☆4.3
いつかこうなるかもしれない自分、こうなる姿を見なければならないかもしれない大切な人、既にこうなっている家族、どれを想像しても怖くて辛かった。
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老いによる喪失と親子の揺れる絆を描いた作品。ロンドンで独り暮らしを送る81歳のアンソニーは記憶が薄れ始めていたが、娘のアンが手配する介護人を拒否していた。そんな中、アンから新しい恋人とパリで暮らすと告げられショックを受ける。だが、それが事実なら、アンソニーの自宅に突然現れ、アンと結婚して10年以上になると語る、この見知らぬ男は誰だ?なぜ彼はここが自分とアンの家だと主張するのか?ひょっとして財産を奪う気か?そして、アンソニーのもう一人の娘、最愛のルーシーはどこに消えたのか?現実と幻想の境界が崩れていく中、最後にアンソニーがたどり着いた真実とは……。
©NEW ZEALAND TRUST CORPORATION AS TRUSTEE FOR ELAROF CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION TRADEMARK FATHER LIMITED F COMME FILM CINÉ-@ ORANGE STUDIO 2020
いつかこうなるかもしれない自分、こうなる姿を見なければならないかもしれない大切な人、既にこうなっている家族、どれを想像しても怖くて辛かった。
認知症の人には世界がこう見えているのかもしれないということを表している? しかしやはりそれは想像にすぎない。たぶんこうではないだろう。認知症の身内にどう接するのがよいのか、という部分がないのが残念。
「介護」と向き合う映画をこれまであまり観てこなかったかも。看る側、看られる側の心情どちらも丁寧に描かれていた。
認知症の方々からの視点で描いていて、こんなにもバッサリと記憶が消えている。アンソニー・ホプキンスのラストの演技が凄すぎた。ところどころに記憶が落ちていく描写があり、葉がなくなるというのは全くその通りなんだろうと感じる。認知症への理解が広まりますように。この映画凄すぎ。
過去の事実の断片が細切れになる。それを自分の感情や空想で繋ぎ合わせる。観てる側は何が何だか分からない。それが認知症の当事者なんだと思った。理解しようと思うより、包み込んであげたい。枝葉が落ちていくような寂しさは、青々とした木々の中でしか埋められない。娘アンと最後に出てくる介護者はとにかく優しかった。ともに女性であり、最後は母性にすがる。アンソニー・ホプキンスが素晴らしかった。
認知症の人から見たらこんな世界なのかな 辻褄が合わないようなところもあると思うけど、その辺は脳内で都合よく補正しているんだろうか ポールはひどい人に見えるけど、同じ家にいたら自分もイライラしないとは言いきれない そんなポールだって、あっという間にアンソニーの立場になる わけがわからなくなったら、とても怖いだろうな 最後は可哀想でもらい泣きしてしまった 一つ確かなのは、こんなに優しい娘と介護してくれる人のいるアンソニーは幸せだという事
さすがアンソニーホプキンス、すごい演技だったと思います。それにつきる。視点がアンソニー側にあることも斬新だった。痴呆症をテーマにしてると、あらすじやらいろんなところで見てわかってはいるけど、知らずに観たらホラーだと思う。ゆえにいろいろと考えさせられた。
フランスで新進気鋭の劇作家フローリアン・ゼレール原作、監督作品 認知症になった老人をアンソニー・ホプキンスが演じているのは知っていたが、実際見てみると、これがすごかった 基本的にアンソニー (主役の名前もアンソニー) の視点で描かれているが、娘のアンが出てきたかと思えば、次のシーンではアンが別人になっていたり、自分の部屋(映画では「フラット」と表現されていた) だと思っていたのに、実はアンの部屋で自分は居候していたり、アンがパリに行くと言っていたかと思うと、そんなことは言ってないと言われたり、アンは離婚したはずなのに夫が登場したり・・・見ているこっちも何が本当なのか分からなくなる 展開や作りがとにかく斬新で、認知症ってこういう風に見えたり、感じたりしてるのかな、と少しイメージできた気がした そのアンソニーをアンソニー・ホプキンスがめちゃめちゃ自然で説得力のある演技で熱演 今の歳だからこそできる演技だと思うし、いい歳の取り方をしたすごい役者だな、と思う アンソニーは認知症なので、記憶が前後してしまい、いろんなことがミックスされてしまってるんだと思うけど、ストーリーの実際の時系列としては、娘のアンが認知症になったアンソニーを引き取り、それが原因で夫と離婚、好きな男性ができて一緒にパリに行くことになり、アンソニーを施設に入れた、って流れかな? あとで頭を整理しないと何が本当で何が幻なんだか・・・ ラストではアンソニーが「ママに会いたい」と言って泣くシーンがあるが、人間は赤ちゃんとして生まれて、赤ちゃんに戻るという話を聞いたことがあるのを思い出した 何だか自分の歳のせいもあって、色々考えさせられる作品
