☆4.3
93歳のテルマが繰り広げるのは、さながら『ミッション:インポッシブル』のトム・クルーズを彷彿とさせる完璧なスパイ・アクション。 (※ただし、スケールは本家の1万分の1) シニアカーでのカーチェイス、ベッドや家具という「障害物」を越えるアクロ… 続きを読む
93歳のテルマが繰り広げるのは、さながら『ミッション:インポッシブル』のトム・クルーズを彷彿とさせる完璧なスパイ・アクション。 (※ただし、スケールは本家の1万分の1) シニアカーでのカーチェイス、ベッドや家具という「障害物」を越えるアクロバット。補聴器を通信デバイスとして駆使し、ポップアップ広告という「鉄壁のセキュリティ」を突破する。追跡者(家族)を撒き、仲間との死別(寿命)や絶体絶命のピンチ(転倒)を乗り越え、老獪な演技(ボケたふり)で標的を欺く。その姿は、紛れもなく一流のエージェント。 しかし、彼女がこの無謀なミッションに挑む真の目的は、奪われた1万ドル以上に「自分自身の尊厳」を取り戻すことにある。この点に、単なる「おばあちゃんの冒険活劇」ではなく、現代社会の「ケアと支配の境界線」を問うところまで昇華させる深みを感じた。 家族がテルマに向ける心配は一見微笑ましく温かい。だがそれは裏を返せば「あなたはもう一人では何もできない」という無意識の決めつけでもある。 「倒れても不思議じゃないのに、あんなにでこぼこでも生きているの」——。 老いを嘆くことも、嘲笑うことも、過度に美化することもしない。老いを受け入れながら、それでもなお自律の旗を掲げ続けることの気高さをコミカルに描く。 年齢はただの数字に過ぎない。いくつになっても、自分の足で人生を歩み続けたい。 そう強く願うすべての人へ贈る、社会から「守られるべき弱者」という枠に押し込められた高齢者が、再び一人の人間としての主権を奪還しようとする「逆・青春物語(カミングオブエイジ・ストーリー)」。 監督の実の祖母「テルマ」をモデルにしているからこそ、単なるキャラクター消費に陥らず、迂闊さも頑固さも不格好に持ったまま、それでも進み続ける人生への深い敬意がスクリーンの隅々にまで溢れていた。 《余談》 テルマの相棒ベンを演じたリチャード・ラウンドトゥリーの遺作となった本作。 かつて『黒いジャガー』の私立探偵シャフト役などでブラックスプロイテーションを牽引した「最強の黒人ヒーロー」役が、今は老人ホームで静かに暮らしている。しかし、テルマに誘われ再び「現場」に出ることで、彼もまたかつての輝きを取り戻す。 ネットショッピング時代に売れなくなったアンティークランプに埋め尽くされた「詐欺師のアジト」も含めて、「忘れ去られようとしている世代」への慈悲とエールのような作品でもあったと思う。 (字幕翻訳:種市譲二)