長年共にしてきたから生まれる深みのある愛
starstarstarstarstar - 5年前
※本文にネタバレがあります ネタバレを読む
ソ連からイスラエルに移民してきた夫ヴィクトルと妻ラヤの熟年夫婦姿を描いた作品。
この夫婦はソ連で過ごしてきた時は国民的な声優として活躍していた。イスラエルでも映画の吹き替え声優業を希望していた2人だが、国内全体が娯楽に興味を抱き人が集まる事がないため当初は中々吹き替え声優業の職が見つからない。
ヴィクトルはチラシ貼りを始める。ラヤは情報不足で面接にいった職場で若々しい声を持っている事を評価されテレフォンセックスいわゆるテレクラ?みたいな仕事をヴィクトルに内緒で始める。
ヴィクトルは夫婦でまた声優として働けるよう、いろんな場所、人を必死にあたるがラヤは今の仕事で自分の声を評価し喜んでくれる人と出会う事で喜びを感じてしまう。
ラヤはその浮かれた気持ちでヴィクトルに接するが妻だけ働いて自分はきちんと働けてない状況に苛立ちや不安を抱えてる事もあってかラヤに優しく接する事ができない。
そんなヴィクトルも一時は映画盗撮で捕まりかけたが要約声優業の仕事が見つかり浮かれる。そんな矢先に新聞広告にあったテレクラに電話しラヤが働いてる事を知る。
そこから2人は一時的に別々に暮らし始める。ラヤはそして電話越して自分を愛してくれる客と出会う事になる。ただ客とあったラヤだがラヤの存在を理解しておらずあくまで声だけを評価し、若い女性であると勘違いしていたから評価されていた現実を改めて感じ大きく傷つく。
最後は緊張関係にあった隣国のリーダーフセインがミサイルを発射し国内がパニックに。別々にいたヴィクトルはラヤを必死に探しそしてキスをして仲直りしたところで話は終わる。
非常に心温まる熟年夫婦を描いたヒューマンドラマでありとても好きな作品となった。
特に好きなのはヴィクトルの姿。ラヤの事を愛しているのは伝わる。車で職場まで送りなにかあればすぐに飛びつき、仕事探しも共にし、彼女の事を常に考えてるのはとても伝わる。ただ愛情表現はおそらく昔のような情熱さは薄れていってるのだろう。言葉や行動で表すようなストレートな愛情表現はない。
一方ラヤはヴィクトルを立ててサポートしているのがわかる。彼に逆らう事なく常に彼の意見を尊重しているのが伝わる。
もちろん長年共に過ごせば不満はある。それも夫婦にはつきものであろう。ラヤはテレクラの仕事を始め、ストレートに愛情表現をしてくれる事に長年求めていた欲を刺激されヴィクトルにぶつかってしまったわけだ。
時には相手が持っていないものを持ってる他人に魅力を感じてしまう事もあるだろう。でも所詮他人は他人。ヴィクトルの最後の行動のように結局自分の事を誰よりも思っているのが妻であり、夫である。
ヴィクトルが最後は自然とラヤにキスをする事でラヤが長年求めていたストレートな愛情表現を得られる事ができ幸せそうな姿はこの作品の最も美しいところだ。
ヴィクトルがラヤのテレクラを知ったところや、ハンマーで思い出のビデオを壊すところ、ハンマーで暴れたのが原因で賃貸から追い出されるところとシュールな笑いもあり非常に楽しませてもらった。
ヴィクトルの容姿そして繊細で神経質な性格な所、そして愛情表現が不器用だが優しさに溢れてる姿が数年前に亡くなった祖父に似ている事もあってかとても心温まる大切な作品となった。
いろいろ考えてしまった
starstarstarstarstar - 5年前
ストーリーは正直いって大した話ではないのですが、イスラエル映画であるにも関わらず全編ロシア語、急に配給が決まったり何か意図的なものを感じました。フセインの化学兵器をシニカルに描写しているのも、イスラエルが置かれている立場も微妙に変わってきて… 続きを読む
