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型破りな教室 ポスター

型破りな教室

4.3 125分 2024年12月20日(金) 公開
PG12メキシコ
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あらすじ

アメリカとの国境近くにあるメキシコ・マタモロスの小学校で 2011年に起きた実話を描いた本作。麻薬と殺人が日常と化した国境近くの小学校。子供たちは常に犯罪と隣り合わせの環境で育ち、教育設備は不足し、意欲のない教員ばかりで、学力は国内最底辺。しかし、新任教師のフアレスが赴任し、そのユニークで型破りな授業で、子供たちは探求する喜びを知り、クラス全体の成績は飛躍的に上昇。そのうち10人は全国上位 0.1%のトップクラスに食い込んだ!

場面写真

予告動画

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キャスト・スタッフ

監督
クリストファー・ザラ
キャスト
エウヘニオ・デルベス/ダニエル・ハダッド/ジェニファー・トレホ ほか
配給
アットエンタテインメント
公式サイト
https://katayaburiclass.com/

クチコミ

子供の可能性は無限大

- 1年前
実話らしい。メキシコの治安悪い地域の小学校に熱血教師が赴任してきた。子供は純白で学校内が荒れている訳ではない。地域の大人が環境が治安に影響している。教師が子供一人一人と接し子供の脳内に潜む学習意欲を駆り立てる。不幸な事件も起こってしまうが正… 続きを読む

実話らしい。メキシコの治安悪い地域の小学校に熱血教師が赴任してきた。子供は純白で学校内が荒れている訳ではない。地域の大人が環境が治安に影響している。教師が子供一人一人と接し子供の脳内に潜む学習意欲を駆り立てる。不幸な事件も起こってしまうが正面から向き合う教師の熱意が伝わってくる。校長がよき理解者としてサポートしていたのが印象的でついつい2人を応援したくなる。教師ってこうでないと。熱意が伝る力作。 自己責任だがすっきりしない箇所がありもう一度観たい。もう一度。 2024.12.27

学校とはこうあるべき

- 1年前

勉強とは教育とはこういうことだと教えてくれる映画でした。新人教師のセルヒオの教育も素晴らしいですが、人と違う教え方で学ばせる教育方針に反対することなく応援してくれる校長の懐の広さにも凄く感動しました。 子供の可能性を見捨てないところが本来の教師のあるべき姿だと思いました。是非観て欲しい映画です。

市長と、同僚の学校の先生から

- 1年前
メキシコ🇲🇽の教育環境も、腐敗に沈んでいる事は よくわかります。 この映画のような事例が「世界に増えると良いな」と思いながらも、現実の教育現場では、日々いろいろな予想外な事が起こり、毎日が大変だと想像します。 底辺を底上げする教育と… 続きを読む

メキシコ🇲🇽の教育環境も、腐敗に沈んでいる事は よくわかります。 この映画のような事例が「世界に増えると良いな」と思いながらも、現実の教育現場では、日々いろいろな予想外な事が起こり、毎日が大変だと想像します。 底辺を底上げする教育と、トップレベルを更に伸ばすのを同時に教育するのは、ほぼ不可能な筈だからです。それでも、世界中のフアレス先生が、子ども達の未来の為に日夜闘っていると、信じています。 フアレス先生自身も、不安や過去の失敗を乗り越えようと、頑張っている姿には心打たれます。 型破りというより、殻やぶりな教室ですね。 特に太り過ぎな校長先生も。

☆4.5

- 10ヶ月前
「三角関数なんて、モル質量なんて、ナ行変格活用なんて、ヒポクラテスなんて、平均台なんて、人生でいつ使うんだ」——誰もが一度は抱くこの手の疑問の根底には、現代教育が抱える歪みが垣間見える。 人間は本来、知的好奇心に溢れ、世界の原理を知ることに… 続きを読む

