古き良き小津作品
午前十時の映画祭にて鑑賞。小津監督の作品を大きなスクリーンで観る、イキである。 他愛もないし昭和テンポのストーリーながら退屈せずに魅せられるのは何故だろう。映像がいちいち美しい。 小津ブランドだからと言うわけではない、古き良き素晴らしい作品である。見た後心が洗われるような気がする。
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老舗の造り酒屋一家に起こる悲喜こもごもを、小津安二郎監督が名人芸とでも言うべき軽妙なタッチで綴った一作。関西にある老舗の造り酒屋の老主人・万兵衛(中村鴈治郎)は65才になり、今は経営を長女・文子(新珠三千代)とその婿・久夫(小林桂樹)に任せて隠居の身。画廊に勤める亡くなった長男の嫁・秋子(原節子)と次女・紀子(司葉子)の行く末が悩みの種だった。ある日、万兵衛の様子がおかしいことに気付いた娘夫婦が心配して調べてみると、万兵衛が昔の妾(ルビ:めかけ)つね(浪花千栄子)とよりを戻していたことが分かった。
©1961 東宝
午前十時の映画祭にて鑑賞。小津監督の作品を大きなスクリーンで観る、イキである。 他愛もないし昭和テンポのストーリーながら退屈せずに魅せられるのは何故だろう。映像がいちいち美しい。 小津ブランドだからと言うわけではない、古き良き素晴らしい作品である。見た後心が洗われるような気がする。
京都の造り酒屋の一家の話。死んだ長男の嫁と次女に同時に縁談が持ち上がる中、当主万兵衛はかつての愛人と再会し、やけぼっくいに火がつく。老いらくの恋に身をやつす万兵衛に家族は困惑するのだが。この映画の本当の主役は、原節子でも司葉子でもなく、万兵衛に扮する中村鴈治郎。娘の結婚のため、自らの犠牲も厭わないいつもの小津映画の父親とはまったく正反対の人物像を飄々と演じている。謂わば狒々爺なのだが、この人が演ると下品に見えない。粋にすら見えるからすごい。結局娘二人は、家族のことを慮りながらも、自らの意志を通して縁談を断ることになる。これは常に自分に忠実であった父親の姿に後押しされたからではないか。終盤火葬場の煙突から上る煙を見つめる小早川家の人々に、万兵衛に対する羨望の眼差しが見てとれたような気がしてならない。
きれいな映画である。 原節子と司葉子がそれぞれ違った美しさをもっていて見惚れてしまった。 中村鴈治郎も何とも言えない色っぽさというか、隠しきれない玄人感があってよかった。 現代的と古典的のコントラストが強調された映画であった。 主題が少し掴みづらく思ったが、将来の気を揉まれていた二人の女性がそれぞれ未来を選択することか? そう考えると、これもまた古典的な問題に対する現代的な回答という意味で、コントラストである。 父親が妾のところに通うことに対する、長女の嫉妬が登場人物の中でいちばん強い感情だった。