☆4.1
starstarstarstarstar - 10ヶ月前
性被害自体に留まらず、被害後の告発から判決に至るまでの全プロセスがいかにグロテスクなのかを綴った本作は、「声を上げられないように作られた社会」そのものを告発する。
尊厳を傷つけ人生を狂わせた罰の異常な軽さ、被害者が自ら証拠を集め実証しなけれ… 続きを読む
性被害自体に留まらず、被害後の告発から判決に至るまでの全プロセスがいかにグロテスクなのかを綴った本作は、「声を上げられないように作られた社会」そのものを告発する。
尊厳を傷つけ人生を狂わせた罰の異常な軽さ、被害者が自ら証拠を集め実証しなければならない不条理、人形を使った被害の再現。自身の傷口を何度も抉り、中身を確認し続けなければならない全工程そのものがセカンドレイプとして機能しており、この社会の機能不全を突きつけてくる。
内閣府の調査(2020年度)によれば、無理やり性交された被害者のうち警察に相談したのはわずか5.6%。被害者が沈黙することを「合理的選択」にしてしまう社会では、殆どの被害者が刑事司法制度にアクセスすらできない。
被害者でありながら家族や警察からも泣き寝入りを促され、それでも勇気を出して声を上げた途端、顔も名前も知らない人々からの心無い言葉の銃弾を浴び続ける社会の様相は、被害者にとって最早地獄と呼ぶ他ないだろう。
なお、これら誹謗中傷の描写について、本作では台詞による再現がなされているが、記号化された台詞ではなく、ネット上のデジタルタトゥーとしての生々しい視覚情報を一次情報そのままで提示した方が、現代社会が持つ「剥き出しの悪意の包囲網」がよりリアルに、そして暴力的に観客へ突き刺さったのではないだろうか。
重苦しい展開の中で、印象に残っている場面がある。
一つは、伊藤氏を支えるシスターフッドの存在だ。彼女たちは伊藤氏を政敵への攻撃材料やアイコン、あるいは巨悪に立ち向かうジャンヌ・ダルクとして利用しようとはしない。語り、歌い、ハグし、酒を飲み、時に己の傷を見せ合うことで、「ここには安全な場所がある」「私はあなたを一人にしない」と示し、この国の制度が果たせなかった確かな拠り所となる。
一方で、誰かは不明だが彼女に選挙出馬を打診した存在は、その対極にある正義と支援を装った象徴性の二次搾取に他ならず、この期に及んで彼女を戦場に引き摺り出しプライバシーもただの一人の人間としての弱さも傷を癒す時間も奪おうとするのかと燃えるような怒りを覚えた。
(作中の「半年経ったんだなって。“公にレイプされた女性”になって」という言葉が忘れられない)
もう一つは民事裁判の判決が出た際、法廷から走り出してきた記者たちの中に映り込んだ若い一人の女性記者の微かな笑みだ。
速報が打てる喜びだろうか。話題が盛り上がる興奮だろうか。中立であるべき記者としてではなく、一人の女性として性暴力が「罪」として公に認められたことへの喜びを隠せなかったのだろうか。
当然彼女の真意は不明だが、あの瞬間の彼女の僅かな笑顔は、孤立無援で戦ってきた被害者に対して無力どころか冷酷だったメディア側の静かで力強い連帯の兆しに見えた。
「これをいち、伊藤詩織が受けた準強姦事件としてではなく、私の名前は忘れていただいて、今も起きているかもしれない、いつかこれから自分や自分の大切な人に起きるかもしれない、と想像しながら自分の身の回りに潜んでいる話せないブラックボックスに目を向けるきっかけになればと思います。
ここまで来るのに色々な方の助けと、お知恵と、パワーと、ワインと、色んなものをいただいて生き延びてきました。
この場をもってお礼をさせてください。」
(監督・舞台挨拶にて)
《余談》
本作で最も議論を呼ぶであろう「無許可の音声、防犯カメラ映像の使用」について。
監督が批判を覚悟で、映像の重要性を優先し公開に踏み切った姿勢は理解できる。しかし、「被害者だから手順を守らなくてもいい」という理屈は通用しない。手順の不備は批判されるべきであり、それが彼女を批判的に見ている層に「だから伊藤氏の全てが信頼できない」という攻撃材料を与えてしまうリスクも、彼女は甘んじて背負い続けなければならないだろう。
ただし、「同意のない撮影・使用だから、山口氏がやったことと同じだ」という言説は、身体的不可侵性の侵害と公益性のための手続き不備を同列に扱うカテゴリーエラーであり、あまりにも短絡的で過剰な飛躍と言わざるを得ない。
明確な証拠を出せと被害者本人に求めておきながら、出した証拠の手続きを理由に内容を封殺しようとする「無敵の閉鎖性」の仕組みにこそ、社会のブラックボックスの様相を感じた。
ホテルドアマンの助けに泣く
starstarstarstarstar - 9ヶ月前
