…で?
最後は結局どーなったわけ?…という感じでよく分からない。長くて退屈なんだけど我慢して観ていたらいよいよ後半で話しが進んできた…と思っていたのにラストがこれかー…という感じでがっかり。 陰翳礼讃で陰の使い方がお上手。それを観るための映画だったのかな…ということで我慢かなー。みつばちの…よりはまだストーリーがあったのでマシ。
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映画『別れのまなざし』の撮影中に主演俳優フリオ・アレナスが失踪した。それから22年、当時の映画監督でありフリオの親友でもあったミゲルはかつての人気俳優失踪事件の謎を追うTV番組から証言者として出演依頼を受ける。取材協力するミゲルだったが次第にフリオと過ごした青春時代を、そして自らの半生を追想していく。そして番組終了後、一通の思わぬ情報が寄せられた。「フリオによく似た男が海辺の施設にいる」。
© 2023 La Mirada del Adiós A.I.E, Tandem Films S.L., Nautilus Films S.L., Pecado Films S.L., Pampa Films S.A.
最後は結局どーなったわけ?…という感じでよく分からない。長くて退屈なんだけど我慢して観ていたらいよいよ後半で話しが進んできた…と思っていたのにラストがこれかー…という感じでがっかり。 陰翳礼讃で陰の使い方がお上手。それを観るための映画だったのかな…ということで我慢かなー。みつばちの…よりはまだストーリーがあったのでマシ。
よかった。以上。これで終わりにしたいくらいよかった。 映画をテーマとした映画にハズレなし、と思ったのもあるし、映画、テレビ、本という記録するメディアと人々の記憶、都会のマドリードと海を臨む介護施設などの対比的モチーフも目を引く。シンプルで淡々と進行する物語にも飽きることはなく、ミゲルと旅を共にするような気持ちで観ることができた。贅沢な映画の時間であった。
『マルメロ…』以来待ち続けてきた31年ぶりのエリセ監督の長編新作、何と不思議で謎めいた映画だろう。(レビューをなかなか書けなかったくらいの比類のなさ。タイムリミットと思い、とりあえず書きますが。) 物語は、かつて映画の撮影中に突然姿を消し、その後消息不明のままの俳優フリオを、友人で監督でもあった主人公ミゲルが、TV局からの誘いでTV番組を通して捜索に乗りだすストーリー。 謎めいているのは、失踪したフリオの失踪の原因も、その後の足跡も生死もわからないからだけではない。 この映画のファーストショットとラストショットの双面のヤヌス像は何を意味するのか。主要登場人物たちの多くが複数の名前を持ち、彼の過去作の断片があちこちに埋め込まれ、鏡の国のように乱反射している。映画内映画で始まり、映画内映画と現実が向き合い、映写機のフィルムが全て巻き取られた音で終わるこの作品は、謎めいているけれども、圧倒的に確かな何かを伝えてくる。 不思議なのは、鑑賞しているこちらも(少なくとも筆者は)ガルデルになったかのような気分に襲われることだ。コツコツと記憶と心の深層を叩く音が、ガルデル同様、この映画を観ている鑑賞者にも(少なくとも筆者には)聴こえてくる…。コツコツと…。 フィルムと映画館への哀惜の思い。マックスがミゲルに言うように、映画の歴史の9割はフィルムであり、フィルムは映写機にかけられて映画館の暗闇で観るべきもの。全く同感だ。 映画のラスト、ガルデルとともにわたしも眼を閉じる。確かな何かを受け留めるために。 主演のマノロ・ソロはじめ、俳優陣も素晴らしい。
落ち着いて静かな音と映像なのですがドラマティックな展開で169分と少し長めなのに面白さが続きました 相似形の入子構造 海 ゲート 老いと記憶 名前と呼び名 血のつながり 見えるものと聞こえる声
映画の中で映画を観る。 映画館で映画を観る映画を映画館で観るオレ(笑)。 映画の一部になった感覚を味あわせてくれる。 例えるならプリン大好きな子がプリンのお風呂に入りたいと願ってそれが叶った感じ。あほっぽい例えですみません(笑)。 わかりにくいが要するに映画の映画である。 近年巨匠たちの中で大流行の映画の映画ブームはここにきてまた真打ち登場。 そしてタイトルが「瞳をとじて」。 映画の映画なのに瞳をとじたら映画は見えない。 理不尽な映画のような感じになるがそうではない。 瞳をとじて映画を見ろと言っていると思う。 それは物理的に視覚で感じろではなくて言うならば魂で感じろということであると。 記憶をなくすと記憶に付いていた魂もなくすのか。 記憶にない人を見る時に壁を見るように見るという表現があった。魂の入ってない人には魂が入っているものが見えない。何かそこには本来目に見えない「つながり」がある。さながら映画と動画の違いでもあると思う。 ただダラダラ撮っただけの動画と映画を一緒にしてくれるなと。「カラオケ行こ」の映画見る部の彼が怒っていたように。 父親と子が軸。 悲しみの王と娘。フリオと娘。 この2組の親子を中心に描かれるが、忘れるなかれ。主人公ミゲルの子はどうなったのか。それぞれの悲しみの深さは計れないが、ミゲルの持つ傷も相当深い。きっとこの傷がミゲルを突き動かしていると思う。描かないことで深さを感じる。 フリオの持ち物の中にあった三段壁ホテルのマッチ。三段壁は自殺の名所。他にもその持ち物の中に戦利品があったと思いますがおそらく同様の意図を示唆するものでしょう。フリオがそんな場所を転々と巡っていた考えると切なくなります。