ストーリーは正直いって大した話ではないのですが、イスラエル映画であるにも関わらず全編ロシア語、急に配給が決まったり何か意図的なものを感じました。フセインの化学兵器をシニカルに描写しているのも、イスラエルが置かれている立場も微妙に変わってきているのかもと。ロシアが中東から手を引いて自国を固めているのもなんとなく垣間見えました。単純な夫婦間のすれ違いを描いているようで、作為を感じてしまうのは私だけなのだろうか。
映画を愛した夫婦が、映画に愛される物語
starstarstarstarstar - 5年前
様々なテーマが詰まっているので、いろんな切り口から語れる映画でした。
男と女の違いだったり、夫婦像の固定概念だったり、移民問題だったり…
それぞれ一晩中語れる勢いです!(*゚∀゚*)
そんななかで私が最も注目したのは、声優であるヴィクトル… 続きを読む
様々なテーマが詰まっているので、いろんな切り口から語れる映画でした。
男と女の違いだったり、夫婦像の固定概念だったり、移民問題だったり…
それぞれ一晩中語れる勢いです!(*゚∀゚*)
そんななかで私が最も注目したのは、声優であるヴィクトルが役者に転職出来ないところ。
長くなりますが
活動弁士が衰退した後、日本では洋画を字幕で観る文化が定着していた為、俳優業だけでは食えない人が副業で声の仕事に流れた経緯があり…(実際レジェンドと呼ばれるような人の中には「声優」と呼ばれるのを嫌った方もいます。)
その後、海外ドラマや洋画のテレビ放送が増え、ジャパニメーションの発展と共に「声優」の認知度が上がり、今ではむしろ憧れの職業ですけどね。
なので、私の中では「俳優」も「声優」も“演じる”という基本は同じで、声の表現とテクニックを使ってお芝居する人が「声優」という認識でした。
だから俳優に転向できないヴィクトルに驚き
「同じ声優でも、“吹き替え声優”はアプローチが違ったんだ〜!」と気づきました。
「声優」と一括りに思っていましたが、お仕事としては大きく二つに分かれていて
アニメなどに命を吹き込むアフレコと、既に完成している作品の魅力を伝えるアテレコ。(=吹き替え)
もちろん一概には言えませんが、イメージとしては
アフレコがゼロから肉づけていくクリエイティブな作業だとすると、
アテレコは作品を理解して意図に沿うよう表現する…どちらかと言えば職人的な作業のように感じます。
ヴィクトルは自分自身が「吹き替え声優」だという事を誰よりも良くわかっていたし、
映画という豊かな世界を観客に届ける「吹き替え声優」という職業に誇りを持っていた。
そう。映画は観客に届いてこそ映画だし、むしろ観客が観ることで初めて映画として完成する。
私達は映画を自分で選んで見ている気になっていますが、映画が観客の前に並ぶまでには、配給会社や興業主はもちろん、様々な人たちが関わっている。
そんな作り手と受け手の中間に位置する人達のなかには、映画の魅力の虜となって「商売度返しでも観客に届けたい!」という使命感で携わる“映画のしもべ”も数多くいる。
ヴィクトルは間違いなく映画を愛する映画の奉仕者だった。
妻への愛を拗らせたときに観る『ボイス・オブ・ムーン』のワンシーン。
映画への無償の愛が、映画からの愛に救われる瞬間でした。
そういった意味で言うと、妻のラヤはアフレコも出来る「声優」だったと思えます。
持ち前の順応力と適応力でゼロから居場所を作っていけるし、電話のお仕事でも相手に合わせたアドリブでゼロから役を作っていける。
自分の声を得たラヤは、ロシア時代には無かったであろう、自分自身の自由な表現に目覚めていくけれど…
やはりラヤも、映画への敬意が人生のターニングポイントとなる。
映画を愛した夫婦が映画に愛される映画でした。(*´ー`*)
ネタバレなしのレビューを心がけていますが、一つのシーンのちょっとしたカットに、それぞれの立場からの心理が描かれていて、その積み重ねが本当に素晴らしい!
