面白くて長く感じない
開始早々から物語に入り込めて、最後まで面白く観れた。良心的なエンタメ。介護や高齢者との関わりのある人には特に刺さると思われる。
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パリ郊外の介護施設「⾃由の庭」の施設長であるマリー=ルー・フォンテーヌは⼊居者を⼈間らしくケアすることを理想としつつ、人手不足やスタッフの無理解などに悩まされている。そんな中、マリー=ルーは森崎真理という日本人の演出家に出会う。がん闘病中の真理が演出するのは、自閉スペクトラム症の孫・智樹と行動を共にする俳優・清宮吾朗の一人芝居。真理の描く演劇に勇気をもらったマリー=ルー。同じ名前の響きを持つ偶然に導かれて、二人の交流が始まる。しかし、あるとき真理は「急に具合が悪くなる」。真理の病の進行とともに、二人の関係は劇的に深まり、互いの魂を通わせ合うようになる……。
© 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula & Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners
開始早々から物語に入り込めて、最後まで面白く観れた。良心的なエンタメ。介護や高齢者との関わりのある人には特に刺さると思われる。
魂の出会いなんて使い古された惹句が、これほど真に感じられた映画は初めてです。境界線を葬ること、行動し可能性の扉を開くこと、言葉を尽くすこと、今を精一杯生きること…とこう書くとありきたりですが、でも大切な様々な学びと気付きに満ちていました。そして最後に起きる奇跡、やっぱりこの世界がいいという一言、すべてに説得力がありました。ありがとうございます。文句なく今年のベストワンです。
「急に具合が悪くなる」 もう断言します。 個人的に間違い無く今年のNo. 1。 濱口竜介監督の前作「悪は存在しない」が難解で良く分からなかったので、正直あまり期待して無かったんだけど…。 3時間16分もあるのに、退屈なシーンは1ミリも無いどころか、寧ろ「ココで終わってもいいんやない?」って箇所が何度もあった。 その度に心が震わされた。 自分の中で映画に必要な「生きる力」「多幸感」「抗う」全てが入ってた。更に濱口監督が現代社会に向けた強烈なメッセージ。「意見が合わない奴は敵」とでも言わんばかりの分断しまくってるこの世界を少しずつでも変えていくヒントがあった。要所要所で放たれる金言はメモしたかったくらい。 こんなこと書くと誤解されそうなので言っとくけど全然説教臭い感じじゃないから。 それから脚本もカメラワークも本当に見事。最後までどうなるのかワクワクさせられたし、パリと京都の美しいロケーションも満載。 あ、大切なこと忘れてた。 マリー=ルーを演じるヴィルジニー・エフィラさんと真理を演じる岡本多緒さんの演技があまりにも自然体で途中、ドキュメンタリーかと錯覚しそうだった。 もう全て完璧やった。(個人の感想です。) ひとつだけ悔やむべきはこの映画を観た後に認知症の母を看取りたかったし、ホスピスの妻のケアをしたかった。そこだけは本当に後悔した。 オレ、出来てたつもりが全然出来てなかったよ。 あ、あとパンフレット完売だったことも。再入荷予定らしいので入ったら買いに行こう。 映画館で観ることが出来て本当に良かった。自分の人生でこの映画を観てるのと観て無いのでは今後の生き方が変わってくる。
"真理が急に具合が悪く"なってから。 now/here,Cityの外側に配置されたNature,Bodyをnow/hereに取り込む真理の挑戦は、「自由の庭」の利用者とスタッフの心と身体を解していく。 安定的な施設経営と理想的な介護(ユマニチュード)の狭間で、お金の問題(the poor)で諦めざるを得ないと思われた現実にさえ、緩やかにそして確実に変化を起こしていく。 "急に具合が悪くなる"前に、 「この世界に何も残さずに死ぬのが悔しい」と言っていた真理は、ひとつの介護施設に未来への希望の光を灯した。凝り固まったマリー・ルーの心と身体を解きほぐし、スタッフとの関係性を修復し、解きほぐされた空気が施設全体に行き渡るような通り道を築いた。 中庭での公演のシーンは、真理とマリー・ルーの信念と挑戦、その途中経過を静かに賞賛するように描かれている。 細部の演出に心の中で拍手を送りながら、自分も観客の一人として、展開を見守った。 境界線が流動的な世界観の最たるものは、向かい風での散骨シーンだ。 遺骨を顔面に被りなが、笑顔で散骨する清宮さんとトモキ。 既成概念に縛られず、組み換え可能で、関係性の中で変動可能な価値観。 人を固定的なカテゴリーに閉じ込めない世界。真理が望んだ世界を描いているように思えた。 そして、“急に具合が悪く"なってから、ずいぶん頑張れたもんだ、と作品を振り返って気づいたのだ。 真理が最初に倒れたとき、あのままパリの病院で亡くなっていたのではないか。 そう考えると、真理が部屋に迷い込んだ青い鳩を空高く放ち見送るシーンが鮮明になる。 死を間際にした真理を取り巻く出来事が数日刻みで進行する違和感や、6月に真夏のように蝉が鳴く違和感も解消された。 何がすごいって、映画を観ている間はこんなこと一切考えずにいられたことだ。 それだけ、ストーリーに引き込まれ、登場人物に寄り添っていたのだ。
