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グレース・オブ・ゴッド 告発の時 ポスター

グレース・オブ・ゴッド 告発の時

3.7 137分 2020/7/17(金) 公開
ドラマGフランス
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あらすじ

フランソワ・オゾンが神⽗による児童への性的虐待事件「プレナ神⽗事件」をもとに映画化。妻と子供たちと共にリヨンに住むアレクサンドルは、幼少期に自分を性的虐待したプレナ神父が、いまだ子供たちに聖書を教えていることを知り、家族を守るため過去の出来事の告発を決意する。最初は関りを拒んでいたフランソワ、長年一人で傷を抱えてきたエマニュエルら、同じく被害にあった男たちの輪が徐々に広がっていく。教会側はプレナの罪を認めつつも、責任は巧みにかわそうとする……。

場面写真

予告動画

グレース・オブ・ゴッド 告発の時の予告編を再生

キャスト・スタッフ

監督
フランソワ・オゾン
キャスト
メルヴィル・プポー/ドゥニ・メノーシェ/スワン・アルロー/ジョジアーヌ・バラスコ/エレーヌ・ヴァンサン ほか
配給
キノフィルムズ/東京テアトル
公式サイト
http://www.graceofgod-movie.com/

クチコミ

KZK ネタバレ

心の傷は簡単に癒えず

- 6年前
※本文にネタバレがあります ネタバレを読む

2時間半くらいあったのかな。実話ベースという事もあり、また被害者一人にスポットライトを当てるのではなく複数の被害者にスポットライトを当て負った傷、深い苦しみを丁寧に描いておりあっという間に時間が過ぎとても見応えのある作品に感じた。 宗教団体が国の一つの省庁となりそこの汚職と戦うのはやはり並大抵の事ではない。いろんなしがらみから加害者を守ろうと働き、それがかえって被害者達をさらに苦しみ未来を不安にし暗くする。 今作で描かれていた被害者達も何度も挫折をした。しかし被害者同士が交流し、互いに意見を交換し合い時間を共にする事で戦う姿勢、火を消す事なく戦い続ける事ができたのではないか。 このあたりの戦う描写は非常に心に響くものはあった。 この事件は加害者の神父を罰することはできたものの、組織自体を罰することは現時点ではできていない事がエンドロールで伝えられた。 ただ彼らが動いた事で、これ以上の加害者を生む事への防止、そして時効の引き延ばす事は成功した。これはこれから生きる若い者達の未来へ大きく貢献したわけだ。 では加害者達の心の傷は癒える事ができたのか。残念ながらこの作品だけではそれは分からない。少なからず動く前、そして動く事なく真実を闇に葬る事に比べたらいくらか傷は癒えたのかもしれないが、完全に癒えることはないように思える。 加害者の神父はその時の出来心のような発言をしていたが、加害者にとっては一時の行動にすぎなくても傷つけられたものは、そしてその家族は生涯におってその傷と付き合っていかなくてはならなくなる。 また人の心の傷とはなかなか理解しにくいものである。 家族ですらそれが分からず、我慢を強いたり、この作品内でもあったように「何で今更告発を?」なんていった言葉が出たりしてしまう。 それはもちろん仕方のない事かも知れない。人の心の傷なんてものは十分に理解できる方が数少ない事であろう。だから大切なのは人を傷つけない、そして時には傷つけないように守ってあげる事が大切になってくるのであろう。 そういう気持ちが時として周囲に傷ついたものが現れた時、少しは理解する事に繋がるのではないかと思う。 昨今で言えばネット上の誹謗中傷なんかも同じ事が言えるのではないか。 この作品を見て改めて人を傷つけない事、そして相手を思いやる事へのを大切さを感じ、そしてそれ以上に自分が傷つかない事の大切さも感じさせてもらった。 人の心は思ってるいるよりも脆いものである。人を優しくし傷つけない事は当たり前だが、自分のことも大切にしないと簡単に心は壊れ人生を奪われてしまう。 人の心の大切さを改めて考えさせてくれる、そんな作品だった。

