イギリスの汚名
イギリスの汚名とも言えるこの出来事。 事実に基づいた正確な情報と表現は辛い思い出鑑賞させていただきました。 後半までは英語がわかりにくく、和訳との不一致についていけませんでした。
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マイク・リーが、1819年にイギリスで起きた事件「ピータールーの虐殺」を映画化。1819年、ナポレオン戦争後の困窮の英マンチェスター。深刻化する貧困問題の改善を訴え、政治的改革を求めた民衆6万人がセント・ピーターズ・フィールド広場に集まった。そこに、民衆運動の鎮圧のため、英国政府の騎兵隊が群衆の中へ突撃する。多くの死傷者を出し、英国の民主主義において大きな転機となった事件を描く。
イギリスの汚名とも言えるこの出来事。 事実に基づいた正確な情報と表現は辛い思い出鑑賞させていただきました。 後半までは英語がわかりにくく、和訳との不一致についていけませんでした。
私はこのピータールーの大虐殺をこの映画を見るまで全く知らなかった。だが見ていて一番思ったことは、民衆の不満も、為政者の圧政も、踏みにじられる民意も、現在の世界となんら変わっていないということだ。 舞台はナポレオンとのウォータールーの闘いを終えた後のイギリス、マンチェスター。産業革命後の庶民の暮らしは毎日繊維工場に通い、朝から晩まで働きづめで、パンを買うのもやっとの社会。 当時のイギリスでは、選挙権があるのは貴族以上の特権階級のみ。農民や労働者階級には投票権すらない時代だ。圧政に苦しむ人々はフランス革命にも勇気付けられ、全ての男子(女子選挙権はまだまだ先の話)に選挙権を求める運動を起こし、ピーターズ広場で初めての大規模な集会を計画する。 平和的なデモ行進と集会が、国家による武力介入によって、あっという間にドロ沼の大量虐殺の場へと変わる。武器を持たない民衆に刀を振るうイギリス軍。虐殺の場面は克明に描かれ悲惨この上ない。 イギリスの歴史上の汚点ともいうべきこの虐殺の後、全ての男子に選挙権が与えられるのは1884年、65年も後のことになる。それが女子まで及ぶのは1918年、ほぼ100年後のことだ。 過去の市民の文字通り血と汗で掴み取った選挙権を行使するものが50%程度しかいない現在の日本。議員は庶民の代表であり、民意を反映するためにいるということを、今の日本のほぼ世襲になってしまっている国会議員たちは、理解しているのだろうか? 本作を見ていて、天安門を思い出したし、今の香港に重ねて二度とこのようなことがあってはならないと感じた。表面的に進歩しているようで、世界はいつの世も支配者と労働者に分かれ、圧政に苦しむ姿は変わらない。 だが、繰り返す歴史の中で、あきらめない気持ちも同じなら、革命を起こせる民衆の力を信じるのも同じだろう。 これをただの悲劇と捉えずに、民主主義をつかみ取ってきた民衆の力の礎となった出来事と捉えたい。 *映像的には、画面そのものが芸術。まだ電気のない時代、窓から差し込む日差しに映し出される人たちは、まるでフェルメールの絵画のようであった。 *こういう作品にAmazon が金を出すということ自体びっくりなのだが、配信を前提にしていれば上映時間の制約など気にせずにすむし、逆に言えばAmazon がそれだけ儲かっているってことか。どちらにせよ、作り手としては有り難い環境だろう。
まず思い出したのは、中学校で見た「山が動く日」 内容は女性の参政権運動で、女性にも投票権を勝ち取る…というものだった。 今も香港や、フランス、アメリカなどで国家や政府に対し声を上げて戦っている人達がいる。 今ある権利は決して当たり前に与えられたものではない。それを思い出させる映画だ。
長く、途中退屈してしまった。言葉の応酬が疲れた
前世紀のイギリス版天安門事件とでも言えばわかるか? 今の時代にこの映画が作られた意味… 特権階級・富裕層が政治を好きなようにし、全体主義がはびこり、庶民は国に仕えろと命令する時代。 国と為政者はイコールではないはずなのに、政権に逆らうことが国に逆らうことと問題をすり替え、国民を虐げる。 権力者による民主主義の否定は、イギリス、アメリカ、日本など、世界中で起こっている、という痛切な皮肉というか嫌味というか、のために、この映画は作られたと思いました。