圧巻の215分
starstarstarstarstar - 1年前
先行上映で鑑賞。まず現代に生きるアーチスト(本作は建築家)の物語をハリウッドが、映画にする事自体が珍しい。記憶にあるのは、『ライトスタッフ』の名優エド・ハリスが監督まで務めた『ポロック』くらい。それももうずいぶん前の話。
以下はネタバレし… 続きを読む
先行上映で鑑賞。まず現代に生きるアーチスト(本作は建築家)の物語をハリウッドが、映画にする事自体が珍しい。記憶にあるのは、『ライトスタッフ』の名優エド・ハリスが監督まで務めた『ポロック』くらい。それももうずいぶん前の話。
以下はネタバレしますねー↓観た人だけで…
100分+15分インターバル+100分という映画鑑賞スタイル自体が新鮮なのでは。日本での映画公開でインターバルがあったのは、もうずいぶん昔の話だから、それだけでも、充分に宣伝の材料にさえなる。主演のエイドリアン・ブロディは『戦場のピアニスト』では新人ながら、いきなりアカデミー賞取った感のある役者。せつなげな、彼の表情は抑圧された、第二次大戦の中でのユダヤ人のピアニストを見事に演じた。彼はいじめられ役の人から脱却したくて、そのあと『プレデターズ』に出たりした。しかし本作、やはり'いじめられ役’が似合ってしまう。
当時と違い、ガザ紛争の最中の現在においてこの映画の、役割は微妙だと思う。ユダヤ人はアメリカで酷い目に遭いながらも、なんとか生き延びたが、本当の愛国者はイスラエルに移住して…という。映画的シオニズムの作品となっており、最近とても増えてきたこの種類の映画の決定版となっている。かつて迫害を受けたので、今他の民族を迫害して良いという論理は、負の連鎖しか生まないと歴史が証明しているのに。この映画の「到達点」はとても気になる。
「旅路」こそ、映画である。
ブルートな世界
starstarstarstarstar - 1年前
アカデミー賞にノミネートされてなければ、映画館も観客も腰が引けそうな3時間半超えの長尺作品(真ん中で15分の休憩あり)。ブルータリストというタイトルは、建築の様式であるブルータリズムから来ているからか、映画はとてもスタイリッシュなオープニン… 続きを読む
アカデミー賞にノミネートされてなければ、映画館も観客も腰が引けそうな3時間半超えの長尺作品(真ん中で15分の休憩あり)。ブルータリストというタイトルは、建築の様式であるブルータリズムから来ているからか、映画はとてもスタイリッシュなオープニングクレジットから始まる。主人公はホロコーストを生き延びたハンガリーのユダヤ人建築家で、家族と引き離されたまま、米国に渡ってくる。ああ、やっと自由の地に辿り着いた…と、彼は自由の女神像を見上げるのだが…。
【以下ネタバレあり】
そこから後の長い道程は、これまでアメリカ映画で多く語られてきた移民ものとは、趣を異にする。
苦労を経て金持ちになったり実業家になったり、ギャングとかマフィアのボスになったり、と上り詰める物語ではないからだ。主人公は戦前にドイツのバウハウスで学び、既に母国では建築家として名を成していた前歴を持ち、しかし収容所に送られ、何とかそこを生き延び、米国に渡ってきてゼロからのスタートを切る。
失望と幻滅。それが執拗に繰り返され、3時間超えの映画が最後に辿り着く場所は、これまでのどんなアメリカ映画にも描かれなかったような奇怪な場所だ。アメリカが自由の地であるとか、アメリカン・ドリームとか、そんな幻想を徹底的に破壊するかのように、ブルータリズム建築が構造物を剥き出しにするように、腐ったアメリカという暴力的構造物が剥き出しになり、そこに忽然と姿を現すのは、ホロコーストという決して消えることのないもうひとつの暴力の物質化された記憶である。つまり暴力性というものによって、過去と現在が、彼処と此処が通底する。世界は昔も今も腐っている。昔も今も何も変わっていないのだ。
確かに、そうなのかもしれない。
この映画を先行上映で観たあと数日間、わたしは気分が落ち込んで、しょうがなかった。