心の傷

- 6年前
※本文にネタバレがあります ネタバレを読む

フランスで、長年数百人にも及ぶ未就学男児への性的虐待を続けてきた神父に関する訴訟、「プレナ神父事件」を映画化。 ドキュメンタリーではなく、訴訟記録や証言から、再現フィルムのように作られた作品。 被害者は支えてくれる人の存在があって、言う勇気がでるのだなと。 そして恐怖と嫌悪感から身を守るためと、世間の好奇の目や仕事を喪う恐怖から、「なかったことにしたい」と思って沈黙する道を選ぶことが多いのだなと。 沈黙は更なる被害者を増やし、犯罪に加担することであると気づくまでに、人々は2~30年かかるという現実。 3人の視点で描いたのがよかった。 敬虔なキリスト教徒ゆえに、自分の子供たちを守りたい気持ちと、教会を変えたいという思いで訴訟という形で告発した「0から1にした」アレクサンドル。 棄教し、怒りからマスコミを使って世界に発信し、被害者の会を作った「1を100にした」フランソワ。 トラウマから、パニックを起こして失神を起こす障害を抱え、仕事も家族も持てなくなった「100の中の1」エマニュエル。 3人がそれぞれ、告発の<葛藤>、社会や家族との軋轢という<代償>、告発によって生まれた<希望>を表していたように思う。 そして浮かび上がらせたのは、犯人のプレナ神父は、自分が小児性愛者で、レイプ依存症であることを自覚していて、隠していなかったこと。 プレナは告発されるたび認め、子供に触れられないように、解任を(企業で言えば上司に当たる)地区教会の歴代枢機卿に訴えてきた。 しかし、組織を守るためと、プレナが信者と寄付金を集める才能に長けていたため、教会はずっと事件を隠蔽。 被害者の家族に「子供に触れさせない場所へ異動させた」と嘘をつき、町を変えただけで、プレナに同じ聖歌隊やボーイスカウトで子供に教える仕事を続けさせていた。 これ、完全に教会および枢機卿による、隠蔽と犯罪拡大(幇助)。 なのに、悪びれず「神が試練を与えた」「時効は神の祝福で罪を逃れられてよかった」と言い続ける枢機卿に、一番の怒りを抱きました。 別の事件ではあるが、神父の性的事件を告発するに至るまでのマスコミの苦闘を描いた『スポットライト 世紀のスクープ』と併せて見ると深みが出ると思います。 映画作品では『スポットライト ~』のように、訴訟に持ち込んだ人達の正義感の達成で完結することが多いと思うのですが、本作は訴訟が起きるまで言えなかった、普通の映画であれば「モブの一人」の心に至るまで、多角的・多面的に切り込んだところに意義があると思います。 時間的に、少々長すぎるのが難ですが。 2020年7月時点で未だ係争中ゆえ、この結末は今後も見守っていきたいと思いました。

神父の罪

- 5年前
聖職者でありながらこのような罪を犯し多くの人を傷つけただけではない。人々に教会への不信を抱かせ、神への不信さえ抱かせてしまった罪はさらに重い。プレナ神父は人間が作った法により裁かれたが、心から悔い改めなければ死後の行き先はどこになるか。キリ… 続きを読む

聖職者でありながらこのような罪を犯し多くの人を傷つけただけではない。人々に教会への不信を抱かせ、神への不信さえ抱かせてしまった罪はさらに重い。プレナ神父は人間が作った法により裁かれたが、心から悔い改めなければ死後の行き先はどこになるか。キリスト教が形ばかりになり、本来イエスが教えたあの世のことが、神父になる人たちにさえ、もはや伝わっていないということがよく分かる。神父が罪を犯したからといって神を否定するのも、論理の飛躍であり誤りである。

グレース・オブ・ゴッド

- 6年前

聖職者による少年への性的虐待の事実も許されない罪だけど、それを隠蔽するカトリックの体質も、性犯罪を繰り返す聖職者とわかりながら職に就かせた事も、全てが悪質。 罪を憎んで人を憎まず、なのか。 神って何なのか考えさせられる。

告発の刻

- 6年前

じかんの流れを感じさせる作品

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