衝撃的
実話を元にしていたとは知らず。哀しくて美しい。今の時代ならもっと楽に生きられたのにと思いました。
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『英国王のスピーチ』『レ・ミゼラブル』のトム・フーパーと『博士と彼女のセオリー』で車椅子の物理学者スティーヴン・ホーキング博士を演じたエディ・レッドメインが『レ・ミゼラブル』に続いてタッグを組み、世界で初めて性別適合手術を受けたデンマーク人リリー・エルベの実話に基づいて描いたドラマ。1928年、デンマーク。風景画家のアイナー・ヴェイナー(エディ・レッドメイン)は、肖像画家の妻ゲルダ(アリシア・ヴィキャンデル)と共に公私とも充実した日々を送っていた。そんなある日、ゲルダに頼まれて女性モデルの代役を務めたことをきっかけに、アイナーは自分の内側に潜んでいた女性の存在に気づく。それ以来、“リリー”という名の女性として過ごす時間が増えていったアイナーは、心と身体が一致しない自分に困惑と苦悩を深めていく。一方のゲルダも、夫が夫でなくなっていく事態に戸惑うが、いつしかリリーこそがアイナーの本質なのだと理解するようになる。移住先のパリで問題解決の道を模索するふたり。やがてその前にひとりの婦人科医が現れる……。
実話を元にしていたとは知らず。哀しくて美しい。今の時代ならもっと楽に生きられたのにと思いました。
世界初の性別適合手術を経験したリリー・エルベを題材とした著書『The Danish Girl』を原作とし、『ファンタスティック・ビースト』シリーズのエディ・レッドメインを主演に迎えた伝記映画。 監督は、『英国王のスピーチ』のトム・フーパー。 デンマークのコペンハーゲンで風景画専門の絵描をしていたアイナー・ヴェイナー(エディ・レッドメイン)は、ある時、妻であり同じく画家のゲルダ(『エクス・マキナ』のアリシア・ヴィキャンデル)に女性モデルの代わりとしてストッキングを履くよう促され、女性のような自分の脚を見るや不思議な感覚を覚える。 自分の中にもう一人の女性人格リリーがいることを悟ったアイナーは、ゲルダにその事を打ち明け、リリーとして女装の上パーティーに出かけるのだが…。 途中までは驚くほど自然に心身の性の不一致が受け入れられているように見えるが、そこはやはり1920年代で、同性愛は放射線で化学物質の不均衡を治療できるような「病気」だと考えられていた。 劇中のアイナー同様、女性の動きをよほど研究したのだろう。エディ・レッドメインの美しさたるや。 アリシア・ヴィキャンデルは、初め遊び半分で女装を促すも徐々に女性として目覚めていく夫に翻弄されつつ、かと言って見放さずに新たな関係性を模索しようと葛藤する妻という、非常に複雑な役柄を見事に演じ切った。 アイナーが想いを寄せていた友人ハンスには『ブラックブック』のマティアス・スーナールツ、リリーの恋人には『007』のベン・ウィショーが出演。 愛する夫が徐々に女性と化していくゲルダの複雑な心境は理解できるが、パーティーにしろ、ハンスにしろ、医者の紹介にしろ、自分から誘っておいていざその場になると狼狽を開始するのには閉口した。 今作の映画化には当初、ニコール・キッドマンが名乗りを上げていた。結局、プロデューサーにも出演者にもなり得なかったが、映画の完成には喜んでいたとのことだ。
これまでトム・フーパーの作品はあまりすきではなかったのだけど、エディ・レッドメイン観たさで鑑賞。 涙が止まりませんでした。 リリィ勝手だなぁとか、はよ別れてハンスのとこ行きなよとか思うのだけど、どうしても元夫を離れられない。リリィもゲルダを必要としてる。そこにある、男女の愛でなく、大切に思う誰かへの愛が2人の演技からビシバシ伝わってくる。 ちゃんと描ききってまとまっていて、最期も美しく、トムフーパー監督を見直しました。 ハンスの存在は救いでしたが、プーチン大統領にそっくりという点でも目が釘付けでした。
