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ブラックバード 家族が家族であるうちに ポスター

ブラックバード 家族が家族であるうちに

3.8 97分 2021/6/11(金) 公開
ドラマアメリカイギリス
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あらすじ

スーザン・サランドンとケイト・ウィンスレットの二大オスカー女優が初共演。ある週末の朝、リリー(スーザン・サランドン)は夫のポール(サム・ニール)と暮らす静かな海辺の邸宅に、娘のジェニファー(ケイト・ウィンスレット)、アンナ(ミア・ワシコウスカ)とその家族たち、そしてリリーの学生時代からの大親友で家族同然のリズ(リンジー・ダンカン)を集める。しかしそれはともに楽しい時を過ごすためのものではなく、ある理由によって死を覚悟したリリーが“家族が家族であるうちに”過ごすために自らが用意した最後の時間だった。集った家族とその友人たちは、それぞれ平静さを装いながら母の願いである最後の晩餐に参加する。しかし、あるきっかけで弾けた緊張感とともに、次々と明かされていくそれぞれの秘密。そして最後に家族がとった行動とは……。

場面写真

予告動画

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キャスト・スタッフ

監督
ロジャー・ミッチェル
キャスト
スーザン・サランドン/ケイト・ウィンスレット/ミア・ワシコウスカ/サム・ニール/リンジー・ダンカン/レイン・ウィルソン/ベックス・テイラー=クラウス/アンソン・ブーン
配給
プレシディオ、彩プロ
公式サイト
https://blackbird.ayapro.ne.jp/

クチコミ

誤解を恐れずに言うならばコレは安楽死の映画ではない。

- 5年前
もちろん安楽死の是非を問うものではないことは始めからわかっている。どっちがいいか悪いかではない。決して偏った物の見方を強制していない。さあ考えましょうというタイプの映画。 しかし、それはわかっている上ででも、コレは安楽死の映画ではないと言お… 続きを読む

もちろん安楽死の是非を問うものではないことは始めからわかっている。どっちがいいか悪いかではない。決して偏った物の見方を強制していない。さあ考えましょうというタイプの映画。 しかし、それはわかっている上ででも、コレは安楽死の映画ではないと言おう。 では、何か。 それは、「ひとつの家族の物語」。 母の死にまつわるそれぞれの心の動き。 家族を見つめ直す。 「家族が家族であるうちに」というサブタイトルが深い。死んだら家族でなくなるわけではない。集まった段階で家族でなくなっていたと言うべきか。そしてさらにますます家族でなくなっていく。逆説的な意味? また「家族が家族で、ある家に(集まる物語)」とも読める。 なぜブラックバードなのか。 よくわからなかったが、ビートルズの「ブラックバード」という曲を思い出した。 「飛べブラックバード。君が待っていたのはここから飛んでいく瞬間なんだ」って感じだったような気がする。曲の雰囲気も似通っているような気がする。 それにしても「死」を感じさせる映画であることは間違いない。 「1回死ねる」。 これは映画の100ある魅力の1つ。 1つの重たい死を感じることで、生きることを考えることになる。どう生きていくかを考える。 「死」を考える事は「生」を考える事になる。 とてもいい時間でした。

演技は最高。

- 4年前

冒頭、片麻痺の妻が夫に寄り添われているのに 「ありがとう」も言わない様子に憤慨したが、 その意味を作品の後半に知る。 愛は、甘いだけのものではない。 激しく熱い、だけでもない。 脚本は面白くならないが俳優達が素晴らしく、 その演技に説得され納得し目が離せなかった。 人は生きて病んで老いる以上、離れられないテーマだが、自分が容易くこの作品に近づいたかといえば、まだまだ。 まだまだである。

KZK ネタバレ

リリー一家の一員となって

- 5年前
※本文にネタバレがあります ネタバレを読む

主人公のリリーは末期症状であり片腕も動かず医者の夫曰く残り数週間が山となる状態である。そんな中リリーと夫ポールは違法だが薬によるリリーの安楽死を決断し残り数日を家族と過ごす事を決断する。 この最後の数日2人の娘夫婦の家庭とリリーの親友達で過ごす事となる。 もちろん安楽死の決断を誰もが100%の気持ちで納得している訳ではない。 元気なリリーの姿を見ればまだまだ十分生きられると信じ安楽死を回避すべきだと意見もでる。 また死が直前に迫ると娘2人は取り乱しまだ生きるべき理由を探す。 結果としてはどんな理由を探し出してもその問題への理解を含めて安楽死を決断した背景を伝えられ最後は皆が納得しリリーの最後を見送る事となる。 この作品は安楽死をテーマとした作品である。もちろんこの主人公一家が住む土地も法律では認められていない。もちろん安楽死の是非についても考えさせられるが僕自身はもう少しハードルを下げ家族の決断とその周囲の対応、心構えに重きを置き鑑賞させてもらった。 家族といえど意見の違いはどの家庭でもあるだろう。時にはぶつかり妥協し合いながら事を進める事もある。時にはこの作品の様に納得がいかなくても相手の強い意志を尊重し事を進める事もあるだろう。 この辺りの掛け合いが非常に臨場感があり、気づいたら作品に没頭しリリー一家の一員となって自分なりのリリーに対する考えなんかを持ちながら鑑賞できるとても個人的には面白い作品であった。 自分に置き換えた場合実際どうだろう。リリーの存在が義母なのか実母なのかでももしかしたら意見が変わるかもしれない。 突発的なものは除き、数ヶ月悩んだ末に死を決断した両親に対して、この先待っている闘病を頑張ってほしいとも軽々しくは言えないのも事実だ。ましてや治る事はなく激しい治療が待っている中簡単な事は言えない。 ただ誰であれ人が自ら下す死は到底理解できないのもまた事実である。 この作品を見て思うのは安楽死の是非についての答えは見つからない。 ただ一つ言えるなら家族とのコミニュケーションの大切さだ。 コミニュケーションが取れているから全ての意見意思決断が同一とはいかないが、少なくともズレ幅は狭くなる気がする。 この作品の娘達の様に互いに誤解が生じたまま今回の様な大きな決断をされた時の理解は家族といえど相当苦しいものである。 この見方が正しいかどうかは分からないが、少なくとも僕はこの作品を見て家族への思いが強く湧き久しぶりに連絡を取りたくなってしまった。 どんな事があっても家族は家族。家族の決断は自分の意思決断でもあるような関係でありたい。

共感できない

- 5年前

演技派揃えているのに、どの人物も奥行きがない。積み重ねてきたはずの親子、夫婦、親友との日々、浮かんでこないから共感できない。おしゃれな家だった。

安楽死

- 4年前

死んだらどこへ行くの?真理を知っていれば、怖くはない。延命治療はしない範囲で、その時が来るまで生きて、その時まで真理の探究をするほうがよいのでは。

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