どこかにいそうな人
気になっていた枝監督の作品。 光がとても綺麗だった。 二人がどこかにいそうな普通の生徒にしっかり見えた。 モトーラさんがああいう声だったとは、初めて知った。
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監督の枝優花がいじめによって声が出なくなってしまった14歳の頃の経験を作品に取り込んだ青春映画。いじめをきっかけに声が出なくなった小原ミユリ(保紫萌香)。ミユリの唯一の友達は、山の中で拾い「紬」と名付けた蚕。窮屈で息が詰まるような現実から、いつか誰かが救い出してくれると願っていたミユリだったが、いじめっ子の清水に蚕を捨てられてしまう。そんなある日、絶望したミユリの学校に「富田紬」という少女(モトーラ世理奈)が転校してくる......。
©2017「少女邂逅」フィルムパートナーズ
気になっていた枝監督の作品。 光がとても綺麗だった。 二人がどこかにいそうな普通の生徒にしっかり見えた。 モトーラさんがああいう声だったとは、初めて知った。
蚕の話のとき、先生がボソッと言った「人間にとって大切なのは外側だけ」という言葉が、人間は外見が一番大事でそれに大きく左右される(あまり良くない意味で)というような意味合いを含んでいるようで印象に残った。 その言葉が伏線だったのかは分からないくらい、主張なくなんでもないように映像の中では表現されていたように思うけど、ミユリの夢の中でその言葉が生きていたように感じた。
ミユリと紬の関係が羨ましくもあり、目を背けたくなるほど苦しくもある。 キャッチコピーの通り、お互いに依存し必要とし合う二人。 主題歌・挿入歌の水本夏絵さんも素晴らしく、エンドロールでは胸が締め付けられた。 若い人にも、大人になった人にも観てほしい映画。
きついけどまた見たくなった 紬の言葉を思い返して苦しくなるけどもう一度見ねばと思う
いじめを受けて心を閉ざす少女、小原みゆりが転校生の富田紬と出会い、交流することで、人として成長し羽ばたいていく物語。 と、あらすじだけ書くとありきたりのようにも思えるけど、無垢さと残酷さが共存している思春期真っ只中の少女の感情の機微を丁寧に描いていて、自分は男だけどみゆりの気持ちも紬の気持ちもわかったしどちらにも共感できた。 岩井俊二作品の、特に篠田昇さんに通じる淡い映像も作品に合っていてよかった。 多少の荒々しさがあるものの、それを帳消しにする溢れるほどの瑞々しい感性。監督はまだ若いのでこの感性を失わないでこれからも撮り続けてほしい。