何をするにも一番最初の人になるってすごい勇気だと思う。何も情報がない中、自分の生まれつきの性に疑問を持つことはすごく怖かっただろう。支えた妻もすごいと思う。2人の人が1人の中にいる不安定さをエディが上手に演じてる。体を張った演技で、すごいと思った。あと、レッドスパローのプーチンがいてびっくり。
哀しい結末だけど、こんなに素敵な映画だと思わなかった!!絵画をモデルにしたインテリアは本当に素晴らしくてあんなお家憧れる🥺一方で、ただ自分らしく生きたいだけなのに…その思いが頭を離れなくて、なんでそんなにリリーが苦しまなくちゃいけないのってやりきれなくなった。あんな哀しい笑顔あるかな😭
トランスジェンダー女性として初めて性適合手術をうけたリリーのお話。 最初は男性として生きていたが徐々に自らの本来の性別を自覚していくリリー。男性から女性への移り変わりをエディはとんでもない演技力で表現しきった。後半はもはやリリーが男性の肉体を持ち男性として生きてきた人物には見えず、ただそこには1人の女性がいるだけだ。 「神様が体を間違えたの」という旨のリリーの発言が胸に深く刺さった。トランスジェンダーは性別が変わったのではない、肉体を間違えて与えられただけの人々なのだと知った。
いつみても感動します。シリアスな内容で考えさせられることが沢山あります。登場人物たちのそれぞれの想いが、愛が溢れています。この映画でエディレッドメインが好きになりました!
エディ・レッドメインの演技がただただ素晴らしい。冒頭はごく普通の男性にしか見えないのに、終盤になると仕草も表情も女性そのものです。声すらも女性のようなので断然字幕で観るのがおススメ。アカデミー賞授賞のアリシア・ヴィキャンデルの熱演も必須!
女性のリリーが自分の中で目覚めていく様子をその表情、仕草で繊細に表現するエディレッドメインの演技力には圧倒される。 特に注目すべきなのは、男装でありながらもどこか女性的な部分を感じとられる彼が青年たちに絡まれるシーン。 どこからみても男性なのに、その中に見るものにも女性を感じさせる。 一度は見るべき映画。
「Les Misérables」や「博士と彼女のセオリー」を始め「ファンタスティック・ビースト」シリーズで知られるイギリスのオスカー俳優エディ・レッドメイン主演の作品。 どのシーンを切り取っても、デンマークの美しい風景と登場人物達が織り成す情景はまるで絵画のようで、繊細でどこか哀しさを覚える音楽が物語の儚さをより一層引き立てています。映画そのものがもはや芸術です。 エディの体当たりの演技に脱帽…というタイトルを付けましたが画面の中にいたのは女性に扮したエディではなく、リリー・エルベという1人の女性そのものでした。他作品出演時のエディとは全く別人です。とにかく凄い。LGBTへの理解が世の中に徐々に広がりつつある今こそ観るべき。少しでもこの映画が気になっている人、エディを知っている人、きっかけは何でもいいのでとりあえず一度観てほしいです。ゆっくりできる時間に一人でじっくり観ることをお勧めします。
それぞれのシーンがいちいち絵画のように美しいし、エディレの表情がほんとに繊細。ゲルダの気持ちを考えると凄く辛いし、これは何角関係なんだ…ってなる。そしてハンスが美しい…
愛する人を救う唯一の手段は、その人の存在を消す事… リリーが、どんどん美しくなる その微笑みが女性よりも女性 年齢も性別も超えた役者さん、その演技力に言葉が見つからない
性を感じさせるシーンがとても多いのですが、エディが演じる女性が、女性よりも女性として輝いていて、女性であるわたしがみても憧れの女性でした。最後のシーンまで見ると、カタルシスを感じられる作品です。
リリー(女性)になってく姿がすてき!
