすべてが、本物の素浪人そのもの。 ちらりと覗く太い二の腕の威圧感もさることながら、まるで早回しかと錯覚するほどのスピードと密度で繰り出される殺陣さばきは圧倒的で、あっという間に20人を斬り倒すその洗練された早業は、これだけでも観る価値があると強く実感させてくれます。 そして、本作の最大のハイライトといえば、やはりクライマックスにおける三十郎と半兵衛の決闘シーンです。 それまで作品を包んでいた和やかな娯楽的空気が、一瞬にして凍りつきます。 約30秒間にも及ぶ静寂のなかでのにらみ合いには、劇場内の観客全員が息を呑み、固唾をのんで見守るピンと張り詰めた緊張感が伝わってきました。 そこからの1秒にも満たない抜刀、一閃の「逆一文字斬り」、そして映画史に刻まれる豪快な血しぶき。 モノクロ映像だからこそグロテスクさを感じさせず、むしろ一瞬の美しさすら際立つ至高のラストとなっています。 ヒット作の続編で成功を収めるのは極めて難易度が高いとされます。 「映画の楽しさ、面白さを存分に味わってほしい」とエンターテインメントに特化した前作『用心棒』を送り出し、観客の期待値が極限まで高まっていたなかで、さらにそれを上回る傑作を誕生させた手腕には敬服するほかありません。 当時の映画界の常識であれば「三十郎シリーズ」として更なる続編を作る選択肢もあったはずですが、あえてそれに固執せず、翌年には『天国と地獄』、さらに『赤ひげ』と次なる歴史的名作を生み出していった黒澤監督の姿勢には、希代の名匠としての凄みを改めて感じさせられます。 黒澤明監督作品は決して過去の古典・クラシックにとどまることなく、未来永劫、最新作のようなみずみずしさと驚きを与え続けてくれます。