「三角関数なんて、モル質量なんて、ナ行変格活用なんて、ヒポクラテスなんて、平均台なんて、人生でいつ使うんだ」——誰もが一度は抱くこの手の疑問の根底には、現代教育が抱える歪みが垣間見える。 人間は本来、知的好奇心に溢れ、世界の原理を知ることに喜びを感じる生き物であるはずだ。しかし、「国に役立つ軍人や労働者」を効率よく作るためのシステムとなった教育は、いつしか大人が与えてくれる、期待された「正しい答え」に早く辿り着くことが目的の「忍耐訓練」にすり替わってしまった。 (フーコーの『規律訓練型社会』を彷彿とさせる) 本作は、そんな大人の都合で固められた教育の枠組みを鮮やかに壊し再構築してみせる。 法則を暗記するのではなく、日常生活の「なぜ?」を解き明かすツールとして用いることで、法則や数式は人生を切り開く生きた鍵になる。 しかし、本作が2011年に実際に起きた単なる「熱血教師の成功譚」に埋没しないのは、子どもたちの前に立ちはだかる現実の壁をリアルに描き出しているからだ。 ギャングから足抜けできない少年、幼い妹の世話に追われるヤングケアラー、そして今日を生きるために父を支え働かざるを得ない少女。 彼らにとって「成績が良いなら進学すればいい」という正論は、時に残酷なほど無力だ。たとえ奨学金で学費を賄えても、食費や住居費といったインフラ代、そして稼ぎ手である子どもを失えば生活が破綻する家族の事情までは救済できない。 一人で自立する術を持たない子どもにとって、親や環境は唯一の支えであると同時に、逃れられない壁でもある。時に教育が「贅沢品」になってしまうメキシコの過酷な現実を、本作は決して誤魔化さない。 そしてこれは教室の生徒に限らない。 作中、特にセリフのない緑色のシャツの少年が何度か登場する。彼は途中まで乗っていた祖母の姿が消えた後も、空になった車椅子を押しながら学校を覗き込む。 物語のラストの彼の無言の後ろ姿は、「学校に通う選択肢すら持てない子どもがまだ存在する」というメキシコの過酷な現実をサクセスストーリーの陰に隠蔽することを許さない。 この「大人の都合」と「子どもの現実」の対比を象徴するのが、カメラを子どもの目線である「122cm」に固定した演出だ。この視点が、大人たちの映り方に決定的な差を生む。子どもが信頼し、自ら目を合わせようとする大人の表情ははっきりと映し出されるが、子どもを「格下」や「道具」として扱う大人は、たとえ親であっても顔が映らない。 自身の子ども時代を振り返っても、子どもは単に「子ども扱い」されることよりも、話を聞いてもらえないことや、納得いかないことに従うよう強制される、「格下扱い」されることを何より嫌うものだ。 彼らは決して、将来の社会を支えるためだけの「予備軍」ではない。「国の宝」という綺麗な言葉で片付けるものでもない。 今この瞬間を懸命に生き、思考する独立した存在の知的好奇心を奪う「訓練」から彼らを解放し、思考し、驚き、世界を理解する。学ぶ喜びの原点をこの教室で見ることができる。 《余談》 ①大学図書館で、哲学の本を探すルペを書架に案内する役を演じているのは、本作で描かれる数学の天才少女のモデルになったパロマ本人だそう。 (彼女たちの卒業後の進路が気になるところ) ②たとえこの教室の教え方をしても、「落ちこぼれ」や「不合格」になってしまう生徒はきっと存在する。 学力の差が個人の努力の問題に回収されて結果的に強固な自己責任論になってしまう懸念や、別のプレッシャーや暴力になり得ないのかという疑問も持った。 (これに関しては成績や評価の仕方も多様化しないと難しいかもしれない) ③教義や答えを教えるのではなく「なぜ?」「どうして?」「どうしたら?」を問い続け、人生の主体者が自分であることを学ぶ教育は、ベルファスト(北アイルランド)のホーリークロス男子小学校の哲学授業を記録した『ぼくたちの哲学教室』を思い出した。

これは実話です。

- 1年前

NHKドラマ「宙(そら)わたる教室」と相通じる内容でした。 記念すべき2025年の1本目となる映画です。 今年教師になる新人教師、教師歴10年の中堅教師にぜひ、観てほしい映画です。 2025/01/07

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