前情報を全く見ずに見てしまった 正直リリーが自己中過ぎて、奥さんが可哀想と思ってしまったが、実話と聞くとなんとも言えない。 女になりたいというときに最後協力してくれた奥さんの愛の深さ。 自分を妻に投影させると本当に辛い。 最後女になってから死んでしまった、というのもじゃあやっぱり手術なんてしなければよかったと思ってしまうが、これが世界初の性同一性障害の手術だったのか…という気持ち。
この作品でエディ・レッドメインを好きになりました。 骨格がしっかり男性ながら、最後はしっかり女性でした。 顔も男性なのに何故か女性に見えてきて… 演技派俳優な彼に惚れました。 この作品を見てからすぐに『博士と彼女のセオリー』を見ました。
遅ればせながら、ようやく視聴。 愛する人が女性になっていく中で一番近くで寄り添えるその計り知れない愛情に感嘆してしまう。 アカデミー賞受賞のも納得できるアリシアの演技は素晴らしい。 最後のスカーフのシーンが涙を誘う。
エディ・レッドメインの演技が、本当に素晴らしかった。初めはアイナーだったのに、いつの間にかリリーにしか見えたくなっていて、女性らしさってこのことを言うんだと、リリーを見て思った。 妻のゲルダも“あなたは精神病じゃない”と、自分も辛い時なのに逃げ出さなかった強さに感銘を受けた。夫=男として愛していただけでなく、人として愛していたからこそ、懸命に支え続けられたのかもしれない。 人を愛することの素晴らしさを感じた、涙が止まらない素敵な作品だった。
1930年代はまだまだ同性愛についての情報のない時代だったのでしょう。この夫婦が直面した愛の問題は、愛し合い、お互いのことを深く知り、お互いの幸せを願っているからこそ見えてきた問題かもしれません。 これは単純に「夫が身なりを"女性"にかえたけれど、ふたりは人間愛で繋がれている」といった単純な話ではないように思えます。 性の問題を語れるほど知識があるわけではありませんが、男性として生きながら女性の心理を抱えてきたアイナーですが、結局自分の男性としての外見を完全に否定して女になりきろうとする様は、実は一番男女二元論的な発想なのかもしれません。 夫婦愛や人類愛、母子愛、実はどれともいい表せない未知の愛の形が、漠然とした虚無感にも似て二人に突きつけられ続ける様は、ある意味恐怖とも言えます。 アルター、ゲルダ、二人のエゴを垣間見たり、誰かと関わる以上そこには必ず何かしらの依存関係があるような、人間の奥深い闇も少し感じます。 その深い部分で怖くなるようなテーマを突きつけられながらも、ラストシーンのスカーフが風でどこまでも飛んでいく様子には感覚的に苦労が全て開放されていくような希望を感じることができました。
ファンタビの主人公役のエディが出ると聞いて鑑賞。 エディが女装する?というだけの事前知識で、妻にバレてあれこれハプニング〜!みたいな感じかなと思って軽い気持ちで観ていたら、想像以上に重い話だった。 性同一性障害のこころとからだが噛み合わないもどかしさ、それを分かってもらえないあの時代の人々の残酷さ(これは現代もかも)、夫に夫でいて欲しい妻の葛藤、などなど… それだけならものすごく重たい話として胃もたれする所だったけれど、リリーの周りがリリーを受け入れようとしてくれている優しい人達だったのが救い。普通女装してる人を見たらえっ…?ってなると思う。でもこの映画では基本ちょっとびっくりしつつも、リリーはリリーと認めている。特に妻はずっと夫として愛していて、無償の愛にちかい献身ぷり。夫婦だからってあそこまでしてあげられるものだろうか…夫婦であって友人であって、つまる所究極的にパートナーなんだろうな。愛だな。 ただリリー本人が一番自分を否定していて、一刻も早く手術を受けなければリリーになれないと焦ってしまっていた気がする。 最後、「やっと本当の自分になれた」と微笑んだのがとても切ない。風に飛んで行くスカーフを見送って、笑っていた妻がどうか幸せになって欲しいと願うばかり。 ところであの時代に膣を作る手術ってどんなものだったんだろう? あと舞台セットにお金が掛かってるのかいないのか…アトリエってもっとごちゃごちゃしてると思うんだけど、二人の家が家具なさ過ぎて逆に気になってしまった…