観た後世界が変わる映画 この作者の授業を受けていたが、まさにそこで習ってた内容が映画でも繰り広げられていた 前提知識がない観客にも丁寧に新しい世界の見方を説明してくれるので、その知識を得た後、それを元に映画を見ていく仕組みが親切であり、新鮮だった。 人生を通して 何回も観たい
◯2人の対話の中で、資本主義のこの世界の閉塞感が語られるけれども、その中に生きる人はそれでも生きたいと願ってる。真理の「どう考えたってこの世界が最高」の言葉が、根源的な生への欲求として、心を捉えた。 ◯施設という存在を疑問視する視点は無いように思えたけど、それでもバザーリアが時間と対話によって精神病院を無くす改革を成し遂げたのを、監督はよく理解していると感じた。 ◯空を見上げて木のざわめきと光を捉えるカメラワーク、不穏かと思ったら温かったりその逆だったりする石橋英子さんの音楽、そして素晴らしい俳優の方々、全てがセンスの良い映画だった。
福祉の世界で生きる者として とてもリアルな映画でした 出会いについては… 映画的なストーリー感は否めませんが 素敵な心温まる時間でした♡
長回しでの会話シーンがすごかった。 役者さんって凄いなぁと、最優秀女優賞に選ばれたのも納得。絶え間なく交わされる2人の会話によって、心の距離が近くなっていく様子が自然に演出されていた。 真理が『生きたい…』と弱音を溢すシーンでは涙が溢れた。助かることのない命、薬で痛みを緩和して死を待つ真理の心情、怖さなんて、まるで想像できない。 つい最近、乳がん闘病について綴られた小説『くもをさがす』を読み終えたばかりだったから、そっちの主人公の思いや辛さが思い出されて、いっそう心に刺さった。 不可能は不可能 だけれど、不可能だと最初から諦めるのではなく、可能にできる抜け道をどうにかもがいて探して足掻くような人生を歩んでいきたい。リスクを恐れて安全地帯に身を置いているばかりでは、なにも変わらない。 目線の高さを合わせて、やさしい声のトーンで、やさしい気持ちでどんな人にも接したい。 そう思わされる映画だった。
映画に時間は関係ない。 時間という概念はあってないようなもの。 終わってみたら、あっという間の気もするし、一年くらい経った気もする。 と、こんなことを考えることも無意味であるように思う。 現実の中では決まった時間であったとしても、映画の中では無限。この感覚が大好きです。 不思議な映画だった。 いわゆるライン上に起こる起承転結をそのままなぞるわけではなく、少し物語からズレてズレたままそのまま違う方向に引っ張られていくような。かといって全く正史とは違う物語になっているわけではなくきちんと伝えたいことは伝えている。 映画を見終えてから「急に具合が悪くなる」の原作を読んだ。基本的に往復書簡(はじまりとおわりにある程度説明はあるにしても)。 設定が全く違う。それでもこの映画の原作はこれに違いないというのはなんとなくわかる。 これがなんとなくではなくきちんと説明できる人がきちんと核心を掴んでいる人なのでしょう。残念ながら私にはそこに辿り着くることができなかった。 往復書簡を担う1人、人類学者の磯野真穂さんが何かのインタビューで言ってました。「この映画は、この原作の中にある言葉をそのまま使うことではなく、中核を掴んで表現してくれている」と(言葉が「中核」だったか「本質」だったか定かではない。本当に粗末な自分の記憶を司る器官を恨む。「本当に伝えたいこと」を表現してくれたという意であったと思う)。 原作者がそういうのだから間違いない。きちんと監督なりの方法で物語の正史を辿ったのだろう。 今、呆然としている。 内容については触れない。というか触れたくない。たぶんこの映画は観た人それぞれが自分なりの解釈を持つような映画だ。 それぞれの解釈をお楽しみください。
序盤の公演シーンでじんわり胸うたれ。 ずっと思考を掴まれ続け。 あ、おそらくこの映画が終わる頃に彼女は亡くなるのだ、と思い、いつまでも映画が、二人の会話が続いて欲しかった。