演技が凄すぎて、ドキュメンタリーに見えてくる。本当の演技が知りたければ、アンソニーポプキンスを見よ
認知症をわずらう老齢の当事者の目線でストーリーは進んでいくので 何が本当でどれが幻想なのか、サスペンスを見ているようにも感じ、混乱する。 認知症になった人にしか本当の所はわからないけれど、認知症を患い亡くなった母も、こんな風に混乱していたのだろう、と母との色んな場面を重ねて思い、胸が痛く、号泣してしまった。
仏語戯曲の原作が映画になると英語に…アンソニー・ホプキンスが演じるならば英語じゃないと無理があるもんね。舞台よりも観客に親切なつくりになってると思う。
本当の話みたいで…身につまされた。現実に起きていることを突き付けられた感じ。
アンソニー・ホプキンスさんの演技が素晴らしかったです。 映画の作り方が複雑で今どっち?ってなってしまいました。 多分自分が年取るとこうなるんだろうなと思うと少し恐怖を覚えます。
予告で描かれている通り主人公のアンソニー演じるA.ホプキンスが認知症に苦しむ作品である。ただこの作品の特徴的なのはアンソニーの認知症を第三者視点で描かれるのでなくアンソニー視点で描かれている。その為観客であるこちらも何が何だかわからないシーンが中盤は続く。分からないシーンに対して理解しようと強く進むと逆に沼にハマってしまい訳が分からなくなる。 最後のシーンでアンソニーは数週間前から施設に入り生活をしている真実が伝えられる。 そこで観客側もそしてアンソニー自身もこれまで描かれていた出来事の殆どが幻想だという事を知る事となる。 そこでアンソニー自身が自分の病気を強く気づいてしまい「なにがなんだか分からない」と泣き崩れる。このシーンはとてもグッと来るシーンでありこちらも自然と涙した。 この最後の「なにがなんだか分からない」というアンソニーと同じ気持ちを非常に共感できるからこそ僕自身も涙したのだが、この作品はこの最後の言葉の為に冒頭から描かれていた事を強く実感され感心させられた。 第三者から視点から見る認知症患者の作品はこれまでいくつか見てきたが認知症患者視点の作品は新鮮味がある。 第三者から認知症患者を見ると可哀想だとか理解してあげようとする気持ちが強く芽生えるが、患者視点でみるとそういう事よりも不安や絶望感が強く抱き没入すればするほどこちらもソワソワした不安感を強く抱いてしまう。 僕の亡くなった祖父なんかも最後の方は物忘れはそれなりにあったがこういう作品を見ると認知症にならず最期を迎えることは本人そして周囲にとってはとても幸せな事だったと実感させられる。 ただ自分自身そして両親をはじめまだまだ先の話とはいえこれから老後を迎えるのは避けて通らない道である。 認知症に限らず人は老いれば物忘れは多かれ少なかれ通る道である。 そんな時にこの作品を見たことを思い出すことになるだろう。そんな時をもし迎えてしまった時にはじめて迎えるのと、作品を通して擬似体験し迎えるのでは一歩目が大きく違うのではないか。 そんな事をしみじみ感じさせてくれる作品であると同時にA.ホプキンスの見事な演技に魅了された。個人的には今年見た作品の中でベストクラスに心に響く作品であった。
体は元気でも記憶や思考が上手くいかなくなって、しかもそれを自覚していて不安に襲われるというのが怖い。 程度の差はあれ、認知症になった人は、誰が誰かわからない、徘徊する、といったことになったとき、周りからはわからなくても本人は不安や恐怖に襲われているのだろうか。。 全ての人がこのような老年を迎えるわけではないと思うが、できるだけ、せめて家族は元気に最後まで暮らしてほしいと思ってしまった。 しかし、自分自身もこういう将来があるかもしれないことを知っておく、考えておかなきゃいけないと思ったし、今の歳で見られてよかった。 アンソニーの演技に引き込まれました。