人と違うことは許されるのか
森で生活する一家、勉強もできるし体力も並大抵ではない。普通に生活するよりも素晴らしい能力を手に入れてるにもかかわらず、社会に認めてもらえない。おかしいことはしてないのに、同じ考えを持つ人が少ないと生きにくいし、楽しくないんだろうな。私の理想の生活が詰まっていた。
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『ロード・オブ・ザ・リング』に出演し『イースタンプロミス』でアカデミー主演男優賞にノミネートされた名優ヴィコ・モー テンセンが主演を務める。ベン・キャッシュ(ヴィゴ・モーテンセン)と6人の子供たちは、現代社会に触れることなくアメリカ北西部の森深くに暮らしていた。父仕込みの訓練と教育で子供たちの体力はアスリート並みで、みな6ヶ国語を操る。しかしある日入院していた母・レスリーが亡くなり、一家は葬儀のため、そして母の最後のある“願い”を叶えるため旅に出 る。葬儀の行われるニューメキシコまでは2400キロ。チョムスキーは知っていても、コーラもホットドッグも知らない世間知らずの彼らは果たして、母の願いを叶えることが出来るのか......。 (※ノーム・チョムスキー=アメリカの哲学者、言語哲学者、言語学者、社会哲学者、論理学者。)
森で生活する一家、勉強もできるし体力も並大抵ではない。普通に生活するよりも素晴らしい能力を手に入れてるにもかかわらず、社会に認めてもらえない。おかしいことはしてないのに、同じ考えを持つ人が少ないと生きにくいし、楽しくないんだろうな。私の理想の生活が詰まっていた。
森の中で近代社会から孤立した生活をしていた家族がとあるきっかけで、社会に少しずつ順応していくという物語。 普通ではない生活をしている主人公一家は、普通の生活をしている祖父母と当然ながら衝突する。普通の生活とは何か、普通の人生とは何か、今一度考えさせられる。 全編を通して映像は凝っている。そして音楽の使い方がいい。Guns N' Roses 「Sweet Child O' Mine」とか懐かしい。ゴルドベルグ変奏曲を使う際にグレン・グールド版を使うあたり、よくわかっている。 ウィゴ・モーテンセンの視線や表情の演技はやはり好きだな。
原題は『captain fantastic』。 資本主義への嫌悪から、森の中で暮らすようになったとある家族。父親であるベン(ヴィゴ・モーテンセン)は、徹底したスパルタ教育によって子どもたちが一人でも生きていける力を身につけさせようとしている。 そんな中、神経を患らったため離れて暮らしていた母親が自殺したことで、家族は再び社会と関わらざるを得なくなっていく。 なんでもできるヴィゴ父ちゃんは、性教育もお手の物。肉体的にだけでなく、精神的にも、さらに先人の知恵(法、歴史、社会構造など)も身につけさせている。しかし、子どもたちは一般的な社会生活を送る者とはかけ離れた存在となってしまっており、後半はそれを認識することで苦悩する。 資本主義を否定しているため、海外版『万引き家族』なシーンも。 劇中で誕生日を祝われているノーム・チョムスキーはアメリカの無政府主義哲学者。「人文社会学の巨魁」「現代言語学の父」と評される。 葬式でのシーン、ベンをはじめとした家族の服装がオシャレすぎる。 結論、嫁の親が富豪で良かったと感じたが、終盤に叩きつけられる敗北感と喪失感は堪らない。結果的には、最初寄りのちょうどいい生活に落ち着いて安堵といったところか。
何が正しいのか、何が良いのか。普通って?常識って?上手くバランスを取って生きていきたい現代だなと。便利な世の中だけに忘れてしまう事も、だけど世間から隔離して生きていく事も出来ない現実。孤立が良からぬ方向に走ってしまわないように。主人公の父親の子育ての中での葛藤がすこし分かります。笑えるし泣けるし最後は良き終わり方です。
ベンと子供たちの送る森での生活を最高だと感じる私自身、世間からかなりズレているのかもしれない。(こんな自分が子育てしてなくて良かった!笑。いや、こんな自分こそ子育てすべき?笑。) 理想を貫くことで過ちを犯すこともある。反面、世間体やルール、権力に縛られて、真に大切なものを失うこともある。「中庸」という言葉の重要性を感じつつも、この作品がもし「中庸」ということの重要性を訴えているとしたら、なんてつまんない映画なんだろう、でも、そうじゃない気がする、とモヤモヤしていた。映画本編を見た後に、YouTubeで予告特別動画を見て、「どれだけ異なる世界を許容できるかが本作のテーマだ」というコメントに触れて、やっとスッキリした。なるほど。他者を許容する力、寛容さを失いつつあるように見える今日の世界に対して、これほど強烈なメッセージがあるだろうか。 世の中にいろんな主義主張が溢れているけれど、21世紀に生きる私たちは、それぞれの脆弱さも知っている。そんな現代だからこそ、この作品の良さがわかる。「中庸」つまり完全なる真ん中を選ぶなんて人間はできないんじゃないかな。だとしたら、それぞれが偏りを許容する力を持つしかない。それこそが人間の叡智なんじゃないだろうか。 しっかし、チョムスキー誕生祭には笑った!サイコー! 笑いながら、泣いて、そして深く考えさせられる、こういう映画、私は大好きだ。 あ、これからは感想を述べる時にはinterestingは使わないようにしなくちゃ!笑。