性的暴行被害を受けたジャーナリスト伊藤詩織さんのドキュメンタリー。
彼女がジャーナリストであり真実を伝えることに固執した仕事人であったからこそここまで来れた。
汚点だらけのスケベ記者男の最大のミスは狙った相手がひよっことは言え同職のジャーナ… 続きを読む
性的暴行被害を受けたジャーナリスト伊藤詩織さんのドキュメンタリー。
彼女がジャーナリストであり真実を伝えることに固執した仕事人であったからこそここまで来れた。
汚点だらけのスケベ記者男の最大のミスは狙った相手がひよっことは言え同職のジャーナリストであったことだろう。
彼女が数年間、桜を見れなかったことや家族や友だちに支えれながら闘ってきたこと。がんばってる裏側を知れた。消したい過去を生涯背負っていくことになる伊藤さんにエールを送りたい。
シェラトンホテルドアマンの証言でみんな泣いた。
2026.1.20
ひとりでも多く「ブランケットを掛けて」
starstarstarstarstar - 10ヶ月前
被害者によるドキュメンタリーという稀有な作品で、それだけで(そうせざるを得なかったことが伝わるだけで)も観てよかった
次の誰かを守り、社会を少しずつ動かす力を。
ひとりでも多く「ブランケットを掛けて」あげられますように
山崎エマさんの編集が素晴らしくて
山崎エマさんの「小学校〜それは小さな社会〜」もおすすめです
勝訴を自分ごとに落とし込んでほしい
starstarstarstarstar - 9ヶ月前
※本文にネタバレがあります ネタバレを読む
昨年のアカデミー賞で長編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされた伊藤詩織さんの「ブラックボックスダイアリーズ」を視聴した。
以下、少しネタバレします。
まず最後まで見るのはキツかった。
演出は意図的に軽やかだったし、映像も綺麗だし、編集もリズム良くて、不快になるような暴力的な映像は使用されず、伊藤さんのお人柄も愛らしいのだけど…彼女が苦しんでいる描写がゼロな訳ではない。ガッツリしんどそうな彼女が、いる。
だから似たような経験を持つ人には、「準備」をしてから映画館で鑑賞してくださいと伝えたい。前日はよく寝てメンタルコンディションを万全に整えて、鑑賞後2時間くらい休憩できそうなところをあらかじめ目星をつけておいてから、休憩しても終電を逃さないことも確認した上で、余裕を持って足を運ぶ。
私は幸い海外から取り寄せたブルーレイがあったので一人で鑑賞できた。
配信やディスク販売が約束されていたら、そっちをおすすめするところだけど、やや怪しいと思ってる。
でも視聴中の辛さを一回乗り越えた先には、彼女が勝訴した揺るぎない事実がきっとこれから生きていく上で、自分ごとのように、成功体験として活きていくと思う。
何も女性に限った話ではなくて、自分よりも力を持つ者と戦うための強さの糧になりうると思う。もちろん戦うも、うまくかわすも交渉するも個人の自由だけれど、自分のために戦っていい。酷い仕打ちを受けたら怒ってもいいんだと思えることに繋がる。
彼女は結果を残した。有耶無耶にさせなかったし、真っ向から戦った。そういう記録映画だから。
逆に明日自分が日本で性被害に遭った場合に、どんな二次被害が待ち構えているのかを予習もできる(?)。
私の個人的な思いとしては、この作品を見た「ついでに」、さらにフェミニズムのお勉強をしてほしい。
もしネットフリックスユーザーなら、ラッキーなことに良質で面白い切り口のフェミニズム関連のドキュメンタリーがたくさん上がっているし、「Shellyのお風呂場」みたいなポップな性教育youtubeチャンネルも存在する。
性被害は痴漢やレイプに限らない。性被害を未然に防ぐ方法、被害に遭った場合の自分の中での感情の消化方法とどう具体的な対抗策の選択肢が広がっているのかも知れると、より伊藤さんの戦いが有意義に視聴者の胸の中で育っていくと思う。それに、男性も女性も自分が加害者にならないためのノウハウのヒントも沢山転がってる。望まない妊娠を防ぐことも、誰かへ啓発できることもできる。そうやって犯罪率が自発的に減るのがやっぱり理想的。そして性犯罪の厳罰化の必要性も上げていけるといい。
伊藤さんは一生終わらない戦いを始めた。
その覚悟と勇気を讃えたい。見に行く前からあまりにも長期に及ぶバッシングとノイズが続きすぎているし、読むだけでも不快なコメントもそこかしこに溢れているので、そこは無視してまずは見た方がいい。
重い映画
starstarstarstarstar - 10ヶ月前
だけど観た方がいい。世の中には本当にいろんな人生がある。