(だから、いろんな角度から語りたくなるのですが…)
具体的に挙げるとキリが無いので、2つだけ紹介させていただきたい!
まずはネタバレの影響が少ない、ファーストシーン
ロシアからの移民達を乗せた飛行機のタラップから降りる、この短いシーンただけで
ヴィクトルの亭主関白ぶり、ロシアでの特権階級ぶり、そして「自分よりも妻を優先して大切に扱っている」と思っている節がうかがえます。
逆に妻のラヤは、今の自分達の立場を敏感に感じ取りながらも、この場を早く収める為に従順に笑顔を作る。
これまでの夫婦関係と、これからの夫婦関係のズレの始まりが見事に表現されています。
二つ目は慣れない仕事で痛めたヴィクトルの足をラヤが癒すシーン。
カメラが見下ろすアングルで描く“献身的なラヤ”はヴィクトルを思う愛情から、この仕事はしないで欲しいと頼むが、それは暗に「こんなのはあなたの仕事では無い」と言われたようなもので、見上げられているヴィクトル側は「家長として威厳あるヴィクトルでいて欲しい」といったプレッシャーを感じる。
そもそもロシアとの待遇の違いでプライドが傷つけられている上に、経済的な主導権交代の焦りから、益々相手を見る余裕が無くなって負のループにハマっていく…これまた見事なシーンでした。
異国でのゼロからのスタートには、夫婦の愛情や信頼が頼りなのに、
「常に夫は妻を守らなければならない。」→「妻よりも上の立場でなくてはいけない。」といった固定概念に縛られて、本当に彼女が求めている事が見えなくなっていく。
愛あるが故のすれ違いが辛いですが、悪気が無くてもトンチンカンな愛は、やっぱり押しつけの自己満足でしかない。
お互いを見つめる事が大事ってことですねd( ̄  ̄)
あと、書いておきたいのは、なんと言ってもフェリーニの素晴らしさ!
『ボイス・オブ・ムーン』公開当時、張り切って日比谷シャンテへ観に行き
「なんか、よーわからんけど、とにかく愛だな。」なんて生意気にも思ったものでした。
今の自分が見直したら、全く違う映画に見えてくるかも?
同じ映画でも、観る人の人生によってそれぞれ響くポイントが違ってくるのも映画の味わい深いところですよね。
若い頃には響いてこなかった部分がわかるようになったり。雪国で育った人はそんな景色だけで胸に去来するものがあったり。
結局、観客は映画を通して今の自分を見つめ直しているのではないでしょうか?
2018年『運命は踊る』2019年『テルアビブ・オン・ファイア』2020年『声優夫婦の甘くない生活』イスラエル映画から目が離せませんな〜(*´∀`*)
素晴らしい映画との出会いに感謝したくなる映画でした。
何年経っても難しい
starstarstarstarstar - 5年前
※本文にネタバレがあります ネタバレを読む
夫婦って何年経っても、難しいんだなぁ…
そして、どこの国でも、一緒なんだなぁと。
がんばって体張ってでも稼ごうとする奥様と、プライドを持って仕事がしたい旦那様。
思ったより“爽やか”なお話じゃなかったし、その割には最後の方は都合が良くて、なんかなーと思ってなったが、まぁ全体的には良かった映画でした。
夫婦とは、ユダヤ人とは
starstarstarstarstar - 5年前
ロシアから戦後イスラエルへ移ったユダヤ人夫婦。
彼らのプライドと夫婦間のパワーバランスが根底に流れる。
相手を思うが故のすれ違い。
また子供を作らなかった夫への女の怨念と哀れさも感じられれ切ない。
ラストの夫婦愛を取り戻すシーンにはもっと力を入れてほしかった。