が、エピローグで明らかにされる礼拝堂の秘密。ホロコーストの記憶がシナゴーグではなく、キリスト教徒のための礼拝堂に組み込まれているのは皮肉だが、天からの光によって光の十字架が投射されるその礼拝堂は、その存在そのものが主人公のラスロにとってだけではなく、戦争や暴力の残酷と悲惨を未だ止めることができないわたしたち全てにとっての、鎮魂であり、永遠の祈りであるように思う。
35mmフィルムによる圧倒的な撮影とアメリカ映画とは思えない欧州アート映画の手触りが長尺を圧縮してくれる。
starstarstarstarstar - 1年前
事前知識0で見るとやや取っ付き難い作品ですが、アメリカ映画とは思えない構造を持った作品で、横に流れるオープニングクレジットのモダンさに、まず圧倒されて引き込まれて、架空の人間伝記ドラマとしての出来は高水準で、特に主人公である建築家ラースロー… 続きを読む
事前知識0で見るとやや取っ付き難い作品ですが、アメリカ映画とは思えない構造を持った作品で、横に流れるオープニングクレジットのモダンさに、まず圧倒されて引き込まれて、架空の人間伝記ドラマとしての出来は高水準で、特に主人公である建築家ラースロー・トートを優しさとダメさとクリエイターとしてのエゴを体現した主演のエイドリアン・ブロディの素晴らしい演技(喫煙姿の粋さ)や存在感にもウットリ出来る。
近年は喫煙場面があるだけで、嫌悪を持つ人も多いが、この映画の舞台となった時代は男性の喫煙率は確か7割あったのと、紫炎を燻らせる映像の光も含め美しい。
ネタバレあり
この作品の一つの見どころに撮影とロケがあり、特に大理石の採石で有名なイタリアのフィレンツェから近いカッラーラ山の場面の美しさと迫力が、まだまだCGでは表現が、難しい部分だと思う。
ここで起きる惨劇が、物語に影を落とすが、ナチスの迫害から逃れたユダヤ人であるトートを、おそらくアメリカに移住してきたドイツ系移民の子孫である富豪ハリソン・ヴァン・ヒューレン(ドイツ系の名前が入っている)が、レイプする場面は、非常に暗示的で明らかに告発的でもある。
あとハリスンは、黒人を露骨に差別しており更にトートの奥さんも悪名高い絶滅収容所として有名なダッハウ強制収容所の生き残りだったり、姪であるジョーフィアはイスラエル建国の為に行動するなどユダヤ人の受難を強調してる。(でも今のイスラエルの非道な行為を容認出来ないけどね)
レイプ(蹂躙)が、国や地位を象徴して関係性を暗示する演出は映画に多くあり、有名な作品だと『アラビアのロレンス』(1962年)のイギリス人のロレンスがトルコ人の将軍に蹂躙される場面やジョン・ブアマンの『脱出』(1971年)における田舎の土着民が、都会人を蹂躙するところやアフガニスタンが舞台の『君のためなら千回でも』(2007年)でも、アフガニスタンの伝統芸でもある凧揚げ(のこ作品の原題はThe Kite Runnerカイトランナー)の達人のハザーラ人少年が、対立するパシュトゥーン人に蹂躙されるのを、過去に多くの国や近年のソ連やタリバンなどに蹂躙されたアフガニスタンを投影されているので象徴的に使ったも原作者が言っていた。
もう一つの特徴として最近では非常に少ない35mmフィルムによる撮影をしており、冷調な深みのある圧倒的な撮影とアメリカ映画とは思えない欧州アート映画(個人的にはポーランドの巨匠アンジェイ・ワイダ作品を想起する)の映像で語る突き放した見せ方や手触りを、持っておりメジャー作品としては取っ付き難い部分がありながら、215分の長尺を圧縮してくれる演出を見せてくれる力作である。
余談
ちなみにいくつかの記事に、本作は70ミリフィルム撮影とあるが、フィルムを提供したコダックの告知では35ミリ撮影とされており、カンヌなどの上映用プリントが70ミリであると明記されているのでそちらを参照してます。(不確認ですがクレジットにあるコダックの文字が一部消されるている様子)
作り込みはすごいが...
