それでもやっていけるだろう。
starstarstarstarstar - 1年前
みんな演技が自然。うますぎて自然。
なので、当たり前に日常生活でよく見る風景のような錯覚に陥って逆に退屈に思える人がいるかもしれない。スピードが早すぎると逆に止まっているように見えるかのように。違うんですよ。演技がうますぎるだけなんですよ。… 続きを読む
みんな演技が自然。うますぎて自然。
なので、当たり前に日常生活でよく見る風景のような錯覚に陥って逆に退屈に思える人がいるかもしれない。スピードが早すぎると逆に止まっているように見えるかのように。違うんですよ。演技がうますぎるだけなんですよ。本当に全員が。この全員というのがポイントかもしれない。誰1人欠けることなくうますぎる。通行人に至っても。嘘くさいものが一つもないというか。
唯一あるといえば、オダギリジョー。
セクシー過ぎる笑。「妻を寝取られた冴えない中年親父」という設定は無理があるこの人は。むしろ寝取った方の感じがある。今回の森山直太朗のような感じではなく、寝取って反省ない感じの人ね。
雨。
自然現象としての雨。
本当の雨のように見える。本物の雨が降るのを待っていたのだろうか。全てを洗い流す雨。良いことも、悪いことも、子供も、大人も、死も、生も、喉の渇きも、心の傷も。
「長崎は今日も雨だった」という歌もあったのになかなか降らない雨だった。
親指と小指のみ残った。
これには絶対に意味がある。映画には意味のないカットはない。意味のないカットを入れるほど時間に余裕はないから。どこを削るかを考えた挙句の、競い合って選抜されたカットたち。これをどうしても入れたいと強い意志で入れたカットだけしかない。これも全部自然に見えるからタチが悪いとも言えるかもしれない。
いわゆるお父さん指と赤ちゃん指。
残されたのは、お父さんと子供の位牌(最終的に持っていかなかった)。
他は全部去っていった。妻も、姪も、仕事仲間も、つかの間に掴んだ幸せも、厄介ごとも。
指を心配された男は「それでも何とかやっていけるだろう」とつぶやいた。
今までになかった前向きさを手に入れたように思えた。
渇きと受容
starstarstarstarstar - 1年前
長崎のジグザグ坂道と階段の風景と、主演のオダギリジョーはじめ、その妻役を好演の松たか子など俳優陣が魅力の、脚本も演出も熟慮された完成度高い作品。
ジグザグな階段や坂道を、ゆたゆたとサンダルで昇ったり降りたりするオダギリジョーの姿を観るだ… 続きを読む
長崎のジグザグ坂道と階段の風景と、主演のオダギリジョーはじめ、その妻役を好演の松たか子など俳優陣が魅力の、脚本も演出も熟慮された完成度高い作品。
ジグザグな階段や坂道を、ゆたゆたとサンダルで昇ったり降りたりするオダギリジョーの姿を観るだけでも、この映画を観る価値があると個人的には思ってしまうが、彼(や妻)が口にする柔らかな長崎弁の台詞と、それが醸し出す空気感のようなものも、この映画の重要な要素だという気がする。
言葉と言葉の間から、やんわりと滲み出てくるもの、言語化されない行間や余白、そして背景も饒舌だ。
いろんなものを失い続ける主人公の治は、淡々とそれを受け入れる。「仕方なかっとね」と。受け入れ続けているうちに、失ったものの存在さえ疑わしく思えてきて、そのことを元妻に口にして、「なんでそげん悲しかこと言うとね?」と、たしなめられたりする。(この場面、治が訳の分からないことを言い出し、元妻の恵子が唖然とするこの場面が、個人的にこの映画のなかのなぜかいちばんのお気に入り。)
水は大切な命を奪うものであったりするが、日照り続きのあとの驟雨は、渇いた心と身体を癒す恵みの雨でもある。2人だけの束の間の祝祭を経て、娘を引き取りに来た母親と帰る優子から貰った帽子を被り、ラストで青空を見上げる治。陽射しは帽子で防げるけれど、帽子では防げないものもある。それでも彼はこれからも受け入れ続けるのだろう。
物語のなかではまだ10代の優子がちょっと口にするだけだけれど、長崎の夏と言えば、80年前の8月9日を想起しないわけにはいかない。暑い水枯れ気味の夏となれば、なおさらだ。
いろんなものを失い続け、それを受け入れ続ける主人公の治の在り方に、ラストの空を見上げる仕草に、彼が暮らす土地の遠い過去からのこだまを聴くような心持ちを覚えるのは、あるいは彼が長崎の地霊の化身のように感じられるのは、思い過ごしだろうか…。
(この作品は、リトマス試験紙のように観るひとを選ぶかもしれない。物事に悲観的傾向の強いひとは、治の人生の不幸(?!)続きにいたたまれない気持ちを抱くかもしれないけれど、悲観的傾向の強くないひと、治のように鷹揚で物事の受け入れが早く楽観的傾向の強いひとなら、治のありように親しい友人のような気持ちを抱けることだろう。現実との向き合い方というのも、個人差が大きいものなのだ。)
クソ暑い夏にはこういう映画だよ
starstarstarstarstar - 1年前
※本文にネタバレがあります ネタバレを読む
って思う。ホントはキラキラの俳優たちが、みんな脇汗かいてギラギラの長崎の暑い坂道。水道も止まってしまい最悪の環境の下、仕事も失い、妻も失い、かつては、自分の子も失っていた。
松たか子氏に至っては、オグシも整えず、寝ぐせ?髪のママ不倫妻を演じる。その不倫相手はどうやらオダギリジョーの同僚で、、、
この芝居の下手クソは誰かと思っていたが、森山直太朗だった。他の人がら上手いので目立ってしまっていた。
この役で、エンディングはどんな歌か、、、と思っていたら、やはり今回は歌わない役でした。
では、何の為に出演したのだろうか。
共感力が強い人にはおすすめしない
starstarstarstarstar - 1年前
観ていて辛くなり、後味も悪いので共感力が強い人にはおすすめしません
人生の財産になる映画
starstarstarstarstar - 1年前
登場人物の一人一人が、本当は愛を求めつつ、うまく噛み合わない。誰にでもあるであろう経験を描いていて、人生の中でこの作品を見ておいて良かったと思える作品だった。
松田正隆さんの脚本が素晴らしく、その脚本を俳優陣が見事に演じている。登場人物す… 続きを読む
登場人物の一人一人が、本当は愛を求めつつ、うまく噛み合わない。誰にでもあるであろう経験を描いていて、人生の中でこの作品を見ておいて良かったと思える作品だった。
松田正隆さんの脚本が素晴らしく、その脚本を俳優陣が見事に演じている。登場人物すべてが心に影を抱えていて、それぞれの行動が「変わっている」部分があるが、だからこそ「リアル」さがある。
また作品の中に微妙な間が常にあることで、観ている側に「自分だったらどうするだろう」と考えさせられた。長崎が舞台である意味も大きい。
最近は、ともすれば「答え」を求めがちな映画作品が多い中、素敵な余韻が心に残る。ぜひ見てほしい。