哲学的なパントマイムの根源に触れた
学生時代にマルソーのパントマイムを観にいき、なんで悲しみに満ちた哲学的なマイムだろうと思ったことを思い出しました。もう観たことも忘れていたのに、引き寄せられるように映画館へ。万人好みの映画ではないですし、悲しい場面も多いですが、とても心を揺さぶられました。彼の哲学的なマイムの根底にはこのような経験があるのだと納得しました。
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2007年に84歳で亡くなるまで、世界中の俳優やミュージシャン、ダンサーたちに影響を与えた<パントマイムの神様>マルセル・マルソー。1938年フランス。アーティストとして生きることを夢見るマルセルは、昼間は精肉店で働き、夜はキャバレーでパントマイムを披露していた。第二次世界大戦が激化するなか、彼は兄のアランと従兄弟のジョルジュ、想いを寄せるエマと共に、ナチに親を殺されたユダヤ人の子供たち123人の世話をする。悲しみと緊張に包まれた子供たちにパントマイムで笑顔を取り戻し、彼らと固い絆を結ぶマルセル。だが、ナチの勢力は日に日に増大し、1942年、遂にドイツ軍がフランス全土を占領する。マルセルは、険しく危険なアルプスの山を越えて、子供たちを安全なスイスへと逃がそうと決意するのだが……。
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学生時代にマルソーのパントマイムを観にいき、なんで悲しみに満ちた哲学的なマイムだろうと思ったことを思い出しました。もう観たことも忘れていたのに、引き寄せられるように映画館へ。万人好みの映画ではないですし、悲しい場面も多いですが、とても心を揺さぶられました。彼の哲学的なマイムの根底にはこのような経験があるのだと納得しました。
マルセルマルソーの舞台を学生時代観に行った。 観るべきと大学の教授が力説したためだが、当時の私には白塗りの顔もパントマイムも理解できなかった。 そしてこの映画である。 彼がユダヤ人で、沈黙を強いられ、それでも人々を笑顔にしたい、いや、強いられているからこそしぶとく生き残って笑顔でいて見せるという、プロテスタント魂を知っていれば、彼の舞台が理解できたかもしれない。 映画を観た後で、何か腑に落ちた気がした。 ナチスに抵抗するため、死を選ぶのではなく、一人でも生き残らせて未来に繋げるという逆転の発想とその壮絶な苦労に、ただただ敬意を表したい。 またユダヤ人迫害はドイツだけでなく、フランスも(他の諸国も当然)同じだったことに、正直なところ愕然としてしまった。 色々なことを考えさせられる深くいい映画であった。
ホロコーストの罪人に続けて この映画をみました。 お尻は疲れたけど 救われました。 ホロコーストの罪人だけだったら、 なんか、悲惨すぎて。。 何かの歯車で、罪人側にもなるし 助ける側にもなる。 成熟していない時代に翻弄された人々。
マルセル・マルソーがかつて日本に来たとき、公演を観に行ったことがありますが、彼がかつてレジスタンスだったことを全く知りませんでした。クラウス・バルビーやホテル・テルミニュスの名前だけは知っていましたが、どういう意味を持つ存在かよくは知りませんでした。マルセル・マルソーの若かりし日々を中心に据えることで、フランス占領下のナチスの問題、ユダヤ人たちが置かれていた状況、リヨン・レジスタンスの活動などを総括的に理解し、当時のフランスの空気感のようなものも感じることができる、感動的なだけでなく、貴重でためになる作品でした。この時代のヨーロッパの問題は、過去の問題でも彼岸の火事でもなく、今でも生きている問題ですからね。それにしてもマルセル・マルソーは大きな任務をこなしながら、よくぞ生き延びることができたものです。機転がきくひとだったことが映画から伺えます。 追記:マルセル・マルソーは描かれてないのだけど、この映画同様、ユダヤ人孤児たちをスイスに避難させるべくアルプス越えをする映画を、以前観た記憶があるのですが、何という映画だったかタイトルを思い出せません。わかる方、覚えている方いらしたら、教えてください。
ナチスの親衛隊のやることが怖かった。肉親に皮剥するところ見せられたら…憎しみに燃え上がる感情を抑え、真のレジスタンスとは何をどうすることか。不寛容が、平和の敵だ。