starstarstarstarstar - 1年前
「我々は"無"だ。無ですらない」
ホロコーストを生き延び、アメリカで活動した「ブルータリズム」(1950年代に見られた建築様式で、文化的要素が低く無骨な意匠を建物の外観に多用する)の建築家ラースロー・トート(演:エイドリアン・ブロディ)の… 続きを読む
「我々は"無"だ。無ですらない」
ホロコーストを生き延び、アメリカで活動した「ブルータリズム」(1950年代に見られた建築様式で、文化的要素が低く無骨な意匠を建物の外観に多用する)の建築家ラースロー・トート(演:エイドリアン・ブロディ)の活動と、ユダヤ系としての苦悩を描く。製作は「ライトハウス」「関心領域」などのA24。
総上映時間3時間25分。現代作品には珍しく「序曲」と「インターミッション」があり、15分の休憩が挟まれる。総論からすると第一部「到達の謎」は素晴らしかったが、第二部「美の核芯」は冗長で、エピローグは及第点という感じ。
まず良かった点。主人公ラースロー・トートは1911年にハンガリーで生まれたユダヤ系の建築家で、若き日はワイマールのバウハウスで学び建築界の期待の星のひとりだった。しかしナチスの台頭によって迫害され、第二次大戦中はドイツ・ブーヘンヴァルト強制収容所で過ごした。1951年に渡米し実業家ハリソン・ヴァン・ビューレンの書斎を改築したことで脚光を浴びる。劇場に入る前にラースロー・トート本人や彼の代表作である「マーガレット・ヴァン・ビューレン・コミュニティセンター」について説明した小冊子が渡された。自分も建築学史には興味があり、著名な建築物の写真集を集めるくらいにはライトファンだったのだが、ラースローのことは全く知らなかった。我ながら自分の無学を恥じた...と思いきや、ここまで記載したことは全てフィクションで、ラースロー・トート自体が架空の人物とのこと。もちろんコミュニティセンターなるものも実在しない。すっかり騙されたし、ここまでの作り込みは大いに評価したい。IMAXで鑑賞したこともあり、時代を飾る名曲が沢山流れたのも心地良かった。
問題はインターミッションを挟んだ後半にある。第二次大戦で生き別れていた妻、そして姪とアメリカで再会したラースローだが、このあたりからやたらHなシーンが多くなり、まるで「エマニエル夫人」でも見せられているかのようだった。そして終盤になって妻エルジェーベト(演:フェリシティ・ジョーンズ)が突拍子もない告発を始め、それについて具体的な説明もないまま一気にエピローグに進んでしまう。あまりにも訳が分からず先に鑑賞した諸氏のレビューをいくつか漁り、どうやら「現代アメリカ社会におけるアングロサクソンとユダヤのメタファー」なるものらしいことがぼんやりと理解できてきたが、それにしてもあの描写は不親切極まりない。Hなシーンの連発で萎え気味だったところに浮いた展開を持ってこられて気持ちが醒めてしまった。アメリカ人(やアメリカナイズされた人)なら「ははぁ〜ん」となるのかもしれないが、側から観る限りあれでは説明不足とミスリードのリスクの方が高い。だからA24って苦手なんだよ!
あんなにHなシーンをダラダラ流して3時間半近い上映時間なら、他に描写するべき要素があったと思う。まあ重厚感は買いますが。
毒を浴びた感じ
starstarstarstarstar - 1年前
※本文にネタバレがあります ネタバレを読む
決して面白くなくはなかったです。
音楽がよくてクレジットが素敵。
先日観た167分のしんどさに比べたら
体感はこちらの方が短く楽で没入できました。
ただ鑑賞後、悲しいとも嫌なともなんとも言いがたい気持ちが残りました。
内容はとても皮肉が多い。
愛や美醜を熱く語る人のその真逆の精神性
人間の作る物は美しいのに、作る人間は‥
イスラエル移住を果たした姪は最後に
「重要なのはdestination到達点であってjourney旅路ではない」
と言うのですが、
これもまた手段を問わないイスラエルの入植行為を暗にほのめかしているように思えました(私は)。
全体的に皮肉が込められ、それが高じて毒となって浴びてしまったような感じです。
もう少し感銘を受けたかった期待が強かったかな。