1850年。若き小説家Herman Melville(Ben Whishaw)は、捕鯨船を題材にした小説を執筆するためにThomas Nickerson(Brendan Gleeson)という男を訪ねる。かつて巨大な白鯨に襲われて沈んだという捕鯨船エセックス号の乗組員であった彼は、長年重く口を閉ざしてきた壮絶な過去の事件について語り始める。
◆ Monsters, are they real?
アメリカを代表する文学作品『白鯨』 のモデルになった「マッコウクジラによる捕鯨船エセックス号の襲撃事件」を題材に、アメリカの歴史作家Nathaniel Philbrickによって執筆されたノンフィクション作品『In the Heart of the Sea: The Tragedy of the Whaleship Essex』を映像化した作品。
今作は『バックドラフト』や『ダ・ヴィンチ・コード』シリーズなどを手掛け、アカデミー監督賞(『ビューティフル・マインド(2001年)』)の受賞歴もある実力派のRon Howardが監督を務めます。キャストも主演のChris HemsworthをはじめCillian Murphy、Ben Whishaw、Tom Holland、Brendan Gleesonら幅広い世代から実力派俳優陣が抜擢されていました。
本作は「過去の事件について話を聞く」という構図が取られています。故に物語が始まる1850年時点から更に過去へと遡るようにして物語が展開していくのです。19世紀初頭、石油がまだ発見されておらず鯨油が人々の生活と共にあった時代。精緻な美術と豪華俳優陣の熱演によって、かつて世界有数の捕鯨港であったマサチューセッツ州ナンタケット島の姿が蘇ります。
◆ You're on your first Nantucket sleigh ride, Boys.
作品の前半は捕鯨船エセックス号の捕鯨アクションが目を引きます。乗組員たちの連携で嵐を乗り越え、小さなボートに乗り込み巨大なマッコウクジラに銛を突き刺す。捕った鯨から鯨油をとる過酷な作業まで、インパクトのある映像はエンタメ作品であると同時に当時の生活を知ることが出来る学びになります。
〝The story of the Essex is the story of two men.〟
「エセックス号の物語は二人の男の物語だ」と語られていたように、本作では船長と一等航海士を巡るドラマも大変に魅力的でした。
︎︎︎︎︎︎☑︎ Owen Chase(Chris Hemsworth)
一等航海士。捕鯨の経験が豊富で多くの鯨油を持ち帰った実績もあるが、農夫の息子という肩書によって船長の座に着くことが出来ないでいる。
︎︎︎︎︎︎☑︎ George Pollard Jr.(Benjamin Walker)
捕鯨船の乗船経験に乏しいものの、ナンタケット島で代々捕鯨船の船長を排出している名家の嫡男。それ故に実力の有無にかかわらず船長に抜擢されることとなる。
実績と家柄。相反する二人の男を中心に描かれる人間模様は作品を引き立たせる良いスパイスになっています。
◆ No right minded sailor discards what
might yet save him.
経済活動のために近海の鯨という資源を取り尽くした捕鯨船は、更なる獲物を求めてより遠くの漁場へと舵をきることに。そこでエセックス号を待ち受けていた災禍、白鯨との邂逅によって物語は一変します。作品の後半はサバイバルと呼ぶことすら憚られるような地獄のような漂流の日々が描かれていました。
資源を搾取する人間に対する大自然からのしっぺ返し。大海原をポツンと漂う木の葉のようなボートで漂流する人間のなんと無力なこと。人間の小ささを痛感します。
「僅かな水や食料だけで数カ月ものあいだ太平洋のド真ん中を彷徨う」という地獄の中で行われたのが、語り手である老爺の心に重くのしかかっていた非人道的な行為。過酷な大自然の中で為す術の無い非力な人間が「倫理」と「命」を天秤に掛けて下したショッキングな決断。その内容の衝撃さは然る事ながら、「過去を回想する」という作品の構成を活かして一呼吸置くことで、このシーンがより印象的に、鮮烈に、強調されていました。
彼らが犯したタブーこそ、本作が突きつける一番の主題。『白鯨との闘い』という邦題よりも『In the Heart of the Sea』という原題の方がしっくりきます。
◆ We know not its depths, nor the host of creatures that live there.
冒頭で〝The story of the Essex is the story of two men.〟という前提が提示されていた今作ですが、エピローグではエセックス号の船長と一等航海士の後日談について触れられています。
捕鯨経験に乏しかった船長のPollardは、まるで小説の『白鯨』に登場するエイハブ船長のように、船を襲った白鯨への復讐を誓い何度も捕鯨船に乗り込むことになります。一方、今まで鯨油のために何頭もの鯨を仕留めてきた一等航海士のChaseは、銛を手放し商船の船長として、捕鯨船会社のしがらみにも恐ろしい過去にも縛られず自由に海を渡ったといいます。
『In the Heart of the Sea(海の真ん中で)』過酷な体験が二人の男の生き方に大きな影響を与えた事は言うまでもありませんが、白鯨と相対したChaseが絶好の機会にも関わらず銛を撃ち込まなかった描写も何か大きな意味があったように感じます。
ノンフィクションをベースにした作品でありながら、大自然の権化とも言うべき存在としてどこかフィクショナルな描かれていた白鯨。その白鯨の何かを訴えかけるような目と深く見つめ合ったChase。原題の『In the Heart』は単に平面的な「太平洋のど真ん中」を指すのみならず、より広義の「未知なる海の深淵」という意味さえ内包しているように感じました。
未だ人類の叡智が及ばぬ未知なる大海の化身と間近で向かい合ったOwen Chaseという男は、白鯨の瞳を通じて世界の真理の一端を垣間見た。そんなファンタジックな解釈をする余地さえ残す作品であったと思います。
ーIt had pushed man to venture further and further into The Deep, Blue Unknown.
We know not its depths, nor the host of creatures that live there.